クルミドコーヒー&マージュ西国分寺のスペシャルツアーに参加して

2014年8月14日

一昨日の夜、「食べログ」カフェ部門で全国1位になったこともある東京・西国分寺の「クルミドコーヒー」と、同じビルの上層階にある住戸&SOHO&コモンスペースで成り立つ多世代型コミュニティ賃貸の「マージュ西国分寺」を、店主・影山知明さんが直々にご案内&ご解説くださる「スペシャルツアー」に参加してきました。

影山さんは、地域や社会を巻き込んだソーシャルな活動の先駆け「SVP東京」の創設メンバーであるとともに、被災地応援ファンドで有名なマイクロ投資プラットフォームの「ミュージックセキュリティーズ」の取締役でもあり、現在は西国分寺でクルミドコーヒー経営の傍ら、地域通貨「ぶんじ」を使っての地域活性化に取り組んでおられる方。
クルミドコーヒーのことは、以前に弊誌のご執筆者のお一人から、そこで出版された本をいただいたり、本ツアー主催者から話を聞いたり、いろいろなご縁があり、興味を持っていたのですが、実際に影山さんのお話をお伺いしてみると、カフェ&コミュニティ賃貸という一見、私の仕事とは無縁に見える業態の中にも、私自身の興味の核心に迫る話題が次々に登場し、あっという間に予定された2時間が経過していました。
前述のとおり、クルミドコーヒーはコミュニティ賃貸の一階にあるのですが、影山さんによると、これはこのコミュニティ賃貸の“縁側”的な存在。賃貸物件の中にも住人達が集う共有のスペースがあるのですが、こちらは居住者にとどまらない地域社会に開かれたスペースとして位置づけられているのです。そこでは「クルミド出版」のブランド名で書籍も出版したり、芝居やコンサートが行われたりもしているのですが、影山さんはこうした取り組みに至った経緯を、「一般的には、コンテンツの名のもとに作品を作って人を集めるケースが多いが、人が集っているから作品が生まれるというケースもある」と説明。作品を作ってから人を集める方法と比べると、より強固な文脈が構成できると語っておられました。
また、店頭での接客をめぐるお話では、私の専門分野のひとつであるコールセンターにおける接客との共通性を痛感させられました。クルミドコーヒーでは、“お客さまをどうお迎えするか”を重視しているとのこと。どんなお客さまでも、どんな場合でも、「いらっしゃいませ」とお迎えするというのではなく、まずはお客さまと向き合い、ご来店いただいたという“Call”を受け止めて“Response”してこそ、お客さまは“顧客としてのプロトコル”から離れ、個人として心を開いてやりとりしてくださるようになるというお話には、とても共感するものがありました。
お客さまと直接対面することなく、大量のコールを受け止めるコールセンターでは、とかくマニュアルが重用されがち。しかし最近では、マニュアル一辺倒ではなく、ミッションを明確化した上で現場への権限移譲を行う領域を設けることにより、スタッフのモチベーションを向上し、ひいては顧客満足を強化しようというアプローチに挑戦するセンターが登場していることは、月刊『アイ・エム・プレス』でも何度か取り上げさせていただいたところです。
月刊『アイ・エム・プレス』2013年2月号、特集「脱マニュアル化への挑戦」
クルミドコーヒーでは、前述のお客さまをお迎えする時にとどまらず、さまざまな部分でスタッフへの店づくりへの参加を進めています。例えば最近では、個々のスタッフの持ち味を生かしたスープやドリンクなどのメニュー開発にも取り組んでいるとか。社内ではこのスタッフの持ち味のことを“必殺技”と呼んでいるそうですが、こうした「1人1人の必殺技を起点にすると、店の可能性が広がる」というのが影山さんのお考え。しかも、特定のメニューを開発したスタッフが残念ながら退職することになった場合は、そのメニューがいくら人気を博していようとも廃止するという徹底ぶりには、さすがにびっくりさせられました。

森の中の家のようなクルミドコーヒーの店内
「急がば回れ」のポリシーに則り、テーブルや椅子はもちろん、
壁や床材に至るまで、徹底的にこだわって造られている
私はこの影山さんのお話をお伺いして、以前に月刊『アイ・エム・プレス』で取り上げた“戦略的企業文化”や、このブログでも取り上げたことがあるピーク経営のことを思い出しました。ちなみにピーク経営では、企業のステークホルダー(従業員、顧客、投資家)の動機をマズローの欲求段階説になぞらえたピラミッド構造に置き換え、例えば従業員であれば、ピラミッドの一番下の階層に報酬(Money)を、真ん中の階層に評価(Recognition)を、そして一番上の階層に働く意味(Meaning)置いています。
月刊『アイ・エム・プレス』2012年9月号、特集「ソーシャル時代の戦略的企業文化論」

しかし、影山さんはやおら紙を取り出すと、4層からなるピラミッドを描き、上から1つ目と2つ目の階層を分ける線を海面に見立てて左右にはみ出させた上で、ピーク経営を逆さまにしたような“氷山の一角”の話を始められました。影山さんの“氷山”は、海上から飛び出している一番上の階層が世間から見えている姿であり、二番目の階層が「知識・技術」、三番目の階層が「価値」、一番下の四番目の階層が「存在・在りよう」です。そして従業員1人1人の必殺技を生かしたメニューは、この氷山の一番下の階層にかかわる“代えのきかないもの”だけに、これを組織化(マニュアル化、レシピ化など)はしないのだと言われていました。
なんだか頭が下がる話なのですが、影山さんはその心を「人を手段化したくない」と説明されました。影山さんによると、「理念やビジョンは人が変わるとともに変化していく」。実際、質問してみると、同社における不滅のポリシーは、社名に冠したフェスティナレンテ (festina lente)というラテン語の意味である「ゆっくり急げ(急がば回れ)」のみ。こうしたユニークな組織のありようを支えているのは、定休日の木曜日に行われる2時間のスタッフ・ミーティングです。ここでは日々、店頭で発生する子細な事々を含め、さまざまな情報をスタッフ全員で共有し、浮かび上がった課題を徹底的に議論して解決の方向性を探っているそうです。

テーブルの上に置かれたクルミを自ら割って見せる影山さん
ところで、クルミドコーヒーのテーブルの上には、殻つきのクルミとクルミ割り器が置かれています。これは来店客が「どうしてこんなものがあるんだろう?」と疑問に思い、店内でコミュニケーションが発生するきっかけになればと設置したもの。結果は見事に失敗だったそうですが(笑)、同店にかかわる人々の“心の殻”が破れればという店の想いは今もなお変わりません。そんな影山さんは、意外なことに“他力本願”の提唱者でもあります。ご本人は、自分を生かす→周りに生かしてもらう→周りを生かすというプロセスを辿っておられるとのことでしたが、個人のパーソナリティによっては、このプロセスを逆から辿る方法もあるのではないかとのこと。これを月刊『アイ・エム・プレス』のテーマに置き換えると、“無反応”という反応をどう受け止めるかという問題にかかわっているような気がしました。
今後はコミュニティ賃貸内の共有スペースを生かして地域社会とのかかわりをさらに追求していくという影山さん。ピアノが置かれたこのスペースは、すでに最寄りの音大の学生たちの練習場所としての利用にも供されているそうです。これにより住民たちは、自宅に居ながらにして、音楽家の卵たちの演奏に耳を傾けることもできるようになったわけです。こうして地域社会とのつながりを少しずつ広げていくことを通して、より良い未来を築いていくという影山さんのアプローチには感銘しきり。今後も時折、西国分寺にまで足を伸ばして、その変化を見据えていこうと思いました。

コミュニティ賃貸内のコピー機、洗濯機などの利用にあたっては、
コミュニティ通貨が使用されている
■クルミドコーヒー
http://kurumed.jp/
■マージュ西国分寺
http://www.teamnet.co.jp/nishikoku/