「ありがとう」を数値化したユニークなKPIの運用で応対品質と生産性を両立

(株)SBI証券

“ネット証券”国内最大手の(株)SBI証券は、金融商品などに関するお客さまの問い合わせに対応するコールセンター「カスタマーセンター」を運営。電話対応時にお客さまからかけられた「ありがとう」の言葉を数値化したユニークなKPI、「ありがとう率」を2008年に導入。カスタマー・エクスペリエンスの着実な向上につなげている。

センター運営を見直し2007年から抜本改革に取り組む

 インターネット・トレーディングの“ネット証券”国内最大手の(株)SBI証券は、1998年に設立されたSBIグループの中核企業。利便性の高いサービスやリーズナブルな手数料の設定で、幅広い顧客層の支持を集めている。そして、お客さまから寄せられる金融商品や取引に関する問い合わせに対応する同社のコールセンター「カスタマーセンター」は、埼玉県熊谷市と東京都新宿区の2カ所で運営。前者がインハウスの形態であるのに対し、後者はグループ企業へのアウトソーシングだが、同社のコールセンター部門の主導により、一元的なマネジメント体制が敷かれている。同センターの応対品質には対外的な評価も高く、コールセンターの外部評価機関であるHDI-Japanによる公開格付け調査で、2013年まで3年連続で最高評価の「三つ星」を獲得している。
 一般に証券会社の業績は、金融市場の相場環境に大きな影響を受けるが、同社では2012年末以降、新規の口座開設の伸びが著しく、同センターのインバウント受電件数も、それ以前の月間10万件から5割増の同15万件の水準に増加。こうした受電件数の増加には人員増で対応しており、現在は、熊谷と新宿に計約250人のコミュニケータを在籍させている。
 このようなSBI証券の順調な業績拡大を、高品質なオペレーションで支える同センターが、カスタマー・エクスペリエンスの重要性を意識するようになったのは、前述のような外部評価機関の格付けで低い評価に甘んじていた2007年のことである。当時、同センターでは、口座数の急増に伴って集中するお客さまのコールに対応し切れず、応答率は40%台と、着信の半分にも対応できない状況が続いていた。スクリプトにのっとり、対応時間を短縮する方向で改善が試みられたが、お客さまからの評価はなお厳しく、抜本改革の必要性が議論されるようになった。
 そこで同センターでは、お客さまの視点に立ってカスタマー・エクスペリエンスの向上を図る狙いから、マネジメント体制の改革やスクリプトの見直しなど複数の施策を投入。こうした改革の中でも重要な施策のひとつが、「ありがとう率」と呼ばれる独自のKPIの運用開始であった。

一定期間に獲得したポイントを集計しコールの総件数で除して算定

 新しいKPIの「ありがとう率」は、同センターが独自に考案した指標。コミュニケータが、日々の電話応対でお客さまから「ありがとう」と謝意を伝えられた回数などをポイント化するもので、獲得ポイント数はお客さまの感謝の気持ちの強さなどに応じて異なる。①単に「ありがとう」と言われた場合はコール1件につき1ポイント、②同時に“賞賛”の言葉をいただいた場合は同5ポイント、③同時に“最上級の賞賛”の言葉をいただいた場合、もしくは、クレームの訴えだったコールが最終的にお客さまの「ありがとう」で終わった場合は同10ポイントがそれぞれコミュニケータに付与される。②③に関してはコミュニケータの自己申告を受けた後、マネジメント層が当該コールの音声ログを聞いて確認・認定するフローとなっているが、認定される割合は②でも20に1つもないぐらい、③では年間数件という難関である。
 そして、コミュニケータ1人ひとりが一定期間に獲得したポイントを集計し、同じ期間に受けたコールの総件数で除することで、「ありがとう率」を算定。理論的には100%を超えることもあり得るかたちだ。2008年のスタート当時は全体平均で20%程度だったが、2010年には50%程度の水準にまで上昇し、2013年には65%程度に達している。
 また、電話のオペレーションに直接関係する施策としては、「ありがとう率」の運用と並行して、スクリプトの見直しに着手した。金融商品の売買に関する内容には金融商品取引法に準拠した所定のスクリプトに沿って対応するものの、金融商品の特性やメリットなどについての一般的な問い合わせに関しては、原則的にスクリプトの運用を廃止。金融商品の説明をスクリプトに依存して行うと、対応が機械的になりがちで評判が悪かったことから、スクリプトではなく各商品のポイントなどを見やすくまとめたナレッジの共有にとどめ、お客さまとの会話の流れに応じ、コミュニケータが自身の判断、自分の言葉でポイントを伝えるように改めたのだ。
 このほか、本人確認も、以前は基本的にすべてのコールに対して冒頭で実施していたが、現在では、必要な場合にのみ本人確認を行うオペレーションに変えている。

対応時間と「ありがとう率」の両面で評価し応対品質を下げずに生産性を向上

 こうしたオペレーションの見直しによって「ありがとう率」が上昇傾向にあることから、同社ではカスタマー・エクスペリエンスは着実に向上しているものと評価している。コミュニケータ各自のキャリアやスキルによって「ありがとう率」には個人差があるが、コンスタントに80%といった高率を残す優秀なコミュニケータも少なくないという。ただし、「ありがとう率」を最高位のKPIと位置付けることで、コミュニケータによってはお客さまに提供する情報量が過多となったり、電話を切った後でCRMシステムに残す応答履歴の情報量が過剰になったり、コール1件当たりの対応時間が長くなるという弊害も指摘されるようになってきた。
 そこで、こうした弊害を克服するため、現在は「ありがとう率」と併せて、平均対応時間も重視するようにしている。これら2つのKPIを軸とするマトリクスを用い、オペレーションを総合的に評価することによって、応対品質を下げずに生産性を向上することを目指しているのだ(図表参照)。実際に、対応時間が短くなると「ありがとう率」が下がるかというと、そういうわけではない。実績データを見ると、「ありがとう率」で75%以上をキープしているコミュニケータの平均対応時間が6分以内と比較的に短く、反対に「ありがとう率」が55%未満のコミュニケータの平均対応時間が7分以上と長くなっている場合もある。お客さまのお申し出やニーズを的確にヒアリング・把握した上で、お客さまが求めている情報を端的に伝えることで、結果的にカスタマー・エクスペリエンスを高めることができるのである。こうした2つのKPIによる総合評価は毎月、コミュニケータにフィードバックされ、各自がより良い評価を目指して不断の改善の努力をすることによって、応対品質を保ったまま、生産性は目に見えて向上しているという。

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 同社では、こうしたKPI管理に加え、人材マネジメントや教育の面でもきめ細かなフォローを実施。これらの取り組みを継続することによって、今後もさらに優れたカスタマー・エクスペリエンスの提供を目指していくことにしている。


月刊『アイ・エム・プレス』2014年2月号の記事