過去40年超の調査・取材活動を通して考察した ダイレクトマーケティングにおける変化と残された課題➄:そして、残された課題は?

2023年7月9日
本稿は、2023年3月31日に日本ダイレクトマーケティング学会が発行した学会誌『Direct Marketing Review vol.22』に掲載していただいた特別論文を、事務局のご厚意により公開させていただいたもの。章ごとに5分割して掲載しているため、「はじめに」「ダイレクトマーケティングの歩み」「ダイレクトマーケティングにおける既視感」「ダイレクトマーケティングのコア・コンピタンス」をまだお読みでない方は、そちらからご覧ください。

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ダイレクトマーケティングの世界には、前述したトレンドと同様に、「以前にも同じような話を耳にしたことがある」という既視感を禁じ得ない課題も残されている。

そのひとつは、顧客データの適切な活用だ。日本ではこれまで、ともすれば個人情報の保護にフォーカスが当てられてきた側面があるが、顧客データを流出させるのは論外として、これをどのように活用するかは大きな問題である。昨今ではCookie規制が強化されつつあることで、リターゲティング広告の出広やデータのトラッキングに影響が生じ始めているが、マーケティング・コミュニケーションのデジタル化に伴い俎上に上っているこれら顧客データの活用方法をめぐる課題は、取引やプロモーションにメディアを活用するダイレクトマーケティングにおいては、国内外を問わずかねてより指摘されてきた。

ダイレクトマーケティングが日本に入ってきて間もない頃、この分野の草の根的な勉強会であるDMW(Direct Marketing Workshop)の先輩達の間では、これが「狩猟型」か「農耕型」かという議論が活発に繰り広げられていた。「狩猟型」とはターゲット顧客にプロアクティブにアプローチする側面に、また「農耕型」とは顧客とのリレーションシップという側面にフォーカスした表現。振り返ってみればこの世界では、1980年代にテレマーケティングが注目されたかと思えば強引なアウトバウンドが問題になり、2000年代にeメール・マーケティングが注目されたかと思えばスパムメールが問題になった。これらはいずれもその「狩猟型」の側面が問題になった例だが、それから数十年を経た今なお、インターネット上にはこうした事例が渦巻いているように見える。

しかし、顧客データに基づく科学的なマーケティングであるダイレクトマーケティングは、そもそも顧客とのインタラクションに基づくカスタマー・オリエンテッドなマーケティング(のはず)であり、かつリレーションシップ・マーケティングでもある。また最近では顧客の側も、企業が自身のデータをマーケティングに活用することで、自分にとって適切な情報が提供されたり、適切な商品・サービスが提供されたりすることに一定の理解を示すようになってきたようだ。

GDMA(Global Data and Marketing Alliance)が行った消費者調査「Global Data Privacy」によると、世界16カ国の回答者の53%が個人情報の共有が現代社会の円滑な運営に果たす役割を理解しており、前回調査との比較が可能な10カ国においては、そうした回答は増加傾向にある(図2)。ちなみに2022年調査においては、当学会Webコミュニケーション研究部会と顧客&ブランド戦略研究部会の協力により、日本も調査対象に加わることになったが、日本の調査結果は、概して自分のデータを企業に提供することに保守的な傾向が見られた。

図2 The exchange of personal information is essential for the smooth running of modern society

出典 : https://globaldma.com/wp-content/uploads/2022/03/GDMA-Global-Data-Privacy- 2022.pdfを元に筆者作成
出典 : https://globaldma.com/wp-content/uploads/2022/03/GDMA-Global-Data-Privacy- 2022.pdfを元に筆者作成


2つ目として挙げたいのは、カスタマー・ジャーニー全体を見据えたマーケティングにおける各要素の統合をめぐる課題である。前述の通り、メーカー通販はかつての独立した事業部門による新規事業開発からD2Cすなわち本業の活性化へ、販売チャネルにおいてはクリック&モルタル/マルチチャネルからオムニチャネル/OMO へとバトンが渡されてきた。さらに本稿では触れなかったが、コミュニケーション・メディアにおいても古くからメデイア・ミックスの重要性が指摘され、これがメディア・コンプレックスへ、そして IMC(Integrated Marketing Communication)へとシフトしてきた。

本来、ダイレクトマーケティングの中心にあるのは顧客データベースにほかならない。しかし、このようなダイレクトマーケティングの発展プロセスの中で、顧客データが組織や販売チャネル、コミュニケーション・メディアごとに別管理されているケースは、必ずしも珍しいものではなかった。これらは本質的には企業側の組織の問題に起因するところが大きいが、顧客の側から見れば、それは購入商品ごとに、あるいは自身のカスタマー・ジャーニーのプロセスごとにCXが分断されることを意味していると言えるだろう。

インターネットやテクノロジーの進展を背景に、製品開発、流通、販売やプロモーションなどに分かれた経営の機能を顧客中心に統合し、全体最適を目指すことの重要性が指摘されてもうかれこれ20余年が過ぎたが、今なお、これが掛け声ばかりに止まっていたり、部分最適に止まっていたりするケースは少なくない。この統合をめぐる課題をクリアする上では、2010年代にこの世界で注目されたザッポス*15やパタゴニアに見られるように、自社のパーポスやコア・バリューを明確化し、これを顧客接点で働くスタッフを初め、全社に敷衍していくことが欠かせないだろう。

最近では、コールセンターにおけるスタッフへの権限委譲が叫ばれているかと思えば、アパレルなどの店頭販売員が一定の権限を与えられ、ソーシャルメディアにより自店に関する情報発信を行う例も増加している。顧客接点のデジタル化が進めば進むほど、人手によるサービスにはより付加価値の高い対応が求められることになるが、こうした中、従業員や顧客のエンゲージメントを高める上で、あるいはそこで確立したノウハウをデジタルなメディア/チャネルに生かしていく上でも、これらの取り組みには大きな意義があると言えるだろう。データ・ドリブンであると言われるダイレクトマーケティングは、とりもなおさず、企業の利害集団によるヒューマン・ドリブンなマーケティングでもあるのだ。

そして3つ目として挙げたいのは、サービス・ドミナント・ロジックの重要性が叫ばれる中、顧客との価値共創をどのように進めていくかだ。前述の通り、ダイレクトマーケティ ングは本来、顧客データに基づくカスタマー・オリエンテッドなマーケティングであり、リレーションシップ・マーケティングという側面も併せ持つ。一方で今日では、ダイレクトマーケティングを展開しているか否かにかかわらず、多様なコンタクトポイントで顧客の生の声を収集し、これを企業活動に反映するVOC(Voice of Customer)活動も定着してきた。

こうした中、注目したいのが価値共創マーケティング*16,17である。価値共創とは「消費プロセスで企業と顧客によるサービスが直接的に相互作用することで文脈価値が生み出されること」を指す。つまり企業は、この直接的な相互作用の一翼をマーケティング行為として担うことになるわけだが、そこでは「contact」「communication」「co-creation」「value-in-context」から構成される4Cアプローチが重要であるとされている(村松 2017、6 ~ 24)。

ダレクトマーケティングは顧客との直接的な相互作用に基づくマーケティングであり、本来は価値共創マーケティングへの最短距離にいるはずだ。しかし、ダイレクトマーケティングがグッズ・ドミナント・ロジックに基づき販売に至るまでの「生産プロセス」で展開されることを旨に開発されたのに対して、価値共創マーケティングはサービス・ドミナン ト・ロジック/サービス・ロジック(Service Logic、Grönroos,2006)に基づき購買後の「消費プロセス」で展開されることを旨に開発されたものであり、両者の間には視点の相違があるのもまた事実である。

ダイレクトマーケティングは確かに4Cアプローチに長年の経験を積み重ねてはいるが、 特にこれを取引に導入する通信販売においては、顧客の購買データに基づく売れる商品の開発・品揃えにフォーカスしてきたところがある。しかし、かねてより指摘されてきたように過去のデータを追いかけているだけではビジネスが縮小再生産に陥りかねないことに加え、今日では経済のサービス化がますます進行してもいる。こうした中、今後、ダイレクトマーケティングがその本領を発揮するためには、価値共創の視点に基づき、商品・サービスの購買前に止まらず、購買後の利用やクチコミ発信に至るまでのカスタマー・ジャーニー全体を見据えて、顧客との直接的な相互作用のあり方を今一度見直してみることが必要ではないだろうか。

以上、本稿では、私自身の40年超の取材・調査の経験をベースに、ダイレクトマーケティングにおいて言葉を換えつつ受け継がれてきた3つのトレンド、「メーカー通販 → D2C」「クリック&モルタル/マルチチャネル → オムニチャネル/OMO」「頒布会 → サブスクリプション」と、その傍らで指摘され続けてきた3つの課題、「顧客データの適切な活用」「カスタマー・ジャーニーを構成する各要素の統合」「顧客との価値共創」について考察した。

今後、本格的なWeb3.0の時代が到来し、ブロックチェーン上のNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)によりさまざまな行動履歴が把握できるようになることで、 ダイレクトマーケティングはさらなる変容を遂げていく可能性もある。その時にはもはやダイレクトマーケティングという用語さえも雲散霧消しているかもしれないが、仮にそうだとしても、レスター・ワンダーマンがこのコンセプトを開発して以来60年間にわたり培われてきた そのコア・コンピタンスの重要性に、変わるところはないのではないだろうか。

【引用・参考文献】

*1
(株)工業市場研究所『カタログ販売・通信販売の実態と展望』 1982年
(株)工業市場研究所『カタログ販売・通信販売』 1985年
(株)工業市場研究所『カタログ通信販売』 1988年 等

*2
(株)工業市場研究所『消費者友の会・実例集』 1980年
(株)工業市場研究所『顧客組織化システム』 1985年 等

*3
(株)工業市場研究所『消費者問題と企業の対応』 1977年

*4
(株)工業市場研究所『テレフォン・マーケティングの現状と今後の可能性』1978年 (株)工業市場研究所『テレフォン・マーケティング-電話を活用したダイレクト・マーケティング・テクノロジー』1983年

*5
(株)アイ・エム・プレス『アイ・エム・プレス』 1995 ~ 2014年

*6
(株)アイ・エム・プレス『コールセンター年鑑』 1999 ~ 2013年(2004年までは『テレマーケティング白書』の名称で発行)

*7
(株)アイ・エム・プレス『CRM年鑑』 2003 ~ 2010年

*8
(株)アイ・エム・プレス『ネットビジネス成功事例集』 2007年

*9
(株)アイ・エム・プレス CRMシリーズ『ソーシャルメディア・マーケティング成功事例集』  2011年

*10
(株)アイ・エム・プレス CRMシリーズ『B to Bマーケティング成功事例集』2012年

*11
(株)アイ・エム・プレス CRMシリーズ『スマートフォン・マーケティング成功事例集』 2013年

*12
西村道子「インタラクティブ・マーケティングまとめサイト」 2015年~

*13
Wunderman , Lester(1996) , Being Direct: Making Advertising Pay, Random House. 松島恵之(翻訳監修)(1998).『「売る広告」への挑戦』電通

*14
西村道子「インタラクティブ・マーケティングまとめサイト」内の「西村道子コラム」2015年〜

*15
石塚しのぶ『ザッポスの軌跡』東京図書出版会 2009年

*16
村松潤一編著『価値共創とマーケティング論』同文舘出版 2015年

*17
村松潤一「価値共創マーケティングの対象領域と理論的基盤―サービスを基軸とした新たなマーケティング―」『マーケティングジャーナル』Vol.37 No.2(2017),6-24頁.

*メーカー通販→D2C
前出の*1
前出の*12
(株)アイ・エム・プレス『アイ・エム・プレス』
Vol.71 特集「第2ステージへの挑戦! 大手メーカーのeビジネスへの取り組み」2002.3
Vol.91 特集「自社の資源を眠らせるな! メーカー通販成功事例」 2003.11
Vol.128 特集「メーカー通販“花盛り” ―新たな活路を見いだすメーカーの挑戦」2006.12
Vol.189 特集「流通チャネルの最適化を目指すメーカー通販の挑戦」 2012.1
Vol.209 特集「変貌するメーカー通販の“今”を探る」 2013.9

*クリック&モルタル/マルチチャネル→オムニチャネル/ OMO
(株)アイ・エム・プレス『アイ・エム・プレス』
Vol.46 特集「インターネットによる販売革新」 2000.2
Vol.79 特集「チャネル間を自由に行き来 顧客を誘うクリック&モルタル」 2002.11
Vol.114 特集「通信販売企業のマルチチャネル戦略」 2005.10
Vol.126 特集「店舗小売業のネット戦略」 2006.10
Vol.141 特集「急速に広まるネットスーパー/ネット宅配の魅力」 2008.1
Vol.144 特集「SPA企業のマルチチャネル戦略」 2008.4
Vol.183 特集「通販が街にやって来た!」 2011.7
Vol.204 特集「CRMサイクルの構築に向けて進化するO2O戦略」 2013.4
Vol.208 特集「小売業に革新をもたらす!! 顧客接点のオムニチャネル戦略」 2013.8

*頒布会→サブスクリプション
前出の*1