複数アプリを続々投入 スマートフォンをCRM戦略の“切り札”に

日本航空(株)

日本航空(株)は、スマートフォンの活用を本格化させている。チケットの予約購入、搭乗手続き、空港案内など多様なシーンで利用できる複数のアプリを投入する戦略。マイルを付与する「JALマイレージバンク」とも連携を図りつつ、CRM施策を強化したい考えだ。

経営改革から生まれた独立採算のモバイルチーム

 日本航空(株)は、2010年1月に会社更生法を申請し、抜本的な経営改革を推し進めてきた。グループ社員を1万6,000人削減して3万2,000万人としたほか、国内線・国際線ともに不採算路線を縮小、燃料効率の悪い老朽化した機体を売却するなどしてコストを削減。その一方で、部門別採算を導入し、各事業を細分化した上で、それぞれの部門に収益の最大化とコスト削減を課している。2012年9月には、東証一部に再上場。上場廃止から約2年7カ月でのスピード復帰となり、9月期中間決算では、営業利益は過去最高を更新。売上高に対する営業利益率は17.7%と、国際的に見ても業界水準を大きく上回った。
 こうした劇的な経営改革の渦中にあって、同社では、早い時期から新しい顧客接点であるスマートフォンの可能性に注目していた。2010年には、組織改革の一環として、それまでの国内、国際、法人の3部門に、WebチャネルをはじめとしたB to Cのダイレクト販売を担当する「Web販売部」を加えて4部門体制へと移行。このWeb販売部内に、モバイルを専門とする「モバイルチーム」を立ち上げた。
 現在、国内線の個人向け販売のうち、Web経由は7割に上る。そのうちモバイルによる売り上げは1割強で、さらにその中の約6割を、現在、普及率では約25%と言われるスマートフォンが占めている。スマートフォンの利用はこの1年で格段に増えており、これをリードしているのは、ビジネスユースや、20代、30代を中心とする若い世代だ。
 現在、同社のCRM戦略の中核を担うのは、搭乗や買い物などにマイルを付与するFFP(フリークエント・フライヤーズ・プログラム)の「JALマイレージバンク」。顧客向けポイントプログラムでは国内最大規模の約2,500万人という会員数を誇る。
 そのため、スマートフォンの活用においては、既存会員向けサービスの向上と、新規会員の拡大という2つの側面が強く意識されている。「革新性」を経営のキーワードに掲げる同社では、スマートフォンを従来のCRMを補完する「新しい販売戦略の切り札」と位置付けているのだ。

予約購入、搭乗手続き、空港案内… 利用シーンごとに十数種類のアプリを投入

 部門別採算の下、モバイルチームも収益の最大化とコスト管理の徹底を求められている。スマートフォンの普及に伴い、これを経由した売り上げは伸びが期待できるが、一方でフィーチャーフォン経由の売り上げは減少傾向にあり、トータルな収益管理が必要。そのため、チームにはアプリ開発やプロモーション、パートナー企業との業務提携など、モバイル施策に関する投資の裁量が与えられている。こうした環境でモバイルチームが採用したのは、それぞれ異なる機能を持つ複数のスマートフォン向けアプリを投入する戦略だった。
 複数のアプリを投入する戦略のベースとなったのは、部門採算と同様に再建に大きく貢献した「JALフィロソフィ」の一説である「最高のバトンタッチ」の考え方。これはお客さまが、チケットの予約購入に始まり、空港カウンターで搭乗手続き、搭乗口でのご案内、機内の客室サービスといったプロセスをたどる過程で、それぞれの担当者がお客さまにベストの対応を行うと同時に、円滑にリレーすることで、顧客満足やリピートにつなげるというものである。この一連のサイクルは「トラベルループ」と呼ばれている。モバイルチームの発想は、この「トラベルループ」の各プロセスに、アプリを投入することだった。
 予約購入のプロセスでは、空席状況や料金の確認機能を持つアプリを投入し、その受け皿となる手続きや決済を行う専用サイトをスマートフォン向けに最適化。特に、予約購入アプリは、販売に直結する重要な役どころであることから、用途別に、「JAL国内線」と「JAL国際線」、任意の路線について割引運賃の最安値をリアルタイムで検索できる「JAL先得」の3種を投入。顧客ニーズへのきめ細かな対応を目指している。
 次に、搭乗までの期間を過ごすプロセスには、出発までの日数や時間が一目でわかる「JALカウントダウン」を用意。続く、出発当日の空港におけるプロセスでは、おサイフケータイとNFCの両方に対応する機能によって搭乗手続きを簡単・便利にする「JALタッチ&ゴー」と、AR(拡張現実)技術を使って羽田国際空港の国内線ターミナルを案内する「JAL AiRport ナビ」。このほか、沖縄県の観光スポットを紹介する「ちゅらナビ」、日常的なスケジュール管理に使える「JALカレンダー」などもある。こうした体系的なアプリ投入は、当初の構想通り、2012年10月までに完了。今後はその普及に努め、利便性や快適さ、楽しさをより多くのお客さまに実感してもらいたい考えだ。

複数アプリの相乗効果で80万件のダウンロードを達成

 アプリを利用シーンごとに複数用意する手法は、ユーザーの立場からすると、ニーズや好みに応じて最新のラインナップからアプリを選べるというメリットがあるが、同社側にとってもメリットは多い。非会員も含めたより多くの人々にアプリを利用してもらうためにはパブリシティやプロモーションが不可欠だが、それぞれのアプリに明確な特徴を持たせることで、多様な切り口から各メディアにアピールできる。また、それぞれのアプリには、ラインナップにあるほかのアプリのダウンロードを推奨する連携機能があり、1つのアプリをダウンロードしてもらえば、別のアプリもダウンロードされる可能性が高い。実際に、データ分析によって特定のアプリが注目され、ダウンロード数が増えると、それ以外のアプリのダウンロードも連鎖的に増える傾向が確認されているという。
 さらに、アプリを企画する際、その分野のアプリ開発に強みを持つ委託先を都度、選定できるので、アプリの質の向上にもつながる。Android版アプリの宿命とも言えるOS対応のためのバージョンアップにもコストを抑えながら迅速に対応でき、一定の役割を終えたアプリについてバージョンアップを見送るという判断もしやすい。
 11月末現在のダウンロード数は、アプリ合計で80万件を超えた。予約購入アプリおよび、「JALカレンダー」「JALカウントダウン」についてはログイン機能が搭載されており、「JALマイレージバンク」会員データと連携して、データを統合的に分析することが可能。Web販売部には顧客データの分析を行うチームがあり、モバイルチームを分析面で支援している。現在は販売チャネルごとの売り上げや、アプリの利用状況、ROIなどのモニタリングが中心だが、将来的にはデータ利用をさらに活発化させていきたい考え。今後数年、スマートフォンの一層の普及が予想されるが、これに伴い、利用者層やニーズにも変化が生じると見ており、戦略自体も利用動向を見ながら弾力的に見直していく意向だ。

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月刊『アイ・エム・プレス』2013年1月号の記事