次世代型の“ID 連携”で「ひとつの東急」を実現

東京急行電鉄(株)

東京急行電鉄(株)は、グループ各社が運用するEC サイトなどの認証システムを一元化する“ID 連携”に取り組んでいる。お客さまが複数のID やパスワードを管理する必要がなくなり利便性が向上するとともに、顧客データの統合によって、より高度なマーケティング施策が可能になる。

少子高齢化の時代に対応した新しい「生活サービス事業」

 東京急行電鉄(株)の前身である目黒蒲田電鉄(株)は、1922年に設立された。その後、隣接する鉄道事業者とのたび重なる合併を経て事業基盤を拡大し、現在は東横線や目黒線など鉄道7路線、世田谷線の軌道1路線の路線網を築いている。また、これら鉄道やバスの「交通事業」のほか、大規模商業施設や住宅などの「都市開発事業」、百貨店やスーパーなどの「生活サービス事業」の3事業を中核に、一大企業グループを形成しており、2012年3月期の連結売上高は、1兆1,521億円、経常利益は約529億円となっている。
 創立90周年を迎えた2012年には、東急グループの中長期戦略「中期3か年経営計画」を策定。首都圏の同社沿線のエリアでも、少子高齢化が進み、2025年をピークに人口が減少傾向に転じるとの予測を踏まえ、「東急沿線が選ばれる沿線であり続ける」「ひとつの東急として、強い企業集団を形成する」という2つのビジョンを打ち出した。この中で特に「生活サービス事業」については、百貨店やスーパーなどのリテール部門に、クレジットカード、ケーブルテレビ、カルチャー、スポーツ、セキュリティなどを加え、新たな事業群として明確化し、その重要性を従来にも増して強調。生活者に「ひとつの東急」としてグループ経営のトータルバリューを訴求すると同時に、より安心で便利な顧客志向のサービスやライフスタイルを提案していくことにしている。
 今後の成長戦略の柱に、顧客志向の「生活サービス事業」を据える同グループでは、2000年代の中盤以降、顧客データベースを活用するCRMへの取り組みを推進。東急カード(株)が、「TOP&(トップアンド)」の名称でクレジットカード事業を展開する一方、リテール部門の(株)東急百貨店や(株)東急ストアなどの加盟店では、その付加機能として、買い物額に応じてお客さまに特典を提供するポイントプログラムを提供してきた。
 当初は、グループ各社がそれぞれ独自のポイントプログラムを提供していたが、「百貨店で貯めたポイントをスーパーでも利用したい」と共通化を望む利用者の声があったことから、2006年にグループ共通の「TOKYUポイント」を導入。現在では、2,050店舗以上の「TOKYUポイント」加盟店があり、東急グループの店舗や施設で共通のポイントを貯めたり使ったりできるほか、業務提携するガソリンスタンドや銀行でもポイントを貯められる。「TOKYUポイント」の総会員数は、295万人強。内訳を見ると、クレジット機能付きカードが約145万人、その他のカードが約150万人となっている。会員は、同社沿線の居住者が中心。男女比は3対7と女性が多く、年代では40代から60代がボリュームゾーンとなっている。

ログインが必要なサイトは10以上 IDやパスワードの管理が煩雑に

 同社は「TOKYUポイント」を軸にグループ横断的な顧客基盤強化戦略を進めてきたが、グループ各社のWebサイトでは、ログイン認証にID発行やパスワード登録がそれぞれ必要だった。グループのサイト数は、ECサイトのほか、「TOKYUポイント」の残高などを確認できる「TOP&Webサービス」など10以上に及び、複数のサイトを利用するお客さまに、IDやパスワードの面倒な管理を強いていた。この課題を解消するには、それぞれのサイトで認証システムの仕様が違うなど、乗り越えるべき高いハードルがあった。
 そのような中で同社は、2012年6月、「生活サービス事業」の目玉事業となる「東急ベル」のサービス提供を開始した。「東急ベル」は、同社沿線エリアに居住するお客さまを対象に、専用のコールセンターやWebサイトを窓口として、商品やサービスをワンストップで提供する「究極の小売業態」。デパ地下グルメをお届けする「東急百貨店フードダイレクト」をはじめ、家事代行や学童保育、ホームセキュリティなど、都市生活における日常的な幅広いニーズの総合的な受け皿となる新ビジネスだ。グループ各社を中心とした幅広い商品やサービスを取り扱う構想で、「ベルキャスト」と呼ばれる専任スタッフが、地域密着型で宅配や訪問サービスなどを提供する。そのため、注文や申し込みを受け付ける「東急ベル」専用サイトにおける「TOKYUポイント」への対応はもとより、会員情報をグループ共通のIDやパスワードで管理する“ID連携”への対応が急務となっていた。
 そこで同社では、(株)野村総合研究所の協力を得て、サイト間で異なる仕様のID認証を一元的に統合できる“ID連携”の次世代型ソリューションを導入。これは、各サイトのID認証や顧客データベース管理の機能だけを切り出し、SaaS方式で運用する仕組みで、大規模なシステムの改修や開発は不要だ。2012年7月末に作業に着手し、10月下旬にはサイトを全面オープン。運用テストを除く実質的な作業は約2カ月で完了したという。

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今回、ID 連携が実現した「KOETOMO(こえとも)」(上)と「東急ベル」(下)のWeb サイト

各事業会社の枠を超え統合的なデータ分析が可能に

 今回の“ID連携”に対応するサイトは、2012年11月末現在、「東急ベル」の専用サイトと、11月にリニューアルした同社のWebモニター調査サイト「KOETOMO(こえとも)」。両サイトとも、登録者はすでに数千人規模に達しており、2012年度末までに「東急ベル」「KOETOMO」ともにさらに会員数を拡大させたい考え。また、東急カードの「TOP&Webサービス」などのサイトも順次対応させ、将来的には、10以上あるすべてのサイトに広げていく構想だ。
 Webサイトの“ID連携”は、システム的にはグループ共通で割り振られるIDが認証のキーとなるが、お客さまは初回登録時に打ち込んだ、普段利用しているeメールアドレスとパスワードの入力だけですべてのサイトにログインできる上に、登録された会員情報が全サイトに連携され、ワンストップでサービスを受けることができる。複数のIDやパスワードを管理する手間が要らず、リアル店舗と同様に、「TOKYUポイント」を貯めたり、利用したりできる。一方、運営サイドでは原理的に、従来の店舗や施設の購買データに加え、対応するWebサイトで収集された顧客データも統合できることになる。こうしたデータは、住所や氏名、生年月日といった基本情報や、商品やサービスの購入履歴にとどまらない。例えばクレジットカードで電子マネー「PASMO」のチャージを利用している場合は、同社路線の乗降履歴なども含まれる。ただし、データのマーケティング利用は、お客さまから同意を得た利用規約の範囲に限定される。
 同社では従来から、乗降や購買のデータを合わせて分析して、特定の駅改札を利用するお客さまに改札近くの商業施設の利用を促すプッシュ型の販促施策を投入したり、新しい施設の計画段階で判断材料とする基礎データを抽出したりするなど、各事業会社の枠を超えたデータ活用を進めてきた。近い将来、“ID連携”によって、より多角的なデータを分析に織り込むことで、活用の幅を広げていくことにしている。


月刊『アイ・エム・プレス』2013年1月号の記事