クリーニング業を基盤としながら顧客のニーズをとらえた事業領域を創造

(株)喜久屋

首都圏でクリーニングと衣類のリフォーム店160店舗を展開する(株)喜久屋では、クリーニングを基盤にした新規ビジネスが好調に推移。縮小が続く業界にイノベーションを巻き起こしている。“時流”を見極め、顧客や取引先はもちろん、地域社会にも目を向けるその取り組みは、常に業界の最先端を走っていると言えるだろう。

縮小が続くクリーニング業界にイノベーションを巻き起こす

 1956年創業の(株)喜久屋では、1965年以降フランチャイズ制を導入し、クリーニングと衣類のリフォーム店を直営・FC店合計160店舗で展開。現在、自社工場4カ所を含めた従業員数は270名、売上高は14億3,000万円(2009年4月期)に達している。同社では、創業時からの一貫した経営理念「相手、自分、第三者共によし」、という「三方よし」の精神で事業活動を展開。自社はもちろん、顧客、取引先、地域社会などにも、喜び、安心、満足をもたらして「喜久屋でよかった」と言われるよう努めてきた。
 クリーニング業界は、典型的な右肩下がり産業である。売上高は1992年の約8,460億円をピークに減少を続け、現在は約4,300億円と最盛期の半分近くにまで縮小している。この背景には、例えば、自宅で洗えるYシャツが一般的になったことなど、業界外の要因もあるだろう。しかし一方で、FC店を増やしてシェア拡大を狙うビジネスモデルが過当競争を引き起こし、価格面での勝負を余儀なくされるなど、業界そのものの体質が旧態依然としていたことも、要因のひとつに違いない。
 売上高の減少傾向は喜久屋においても例外ではなく、特にリーマンショックの影響は大きかった。この結果、2009年度(2010年4月期)の売り上げは10%程度落ち込む見込みだが、今年に入ってからの3カ月間は順調に回復。2010年度はプラスに転じるもようである。その原動力となっているのが、クリーニングという本業に軸足を据えながらも、次々と新たな事業領域を創造してきた同社代表取締役兼CEO 中畠信一氏のアイデアとクリエイティビティだ。

クリーニングに軸足を据えた新たな事業領域を創造

 中畠氏が創造した事業の1つ目が、2003年10月に開始した“クリーニング&クローク”サービスの「イークローゼット(e-closet)」である。これはネットで申し込みを受け付け、クリーニング料金のみで最長6カ月間保管するというもの。季節衣類など、季節外には使用しない上に保管場所を取られるものが片付くと好評で、サービス開始以来、売上高を伸ばし続けている。2009年度の売上高は、前年度比20%増の1億5,000万円。2010年度には2億円に達する見込みである。
 2つ目は、2004年4月から始まった“夜間集配サービス”「ムーンライト23」。これは21時までにネットやフリーダイヤルで申し込みを受け付け、当日(23時まで)中に集荷するサービス。集荷・配達とも17~23時の間の1時間単位で時間帯を指定できるので、変動時間制による就労者や残業の多い単身者などの利用が多く、これも前期比20%前後の売上増となる見込みだ。現在はまだ地域を限定しての取り組みだが、 対象地域は拡大しつつある。
 3つ目は、2007年10月からスタートした“マンション・フロント受付クリーニング・サービス”「FCS(Front Concierge Support)」である。これは、近年大型化・高層化が進む都市型マンション居住者に、フロントに手渡すだけでクリーニング・サービスが受けられるという利便性・快適性を提供するものだ。このようなマンションの住民は高額な管理費を負担していることから、サービスの質について厳しい意見を寄せることが多い。しかし同社では、前述した2つの新規事業領域を通して築いた、非対面による受付や運用・管理ノウハウなどをベースに、順調に事業を拡大している。2010年3月現在、提携クリーニング会社30社とともに50棟のマンションに対応、来期中にはこれを100社・100棟にまで増やしたいとのことだ。売上高も堅調で、今期は前期比30%増を見込む。

“時流”に乗ったビジネスで「三方よし」を実現

 ここまで見てきたように、今世紀に入ってから興した3つのビジネスはすべて好調だが、このビジネスを発想し、実行に移してきたのが、前出の中畠氏である。中畠氏は、“時流”を読みそのスピードに乗ることが大切、との信条を持って新たなビジネスを創造している。この時流には“本流”と“支流”、“一過性の流れ”があり、その見極めが最も大切だという。
 本流とは、世界的な強い流れで、例えるならばインターネットの普及や地球温暖化などがそれに当たる。支流は、本流から派生した流れで、例えばモバイルやエコ、少子高齢化や晩婚化など、より具体的で身近な現象として表れてきているもの。そして一過性の流れは、例えばリーマンショックや原油高などを指す。この中で、一過性の流れには乗らず、本流と支流に合わせてビジネスを推進するのが中畠流である。
 前述した3つの新規ビジネスの中で、最も実績がある「イークローゼット」について、時流に沿ったものかを詳しく検証してみよう。
 昨今では、特に都市部において、収納スペースに限りがあるマンションなどの居住者が増えている。しかし、現代は“モノ余り”の時代。衣類をはじめモノは家の中にあふれている。一方、ネット通販の隆盛からもわかるように、“自宅に居ながら”にして買い物を済ませたいと考える向きが増えており、クリーニング店との間を行き来することを面倒に感じている生活者も少なくない。そしてこれらが、一朝一夕に解決できるような「一過性の問題」でないことは明らかだ。
 対する「イークローゼット」は、①春季(3~6月)と秋季(9~12月)の年2回、季節衣類などの集荷をネットで受け付け、②クリーニングや必要なメンテナンスを施し、③気温・湿度・防虫・防カビなどに万全の注意を払った倉庫で保管、④依頼客の希望する時に届けるというサービスだ。つまり、狭い居住スペースにモノがあふれる問題を、“自宅に居ながら”にして解決しているのである。
 また、「イークローゼット」の業務上の優位性は、②クリーニングやメンテナンスを、同社の閑散期に行う点にある。クリーニング業は時期による繁閑差が激しく、4月の業務量を100とすると、8月は55、10月が85、そして2月は50まで下がるとのこと。そこで同社では、特殊な汚れなどすぐに処理する必要があるものを除き、集荷した依頼を閑散期まで置いておくことで、繁閑のギャップを解消しているのだ。
 つまり、「イークローゼット」により、顧客はクリーニング料金を支払うだけで保管までしてもらえるし、同社は業務量を平均化できる上に、このサービスをきっかけとした販促効果も期待できる。加えて同社の従業員は、過度な残業や自宅待機など極端な労務環境の変化を避けられるとあって、まさに同社の理念である「三方よし」が実現していると言えるだろう。
 同社ではリフォームやリユースなどにも注力して、製造を除く衣料にかかわるすべてのプロセスをカバーすることを目指している。その一環として、現在、最も力を入れているのがネットオフ(株)との提携による不用品買い取りサービスである。これは、クリーニング希望の衣類と売却希望の衣類を一括して引き受けるというもので、後者は必要な補修を施した上で販売する。現在はネットが中心だが、この3月からは店舗での受け付けも試験的に開始。状況を見ながら取扱店を拡大していく意向だ。
 また同社は、事業所内にキッズルームを作って従業員の子どもの面倒を見られるようにするなど、働く女性へのサポートが素晴らしい。このことが評価され、去る3月8日に開催された「国際女性の日2010国連公開シンポジウム」のパネルディスカッションでは、中畠氏がパネリストとして招かれている。
 同社ではこれからも真に価値あるサービスを提供し続けることで、顧客の満足を獲得するとともに、社会への貢献を果たしていきたいとしている。

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「三方よし」の経営理念を実現させたイークローゼット


月刊『アイ・エム・プレス』2010年5月号の記事