旅行業界の業務はアナログが中心
海外航空券やホテル、ツアー等の各種旅行プランを提供する(株)阪急交通社。昨年は米国で起きた同時多発テロの影響で、旅行業界全体が苦戦を強いられた年であった。そのあおりは、一昨年まで新聞広告出稿段数で旅行業界トップの座を占めていた同社にも及んだ。
旅行業界の業務は、ホームページ上での商品販売を除けば、顧客と対面で取引をする、あるいは旅に添乗員が同行するといったアナログ的なものがその大半を占めており、いわゆる“IT”が入り込む余地はなかったという。しかし昨今の不景気・競合の激化により、旅行自体にも付加価値を付ける必要性が叫ばれる中、同社においても効果的なITの導入を望む声が上がり、どの部分にITを導入できるかを検討してきた。そして出た結論がサービスへの利用であり、その媒体として同社が目を付けたのが、近年、爆発的な普及率を誇る携帯電話であった。
エム・トリップ・サービス
現在、同社では400万人超の顧客に紙媒体による旅の総合カタログ「トラピックス倶楽部」を送付しているが、その経費は莫大なものとなっている。しかもそれが必ずしも個々の顧客のニーズに合っていない場合もあり、このいわゆる“無駄打ち”をITによりなんとか解消したいという思いがあった。また旅行業界全体の課題として、効果的な顧客データ管理の手法が確立しておらず、差別化された吸引力のあるサービスの開発に苦慮しているという現状があった。このような状況下、同社では、携帯電話を使ったサービスを行うことで、単に旅行の付加価値を提供するだけでなく、一人ひとりの顧客が何を求めているかを把握できるシステムの構築に乗り出した。
そこで同社がイーシステム(株)と提携して2000年に開発したシステムが「エム・トリップ」だ。これは携帯電話の「いつでも、どこでも使える」という特性に着目し、インターネット経由で旅行日程や宿泊案内、加えてオプショナル・ツアーやレストランの予約などの現地情報を提供することで、旅行者をサポートするというもの。また企業側の大きなメリットとして、携帯電話のアクセス・ログから顧客の嗜好や行動に関わる情報を収集し、データマイニングにより分析することで、CRMに活用することが挙げられる。つまり、顧客に満足度の高いツアー・サポートを提供すると同時に、顧客自身が自覚していない嗜好までを把握し、個々の顧客に対して正確なマーケティング・アプローチを行うことができるわけだ。(図表2)
通常実施している「旅のアンケート」は、飛行機を利用した旅行であれば帰りの飛行機の中で、バス旅行であればバスの中で最後の到着地の直前にアンケートを実施するという具合だが、これらはすべて「事後の採点」であり、旅行中のさまざまな場面で顧客がどのように感じ、何を望んでいたのかを知ることはできない。そこで同社では、「エム・トリップ」を利用することで、旅行中の生の声を拾い、それをより旅行者の側に立った商品の開発に役立てることで、このような状況を解消しようとしているのである。
エム・トリップ用アダプタ
クーポン券を充実
サービスを利用する際には、同社が配付する専用のアダプターを携帯電話に装着する。すると、指定されたサイトに自動的にアクセスし、旅のスケジュール、観光名所案内、グルメ情報、おみやげ情報、緊急連絡、クーポン等の項が画面に現れる。旅行者はその中から好みのメニューをクリック、旅行ガイドとして利用することができる。
同社では、「エム・トリップ」の実験を兼ねた2,000名参加の九州ツアーを2000年の9月から10月にかけて行った。この時、最もアクセスが多かったのはスケジュール確認の項であったが、次いでアクセスが多かったのは、クーポンの項であった。一般にクーポン券は近所の居酒屋だとか、地元の商店街など、“なじみの場所”で使われることが多い。旅先のホテルのフロント等に置いてある場合もあるが、その利用率は決して高くない。しかし、この携帯電話を介してのクーポンは利用率が非常に高く、提携先の店の売り上げも目に見えて伸びたという。このことでクーポンが顧客の誘導、ひいては販促に効果があることが分かった。また宮崎のツアーを企画した際には、提携先の酒造会社に行けば、焼酎を無料で贈呈する旨の告知を「エム・トリップ」内に掲示しておいたところ、予想外の希望者が詰め掛けて企業側が音を上げた。そこで翌日から対象を「1,000円以上の商品購入者」に変えたところ、6割の来店者が1,000円以上商品を購入したという。これは、携帯電話ならではのリアルタイム性が発揮された事例と言えよう。同社ではこれらの実績を踏まえ、現在提供している北海道ツアーにおいては77枚にのぼる多種多様のクーポン券を用意している。
「エム・トリップ」が旅行のスタンダードに
これまで旅行会社は、団体旅行では顧客と密接な関係を保つことができていたが、自由旅行になると、顧客との関係は希薄にならざるを得なかった。しかし「エム・トリップ」を利用することで、自由旅行の旅行者ともインタラクティブにかかわることができ、またある程度、旅行者を同社が意図するスポットに誘導することまでもが可能になる。さらに、例えば、歴史探索の旅を希望する顧客にはそれに合ったコンテンツを提供するといった、顧客ごとのカスタマイズが極めて簡単にできることは「エム・トリップ」の大きな特長である。
「エム・トリップ」の効果については、バスツアー参加者を対象に行ったアンケート結果が興味深い。
このツアーへの参加者の平均年齢は58.9歳。男女比は女性67%・男性33%である。アンケートに回答した1,400名の参加者のうち、携帯電話の所有率は34%であった。携帯電話をこのツアーで初めて使用したと答えた回答者は40%にも上った。携帯電話の非所有者には同社が貸与したのだが、「エム・トリップ」が「必要ない」と感じたのはわずか12%で、ほぼ半数の参加者が同サービスを「良かった」と答えている。
この年代は携帯電話の利用に消極的といわれているが、彼らからこのような支持を得た以上、「エム・トリップ」の実用性は極めて高いと同社は見ている。
同社では今後「エム・トリップ」のような媒体が旅行の必須アイテムになると考え、これからのCRMにおいて携帯電話は必要不可欠なツールになるとしている。
「エム・トリップ」の課題として同社は、膨大な量に及ぶコンテンツの体系的な整備、メーカー、使用言語の違いのクリアー、操作性の向上等を挙げている。
今後は、レンタカー会社とコラボレートしてのナビとモバイルの連動などより広い分野への進出を計画しており、より顧客の立場に立った総合的な旅のプロデュースを目指している。