マニュアルの遵守はブランド構築への手順のひとつ

日本マクドナルド(株)

パートタイマーをマニュアルと組織作りで管理

 日本マクドナルド(株)は、1971年、世界最大手のハンバーガー・レストラン・チェーン、マクドナルド・コーポレーションと(株)藤田商店の合弁によって誕生した。東京銀座に1号店を開店し、創業して以来、ヤング・ファミリー層を中心としたすべての人々をターゲットに「新しい食文化の創造と拡大」という理念のもと、日本にハンバーガー文化を築き上げたのは誰もが知るところである。
 また、商品であるハンバーガーに加え、Q(品質)+S(サービス)+C(清潔さ)+V(価値)を顧客に提供する企業理念を打ち出して、日本のレストラン・チェーンの経営に大きな変革をもたらした。
 1998年度の売上高は3,779億900万円。従業員数は正社員5,200名、パートタイマー10万名を抱えている。1999年11月末現在、店舗数は約3,200店。平均的なところで1店舗につき、社員3名、パートタイマー50〜70名が働く。数から見てもわかるように顧客対応の主力はパートタイマー。
 パートタイマーは高校生が30%、大学生が40%、そのほか主婦などが30%。平均年齢は22〜24歳程度。男女比は男性40%弱、女性60%強。平均的な勤続期間は約1年間となっている。年齢、性別ともさまざまだが、同社では週1回、1時間以上勤務できれば、パートタイマーになることが可能なため、その働き方も、またさまざま。
 そこで同社においては、社員、パートタイマーにかかわりなく、すべてのスタッフが“接客のプロ”として顧客に接することを目指し、そのための組織作り、マニュアル作成が行われているのだ。

ホームページ(http://www.mcdonalds.co.jp)上に従業員の仕事を紹介をするコーナーも設けている

ホームページ(http://www.mcdonalds.co.jp)上に従業員の仕事を紹介をするコーナーも設けている

社員育成の機関としてハンバーガー大学を設置

 同社のマニュアルは、洗剤の使い方から機械のメンテナンスに至るまで、全2万7,000項目からなる。これは“商品管理”“人材育成”“サービス”などにかかわる世界共通の手順が示された、同社の高質なQ(品質)、S(サービス)、C(清潔さ)を支える手引書。このマニュアルがあるからこそ、世界中どこに行っても同じ品質の商品・サービスを提供できるのである。
 たとえば、はじめて訪れた海外の見知らぬ土地であっても、顧客はマクドナルドの「M」のマークを見たら、安心して店に入ることができる。それはマクドナルドが世界共通の商品やサービスを提供しているため、顧客にはメニュー、価格、店舗のレイアウト、商品の買い方があらかじめわかっているからだ。この、どこに行っても同じものが同じように買えるという“安心感”を創り出しているのも、もとをたどればこのマニュアルなのである。
 またそこには“接客のプロ”として満たさなくてはならない一定の基準が示されているが、これはどの年齢にも受け入れられるものになっている。そしてマニュアルで決められたことをひとつひとつ実行していくことは、マクドナルドというブランドを築くゴールまでの手順のひとつと位置付けられているのである。
 マニュアルの作成、および改訂は、米国のハンバーガー大学が担当。ハンバーガー大学は、社員の人材育成のために教育、およびシステム開発を実施している機関で、米国をはじめドイツ、日本など世界5カ国に設置されている。マクドナルドの全社員は入社後、各店舗でOn the Job Training(O.J.T.)を受けた後、必ずハンバーガー大学で、5日間のBasic Operation Course(B.O.C.)を受講し、商品の製造方法、原材料、基本的なマネジメント・スキルを学ぶ。ハンバーガー大学には、B.O.C.以外にも各種の研修コースが設けられている。たとえば同社の社員ひとりひとりが、パートタイマーを含む従業員のカウンセリングを行える技術を身につけられるよう、指導を行っているのもここである。もちろん研修だけではなく、全店舗に導入されている新人パートタイマー用の「マクドナルドにようこそ」をはじめとする、ポジションごとの教育用ビデオの製作や、集団トレーニングの実施なども行っている。
 日本においては日本のハンバーガー大学が米国のマニュアルを和訳。時間に対する認識の差など、米国と日本でギャップのある部分は和訳の段階で変更を加えている。マニュアルは通常4〜5年で改訂されるが、その国の営業状況に応じて、必要であればすぐにその内容を変更できるようにもなっている。

目標管理で意欲を刺激

 一方、同社の店舗内組織では、スタッフは能力に応じてトレーニー、Cクルー、Bクルー、Aクルー、スイング・マネージャー、アドバンスト・スイング・マネージャーにランク分けされている。そして、ひとつの店舗の営業を担うこれらのスタッフたちを、同社では舟を一緒に漕ぐ仲間にたとえてクルーと呼んでいる。
 トレーニーはまだパートタイマーになったばかりの新人。Cクルーは、たとえばドリンクなど、ある特定のポジションの対応をひとりでこなすことができるスタッフ。Bクルーは、カウンター対応を含め、ドリンク、バーガーなどのポジションのうち50%をひとりでこなせるスタッフ。Aクルーはすべてのポジションをこなすことができるスタッフ。いずれもシフト時間帯の中で最も忙しいピークタイムに対応できるかどうかを基準としている。スイング・マネージャーは、発注や現金管理能力をはじめとして、店内の機械の調子から具合の悪いお客様の対応まで、店舗の責任者として店全体を見渡して管理できる能力を兼ね備えたスタッフ。アドバンスト・スイング・マネージャーは、スイング・マネジャーの中にあって、さらにそのリーダーシップが優れていると認められたスタッフであり、パートタイマーの最高位として位置付けられている。
 また、Aクルー以上のスタッフの中には、トレーニング・スキルをもち、トレーニーを指導する立場のトレーナーが、1店舗につき5〜10名配されている。このほか全クルーの中から、店舗の地域活動の一環として、たとえばラジオ体操のお手伝いなどを行う、スターと呼ばれるスタッフが数名いる。
 店内ではこうしたスタッフが、製造・販売と教育、そしてマネジメントの3部門に分かれて、オペレーション業務とカウンター業務をこなしているわけだ。
 もちろん、能力によりランクを分けるためには、それを判断するための評価制度が必要。そこで同社では、まず評価を行う時間帯を事前に対象者に知らせて、その時間帯にマニュアルに沿って仕事が遂行できているかどうかをトレーナーがチェックする、チェック・リスト方式を採っている。
 併せて店舗ごとに定期的な目標管理を実施。たとえばCクルー3カ月目のパートタイマーの目標は「Bクルーになること」。これを上司がバックアップしていくというやり方である。ここで大切なのはスタッフ自身が“達成感”を得ること。したがってマニュアルには目標を立てる際に何に留意すべきかが細かく記されている。たとえば目標設定に当たっては、次の4つに留意。①すぐに達成できるものではなく、ある程度の背伸びを必要とするが、必ず達成が可能なものにする。②達成されたかどうかを確認できる具体的なものにする。③目標の達成が会社に貢献したと実感できる、店舗のニーズにマッチした現実的なものにする。④個人的な目標にする。ただし、目標を高く掲げすぎないために、本人だけで目標を立てず、必ず上司と相談して決めるといった具合だ。このようにマニュアルに占める“人材育成”に関わる項目は少なくない。
 こうして定めた目標の達成度、モラル、スケジュールを合わせ見て、評価を行うわけだが、平均してトレーニーからCクルーになるまでには20〜30時間、Aクルーになるには3〜4カ月かかるという。

“自主性”あってのサービス

 マニュアルにおける“サービス”に関する項目は意外と少ない。たとえばカウンターの接客については、お客様が来られたら①来店の挨拶をする、②注文を受ける、③商品を取り揃える、④商品と代金の引き渡しをする、という程度の基本的な内容でしかない。商品の取り揃えなどについては、商品が冷めないことを配慮して集める順番が決められているものの、来店の挨拶などは、顧客にかける言葉が決められているわけではない。同社ではサービスにおいて店舗のスタッフに重要なのは自主性だと見ている。そのため、マニュアルに詳細な指示はないのである。
 また、スタッフの自主性を高める手段として、店舗ごとにお客様へのサービスや品質について話し合うミーティングを開催。これには、その店のすべてのスタッフの中から参加が可能なスタッフが出席。第一線の意見を集める場所であり、ここで決定したことは自分たちの意見であり、「自分たちの決めたことは自分たちで守る」という発想を培う場ともなっている。
 また同社ではスタッフの発案、意志を店舗運営に積極的に反映させていく制度として、従業員から意見を常時募集し、良いものは導入・採用していく“グッド・アイディア”を推進。たとえば有名な「スマイル0円」もこの“グッド・アイディア”から生まれた。メニューに「スマイル0円」と表示するのは、笑顔を絶やすことなく顧客に対応しようというスタッフの意気込みの表れだ。また、子供用の小さなサイズのストローを用意するようになったのも、この“グッド・アイディア”に寄せられた意見が実現したものである。各店舗からの意見は営業本部が回収し、関連部署に連絡。採用でも不採用でも結果を必ず意見の提出者に知らせ、不採用の場合はなぜできないのかを説明することで、スタッフの発案を事業に反映させる同社の姿勢をはっきりと伝えている。
 同社全店の最終的な目標は“100%カスタマー・サティスファクションの実現”。顧客は変化し続けており、それにともないニーズも変化している。同社ではそれに対応すべく、常時、顧客ニーズを探っている。CS調査、店舗の印象など、店舗ごとに調査を実施し、結果を追跡しているほか、本社でも2週間ごとに独自調査を実施し、その結果を四半期ごとに累計し、追跡。これらをもとにして、常に新鮮で満足感の高いサービスを顧客に提供しようと努力を重ねている。
 変化するニーズに対応し続けるためには既存の固定観念にとらわれず、自分自身を変えていける体制を整えていかなければならない。そこではますます従業員の定着が重要になってくる。同社では今後も、クルーの目標管理に重点をおき、人材育成を推進していく考え。店に対する貢献度を認識させることで、さらに労働意欲を高めていくとともに、ミーティングなどコミュニケーションの場を増やし、ひとりひとりが同社における自分自身の有用性に自ら気付くような体制作りを進めていきたいとしている。


月刊『アイ・エム・プレス』2000年2月号の記事