アサヒビール(株)は、100余年の歴史を有する日本の代表的なビール会社。今回は、東京・浅草にある同社お客様相談室を紹介する。
CS向上を目指しお客様相談室を開設
アサヒビール(株)は、名前の通りビール作りからスタートした企業。現在では、飲料、食品、薬品などを包括するアサヒビールグループへと発展し、1998年のグループ全体の売上高は、前年の9,721億2,000万円を上回る1兆283億9,200万円となっている。
1999年9月に設立50周年を迎えた同社では、「最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献する」という経営理念のもと、お客様の声ひとつひとつを大切にすることでお客様の信頼を獲得し、「顧客満足度No.1カンパニー」となることを目指している。
同社が消費者窓口を設けたのは1981年4月。広報部 消費者課として発足し、お客様からの問い合わせ受付のほか、消費者団体との折衝窓口などを主な業務としていた。その後、1987年に品質保証部を設立し、広報部から移籍。1990年に現在のお客様相談室へと名称を変更。さらに1998年9月には、より一層の顧客満足度向上を目指し、総合品質本部 品質高度化推進部 お客様相談室に組織を変更し、現在に至る。
お客様相談室の告知媒体には、全商品のパッケージはもちろんのこと、缶ビールの外箱を利用。このほか、新聞や雑誌の広告、ホームページ、啓発チラシなどのお客様相談室発行の印刷物を利用している(資料1)。
【資料1】お客様相談室が発行しているビールの取り扱いに関する啓発チラシ
フリーダイヤル導入を機にコール数が増加
お客様相談窓口では、フリーダイヤル電話、一般加入回線電話、FAX、手紙、Eメールでお客様からの問い合わせ、および苦情申し立てをうかがっている。
電話での受け付けに専用のフリーダイヤル番号を導入したのは1998年4月。アサヒスーパードライ スタイニーボトルの発売がきっかけとなった。フリーダイヤル導入の理由は、お客様に通話料の負担をかけないこと。お客様の声を経営資源のひとつと考えるアサヒビールでは、より多くのお客様の声を収集するためにはフリーダイヤルが不可欠と考えたのである。回線数は8回線。携帯電話、およびPHSからも接続している。
受付時間帯は、月曜から金曜日の午前9時から午後5時30分まで。土日・祝日と夏期休暇・年末年始は休業となっている。受け付けに当たるのは相談室の8名の社員。また、品質に関するより専門的な知識をもったスタッフが5名おり、お客様から品質の詳細に関わる質問をいただいても、製造部門などに連絡せずに部内で回答できる体制を整えている。また、製品の特性上、お客様からの問い合わせ件数と売り上げが比例する傾向にあるため、夏期は相談室員を増員して対応している。
Eメールでの問い合わせには、8名の相談室員のうち4名が対応に当たっている。1名が、あらかじめ回答が用意されていない新しい内容の問い合わせを担当し、関連部門と協議して対応。2名が、キャンペーンについてやCMソングの曲名といった定型的な問い合わせに対応。残りの1名が、海外からのメールに対応している。返信は基本的にその日中に行う。
受付状況を見ると、フリーダイヤル電話、一般加入回線電話、FAX、手紙、Eメールを合わせた年間問い合わせ件数は、1997年が約1万2,000件、1998年が約1万6,000件となっており、フリーダイヤルを導入した翌年に当たる1999年には約2万4,300件、前年比約152%と急増している。
1999年における受付メディアごとの内訳は、フリーダイヤル電話が1万8,150件、一般加入回線電話が3,400件、手紙が500件、Eメールが2,200件(このうち海外からが300件)、FAX・その他が50件となっている。
また、最も多く寄せられる問い合わせ内容はキャンペーンに関する問い合わせで28%、次に製品に関する苦情申し立てが15%、賞味期限に関する問い合わせが13%と続く。
アサヒビールお客様相談室のオペレーション風景
苦情解決までの過程を把握するシステムを開発
お客様相談室では、日本電気ビジネスシステム(株)のView工房をカスタマイズして商品情報やお客様からの問い合わせ、対応履歴などを登録した顧客情報データベースを構築。的確で迅速な対応はもちろんのこと、対応者が誰であっても均質な回答を実現している。
製品に関する苦情申し立てには、全国の営業担当者約900名がお客様宅を訪問して詳細をうかがい、不良品を工場で分析した後、再度訪問してその結果を伝えるという対応をとっているが、その過程を把握するためのシステムとして「Qネット」を自社開発した。Qネットの“Q”はQualityを意味している。Qネットの開発には1996年7月から1年を要し、1997年6月に完成。これにより、工場への迅速な連絡、検査結果の適確な報告が可能になるとともに、苦情解決までの進捗状況を管理者が把握できるようになった。
お客様相談室に寄せられる苦情申し立ては年間約3,600件。その内容は、ほとんどが流通での取扱上の問題であるという。営業担当者がお客様と対面で話すことは、不満の原因を解明するだけでなく、再発防止をかねて「凍らせてはいけない」「日の当たらない場所で保管する」「日付の新しいうちに飲む」といった取り扱いに関する説明をする良いチャンスでもあるととらえている。
情報の共有化を推進してお客様の声をかたちに
お客様相談室に寄せられた製品やサービスなどに関するさまざまな声は、経営上の資産として蓄積。部門を問わず全社で共有され、日々の企業活動に活用されている。
かねてよりアサヒビールでは、お客様や市場動向を的確にとらえ、それを速やかに企業活動に反映させる情報インフラの整備に注力してきた。
まず1996年8月には、全国の営業担当者が収集した市場情報などを登録した「アサヒスーパーネット」を構築。これは、全社で情報の共有化を図り、意思決定のスピードアップを図ることを目的としたもので、海外事務所とも結ばれたワールド・ワイドなネットワークとなっている。
次に1998年6月には、お客様優先の姿勢や体制の強化を図ることを目的に、お客様情報ネットワークシステム「アサヒ クオリティ・コール(以下、クオリティ・コール)」を構築した(図表1)。クオリティ・コールを活用することにより、お客様相談室に寄せられる問い合わせ、苦情申し立て、提案などの情報を、イントラネットを通じて全社員で共有することが可能となっただけでなく、全社員で情報を共有するスピードもアップした。毎時間、View工房のサーバにクオリティ・コールのイントラネット・サーバからアクセスして情報を更新しているため、常に最新の情報を閲覧することができるようになっている。また、同年8月には、閲覧できる内容にお客様からの問い合わせ、苦情申し立て、提案などに対する回答を加えることで情報を拡充。これにより、全社員のお客様や市場への関心がより一層高まるとともに、お客様相談室からの問い合わせに対する各部門からのレスポンスも早くなったという。
お客様相談室に寄せられたお客様の声が製品に反映された例のひとつとして、1998年4月に発売されたアサヒスーパードライ スタイニーボトルのシュリンクフィルム(栓を覆っているフィルム)が挙げられる。
発売当初から12月までの10カ月間で、約2,400名のお客様からスタイニーボトルのシュリンクフィルムが途中で切れるという苦情が寄せられた。同社では試行錯誤を重ねて6度にわたって改良を加えることで開封性を高め、改良品が完成した同年12月に、お客様相談室より苦情をいただいたお客様にスタイニーボトル3本セットを送付して試飲を依頼したところ、お客様から消費者の声を取り上げてくれたと、お誉めの言葉をいただいたという。お客様の声を些細なこと、仕方のないことと聞き流さずに、誠意をもって対応することで企業とお客様との信頼関係が築かれていくことを示す最良の例と言えるだろう。
アサヒビールでは、1998年5月24日に出稿したクオリティ・コールの広告上で、お客様の声を大切にする宣言を実施。以降、1999年3月13日、2000年1月23日の計3回にわたって同様の広告を出稿し、お客様の声を品質に反映させていることをアピールしている(資料2)。これまでビールの広告は、“すっきり”“美味しい”や“アルコール度数”をアピールしたものが主流であったが、お客様の声を大切にするという経営者の強い思い入れがあって、クオリティ・コールの広告が生まれたという。
また、2000年1月より、すべての広告にお客様相談室のフリーダイヤル番号を記載している。
お客様相談室では、自室の取り組みに対する広報宣伝担当部署の理解を深め、お客様相談室を広く周知することにより、これまで以上にお客様の声を収集できる社内環境を作ることも大切な仕事と考えている。
【資料2】1999年3月13日の全国紙に出稿された広告(左)と、2000年1月23日の全国紙に出稿された広告(右)。2000年から雑誌・新聞の広告にはすべてフリーダイヤル番号を掲載している。お客様相談室の周知とより多くのお客様の声の収集に力を入れようという意気込みが感じられる
課題解決への取り組み
現在お客様相談室では、5つの課題に取り組んでいる。
ひとつ目は、Eメールでの問い合わせに対する返信について。現在、お客様相談室にはEメールによる問い合わせや苦情申し立てが増えており、なおかつその内容が高度化している。かなり専門的な知識を必要とする問い合わせにもスピーディな対応ができるよう、お客様相談室では相談室員のスキルアップを図る意向。
2つ目は、コール数と相談室員のキャパシティのバランスの確保。より多くのお客様の声を収集することが良い製品、良いサービスにつながるわけだが、件数が増加すると対応に追われて単なる処理に留まってしまい、相談室員の感性が鈍ってしまいがちだ。お客様相談室では、1カ月当たり約250件をひとりの相談員が受け付けるコール数の目安としているが、ひとつでも多くの声に耳を傾けつつお客様が満足する対応をするためにも、コール数と相談室員のキャパシティのバランスを取っていきたいとしている。
3つ目は、クオリティ・コールの回答内容が全社のQ&Aとなることを意識して入力すること。たとえば、「新宿にあるアサヒビールのビアホールを教えてください」という問い合わせに対する回答を記入する場合、「○○店と□□店をご案内しました」だけではなく、そのビアホールの電話番号や住所なども併せて入力しておけば、その後閲覧した社員が辞書代わりに利用できることになる。
4つ目は、アンテナを高く張り巡らせてお客様の声を聞くことで、変化の兆しを察知すること。これは全社的な取り組みでもあるが、日々、お客様相談室に寄せられる問い合わせなどからお客様の嗜好の変化や新しいニーズを読み取ることで、危機管理体制の強化を図っていく考え。
5つ目は、お客様とより良い信頼関係を築くこと。お客様から貴重なご意見をいただいた時など、お礼状とともに新製品の3本パックを送付している。お客様相談室では、これを「3本パック運動」と呼び推進することで、積極的にファン作りに努めている。
お客様の声は貴重な経営資源。お客様相談室では、日々寄せられるお客様の声を経営全般における品質向上に結び付けられるよう、クオリティ・コールを通じて関連部門へ積極的に働きかけていく意向である。