百貨店大手の(株)三越伊勢丹では、化粧品売り場で、ブランドの垣根を越えて商品を紹介する「ボーテ・コンシェルジュ」のサービスを提供。“世界一”と称される伊勢丹新宿本店の化粧品売り場では2000年に取り組みを開始し、“化粧品選びのアドバイザー”として、お客さまの厚い信頼を得ている。
日本女性に特有の化粧品購入プロセスに対応
百貨店大手の(株)三越伊勢丹は、旗艦店である伊勢丹新宿本店の化粧品売り場に、「ボーテ・コンシェルジュ」と呼ばれる、同社独自の社内資格制度の認定を受けた専任の担当者を配置している。同店1階では、国内外のメーカーが提供する50以上のブランドの商品が販売されており、百貨店の店舗別化粧品売上高の国際ランキングでも、同店はトップクラス。“世界一”と称される売り場だけに、化粧品を求めるお客さまが、どのブランドや製品を選んでよいか迷ってしまうケースも少なくなく、「ボーテ・コンシェルジュ」は、全ブランドに精通したスキンケア商品選びのアドバイザーとして、お客さまから厚い信頼を得ている。
現在、国内の百貨店業界では、「ボーテ・コンシェルジュ」と同様に、いわば売り場・ブランド横断的にお客さまの化粧品選びを手助けする専門の担当者を配置するケースが少なくないが、同店ではこうした動きに先駆け、2000年8月から「ボーテ・コンシェルジュ」のサービスをスタートさせた。
こういったサービスは、それまで世界的にも例がなかった。国内では戦後の高度成長期に欧米スタイルの化粧品が一般に普及したが、化粧品の購買行動には、欧米では見られない特徴があるという。例えば、商品の購入前に、各ブランドの商品ラインナップを紹介するカタログを求める人が多い。複数ブランドのカタログを参考に、各ブランドの商品を比較し、商品の特性や価格などを吟味するプロセス自体を楽しみにしている女性も少なくない。欧米の百貨店では、店舗を訪れたお客さまに販売担当者が自身の主観的な“好み”を交えながら商品を勧めるケースも多く、日本の百貨店で、カタログで商品を選んだ上で店舗を訪れたお客さまに、希望があれば商品サンプルを提供し、使用感などを確かめてから購入を決めてもらうといった慎重な手順を踏むのとは対照的だという。
同社では、現在、繊細な感覚を持つ日本女性のこうした化粧品の購買行動に対応する「ボーテ・コンシェルジュ」を、新宿本店のほかにも各店舗の化粧品売り場に配置している。
スタート当初から人気のサービスに
伊勢丹新宿本店では、化粧品売り場の一角に、2000年に初めて「ボーテ・コンシェルジュ」の専用カウンターを開設。お客さまにブランドや商品をお勧めするには、一人ひとり個人差がある肌のタイプや悩みなどを詳しく把握する必要があることから、いわゆるカウンセリングというスタイルを採用。お肌の悩みや要望、化粧方法だけでなく、睡眠、食事、入浴といった生活習慣に至るまで詳しいお話を伺うこともあるため、1人のお客さまのカウンセリングが1時間程度に及ぶことも少なくない。
2000年のスタート当初は、「ボーテ・コンシェルジュ」の資格を有する専任担当者4人を配置したが、すぐに人気のサービスとなったことから、事前予約制を導入。翌年、2001年には専任担当者を6人に増員して対応。ほかの百貨店でも同種のサービスが提供されるようになった現在は、3人体制に落ち着いている。
「ボーテ・コンシェルジュ」の取り組み内容についても、試行錯誤を繰り返しながら変遷してきた。
案内する商品は、当初はスキンケアのみだったが、現在はスキンケアとファンデーションで、メーキャップ商品は対象としていない。これは、メーキャップ商品は、お客さまの好みを聞き取ったり、口頭で商品特性を伝えたりするだけのオペレーションでは、お客さまと共通認識を持つことが困難で、実際に商品を手に取っていただいたり、メークを試していただいたりするほうが効率的であるため。また、当初は肌コンディションの測定なども行っていたが、結果によっては、カウンセリングの範囲がお客さまの相談内容に限らず多岐にわたるケースがあり、カウンセリングに長時間を要するといった実態があったことから、現在では、お客さまの相談内容に重点を置くように、カウンセリングの内容を改めている。
また化粧品売り場の改装に伴って、「ボーテ・コンシェルジュ」のカウンターはこれまで2回、フロア内で移転したが、そのたびにフロアの中心からやや外れた位置に設けてきた。これは、常連のお客さまには、売り場の特定のブランドに顔見知りの美容部員がいるケースもあるため、お客さまに気まずい思いをさせることなく、気兼ねなくカウンセリングを受けていただけるようにとの配慮からだという。
なお同社では、「ボーテ・コンシェルジュ」の役割や業務範囲を店舗ごとに定めており、各店が売り場の規模やお客さまの層に応じた独自のサービスを提供している。
お客さまの期待を上回るプラスアルファの“価値”を提供
伊勢丹新宿本店で「ボーテ・コンシェルジュ」を利用するお客さまは、開設当初は20代から30代が中心だったが、現在は40代から50代に移ってきている。同社はこれを、化粧品や“きれいになること”に関心を持つ層が上の世代に広がってきているためと見ている。現在では、「ボーテ・コンシェルジュ」を広告宣伝やパブリシティなどで大きく告知することは控え、常連のお客さまや百貨店の化粧品売り場の利用経験が浅いお客さまに、さりげなくサービスを提供する“裏方”に徹しているが、それでも、1日平均で10人程度のコンスタントな利用があるという。
カウンセリングを提供する際の目標は、限られた時間の中で、お客さまに美容や化粧品に対する役立つ情報やノウハウをひとつでも提供することといい、必ずしもブランドや商品の案内に至らないケースもある。お客さまの世代や肌コンディションに応じ、無理なく始められる肌の手入れ方法や適切な商品を勧めるようにしているが、お客さまにその実行・使用を継続してもらうには、商品そのものの品質や特徴だけでなく、各ブランドの接客スタイルや美容に対する考え方などを含めて、どうすれば最も顧客満足度を高めることができるかを総合的に判断する必要がある。そのため、専任担当者は、売り場のカウンターで化粧品を販売する美容部員経験者が務めるケースが多く、「ボーテ・コンシェルジュ」の資格取得までには、各ブランドのメーカーに出向き、美容部員向けの研修に参加するなど、半年以上の期間を要するという。
そもそも化粧品の販売においては、商品を紹介する際にお客さまの素肌に実際に触れる機会も多く、しかも肌の悩みといったデリケートなテーマを扱うことから、細心の注意が払われている。「ボーテ・コンシェルジュ」にはさらに、次々に発売される新商品などの豊富な商品知識に基づく臨機応変な対応が求められる。マニュアル通りにお客さまにサービスを提供するにとどまらず、お客さまの側で期待する以上のプラスアルファの“価値”を提供するのが、「ボーテ・コンシェルジュ」が心得るおもてなしだ。各ブランドにお客さまを紹介しても、直接的には販売にタッチしないことから、売り上げへの貢献度が見えづらい特殊なポジションでもあるが、高いモチベーションと高度なスキルを持つ「ボーテ・コンシェルジュ」たちは、“世界一の化粧品売り場”を支えているのである。
伊勢丹新宿本店に設置されたボーテ・コンシェルジュ・カウンターには1日平均約10人のお客さまが訪れる。予約なしでも利用できるが、予約はホームページからも申し込める