首都圏で食品スーパーを展開する(株)いなげやは、買い上げ金額上位の優良顧客を対象とするDM施策に力を入れている。顧客やPOSのデータ分析をベースに仮説を導き、まずは小規模なテスト・プロモーションとしてDMを発信。成功事例を広く水平展開して効果を上げている。
ポイントカード導入によりDM送付の環境を整備
関東南部を中心に食品スーパーなどを展開する(株)いなげやは、本社を置く東京都立川市で、1900年に鮮魚店として創業。昭和30年代に都内で最初のスーパーマーケットを開業したことでも知られる。現在、約130店舗を展開、2012年3月期の売上高は単体で約1,677億円。業務提携先であるイオン(株)と商品の共同仕入れなど協調関係を築く一方で、創業以来の地域密着型の路線を堅持してきた。経営理念のひとつに、顧客第一主義などをうたう「商人道の実践」を掲げ、昔ながらの堅実な店舗運営を貫き、主婦層を中心に支持を集めている。
同社がDMに取り組み始めたのは2010年から。これに先立ち、2009年から会員制ポイントカードの「ing・fun(アイエヌジー・ファン)カード」を導入。店頭のレジ精算時に収集されるPOSデータに、お客さまから提示されるポイントカードのID情報をひも付けて記録するシステムを築き、顧客を“個客”として把握できる環境を整備した。ポイント還元のサービスと併せて、買い上げ金額の多い優良会員とは、DMによるきめ細かなコミュニケーションを推進している。
国内のスーパー業界は大手の出店攻勢などから競争が激化しており、長期的にも少子高齢化や人口減少の影響で新規顧客の大幅な増加が見込めないことから、顧客の維持が重要な経営テーマとなっている。
ポイントカードを導入する以前の同社では、日々の売り上げが外部要因に左右されがちで、雨の日は客足が鈍り、予算が達成できないといった事態が頻発していた。催事などの販促策を顧客に効果的に訴求できれば落ち込みを抑えることができるはずだが、現実には、新聞折込チラシによる従来型プロモーションでは、特売品だけが目当てのいわゆるチェリー・ピッカーの存在を許すことにもなり、コスト効率は上がらない。そればかりか、販促策がターゲットとして意図した顧客層に効果があったかどうかの検証もできない。競合店に負けまいと繰り広げられる激しい値引きは、あたかも消耗戦の様相を呈し、現場では、決め手となる対策のないまま、手詰まり感が強まっていたという。
ロイヤルティ強化や客単価の向上へ多様なDM施策を投入
ポイントカードの導入において、同社は業界では後発であった。ただし、ポイントカードの運営形態には、還元率や会員のランク分けといった運用面の設計をはじめ、会員情報の活用方法などに少なからず相違がある。競合他社と同じような仕組みをおざなりに採用しても、顧客の目にはメリットとして映らず、同質化による不毛な競争から脱しきれない恐れもあった。
そこで同社では、地道な情報収集といった事前準備に2年を費やす。パートナー企業としてDMなど各種の顧客ロイヤルティ・プログラムを手掛けるマーケティング会社のフュージョン(株)を選び、ポイントカードの関係業務に専従するカード推進部を立ち上げ、レジ会社やカード会社の担当者も交えたプロジェクトチームを発足させた。メンバーの会合を週1回の頻度で開き、プロジェクトを進行。この会合は現在も継続しており、すでに通算して約190回を数えている。
同社のポイントカードの大きな特徴は、購買額が増えるほど、ポイント還元率が累進的に高まる制度設計にある。例えば年間50万円相当の買い物をした場合は、3%に当たる1万2,500円相当の還元を受けられる。加えて、この還元率は、クレジット機能付きカードの利用などによって、さらにアップする仕組みだ。優良な会員に対して優遇策を打ち出すことで、ロイヤルティ強化による顧客育成や離反防止を図り、客単価のアップを目指したのである。導入は、2009年から店舗ごとに段階的に進め、2010年までに完了した。
実は、スーパー業界では、ポイントカードのデータを使ってDMを実施することに二の足を踏む企業が少なくない。これには、スーパーは業態的に商品点数が膨大で、ターゲットの絞り込みにノウハウが求められ、商品の単価も比較的安いために、個別施策のROI(Return On Investment:投資収益率)の確保が難しいといった事情がある。同社では、システムの構築や運用をはじめ、制度設計やデータ利活用などにアウトソーシングをうまく活用することで、競合とは差別化されたプログラムを実現させた。
現在、同社のポイントカード会員は約80万人に達し、会員による売上高は全体の約6割を占めている。1店舗当たりの会員数は、店舗の規模により5,000人から2万人と幅がある。店舗ごとの会員や売り上げの動向は、週次や月次の帳票にまとめるとともに、新規入会者数や来店回数などをKPIに定めてモニタリングしている。このほか、新規出店の売上予測や競合店の進出に伴う影響調査など、データの活用法は多岐にわたる。
2011年に展開したおせちのDM。2010年のテストで60~70代の利用が多かったことから、「ごあいさつ」(左下)の文字を大きくした。DMで紹介した2種類のおせちが、おせち全体の売上高を牽引する結果となった
“おせちDM”の初回テストは約14%のレスポンス率を達成
DMについては、買い上げ金額の上位約3割程度の優良顧客が主な対象である。データの分析結果から仮説を導き、まずはテストを実施して、成功事例の水平展開と改善活動に継続的に取り組んでいる。
一例を挙げると、歳末の重点商品とされるおせちの販促用DMは、2010年末に最初のテストを実施した。送付対象は前年のおせち購入者のほか、全年代から抽出した優良顧客の計約2,800人。DMの形状に、おせちの重箱を連想させる黒色を基調とする正方形の変形封筒を採用。DMを受け取った人が思わず開けてみたくなるよう、赤いひもを封筒の外側で結ぶというギミックを施した。その結果、389人がおせちを購入し、レスポンス率は約14%を記録。翌2011年には、リストの抽出条件を、テストで特に購入率の高かった60 〜70代中心へと見直すとともに、対象を1万5,000人に拡大。その結果、レスポンス率は約8%と下がったものの、ROIは前年比104%とアップし、CPO(Cost Per Order:受注1件当たりの獲得コスト)は前回比94%に低下。1,207人が購入するに至った。2012年10月現在、3回目の実施に向けて、さらなる改善と準備を進めている最中だ。
このほか、すでに複数の店舗で水平展開されている競合他社の出店対策としてのDMは、2011年に最初のテストを実施している。競合店が開店する半年前から、近隣の2店舗で6つの施策を次々に展開。まずは、周辺エリアの新規顧客の掘り起こしを狙って、住所の指定だけで宛名リストがなくても送付できる日本郵便(株)のタウンプラスによる施策を実施。続いて、ギフト販促やクレジット機能付きカードへの切り替えを訴求するDM施策を順次投入。そして一連の施策の最後として、買い物のたびに台紙にスタンプを押し、その数によってポイントを付与するラリーを、競合店の開店日をまたいで実施した。近隣への競合出店では一時的に売り上げが20%近く落ちるケースも珍しくないが、テストを実施した2店舗では、競合の出店翌月の月間売上高が前年同月比で8%強の伸びとなり、特に会員については15%を上回る売り上げ増を達成した。
同社では、セグメントした顧客層を対象に多様なDM施策を継続的に展開し、CRM戦略の最適化を図っていく考え。今後も引き続き、データ分析や顧客のアンケート調査も活用しながら、新しい切り口のテストDMを積極的に投入することにしている。