「創業者の思い」を出発点に“理念経営”を実践

ワタミ(株)

グループとして外食、介護など幅広い事業を展開するワタミ(株)では、創業以来、創業者である渡邉美樹氏の「思い」を出発点とした経営理念体系に基づく“理念経営”を実践。ビジネスの実地体験を通じて得られた知見や考え方を経営理念に昇華し、充実した教育体制を通じて全従業員に浸透させている。

実地体験を通じて得られた知見や考え方を経営理念体系として明文化

 1984年4月に創業し、現在では、国内外での外食、介護、宅食(食の宅配サービス)、MD(食のマーチャンダイジング)、農業、環境などの事業を展開するワタミグループの中核的存在として事業を展開するワタミ(株)。同社では創業以来、創業者である渡邉美樹氏(現・取締役会長)の「思い」を出発点とした経営理念体系に基づく“理念経営”を実践している。
 外食事業からスタートした同社では、創業当初から経営目的を「一人でも多くのお客様にあらゆる出会いとふれあいの場と安らぎの空間を提供すること」と定めていたが、これは渡邉氏が創業前に行った北半球一周旅行での体験から生まれたものである。その後、さまざまなかたちで整備されていった同社の経営理念体系も、同様に、机の上で考えられたものではなく、ビジネスを展開する上での実地体験を通じて得られた知見や考え方を明文化したものとなっている。
 同社の経営理念体系の大きな特徴は、その膨大な種類や分量だ。代表的なものだけでも、例えば「スローガン」「ミッション」「経営目的」「合言葉」「憲章」「グループ社員としての行動基準」「グループ社員の仕事に対する心構え」など多岐にわたっている。そのほか、渡邉氏が月1回発行のグループ報『体の重い亀』などを通じて社員へ贈り続けたメッセージを元に、グループ社員が常に立ち返って共有すべき価値観・使命感を日々の現場の事例に即してまとめたものなどが、380ページにも及ぶ『ワタミグループ理念集』として編さんされており、6,000人近くに及ぶグループの全社員に配布されている。
 組織の拡大によって、創業者の「思い」が薄れていき、単に営利を追求する集団になってはならない。同社が経営理念体系を整備していった経緯には、このような考え方があると言えるだろう。

●ワタミグループスローガン
 「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」
●ワタミグループミッション
 「地球人類の人間性向上のためのよりよい環境をつくり、よりよいきっかけを提供すること」

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全社員に配布されている380 ページにも及ぶワタミグループの理念集

経営理念体系の浸透を目指す 人事面での取り組み

 外食や介護などのサービス業を主要事業とするワタミグループにおいては、いかに経営理念体系を整備しても、それを現場でお客さまとの対応を行う従業員一人ひとりに浸透させることができなければ、企業文化として結実させることはできない。同社ではこのような認識から、人事面でもさまざまな取り組みを行っている。
 まず、社員の採用活動においては、学歴や学業成績などよりも人物評価に重きを置いた選考を実施。特にフェイス・トゥ・フェイスでの面接を重視し、同社の経営理念に共鳴し、いわば“同志”として、共通のゴールを目指せる人材を採用している。なお、同社グループの現場、特に外食店舗では多くのパート・アルバイト社員を起用しているが、その選考においても基本的には同様の方針の下、単に報酬を得るためではなく、同社の経営理念に共鳴して、お客さまの“ありがとう”を得るために働ける人材を採用するように努めているとのことである。
 入社後の社員教育においても、あらゆる階層において直属の上司による月1回のカウンセリング、毎月の研修会での課題レポートの提出の義務付け、および提出されたレポートに対してのフィードバックを行うことで、段階的に経営理念の具現化を推進。このほか、年1回の創業記念祭、年2回の全体会議、年4回の理念研修といったグループ全体の集合研修や、各事業会社で行っている月1回の集合研修では、経営トップ層が参加社員に直接、創業者から受け継がれる「思い」やグループ社員としてのあり方などを語りかけることで、経営理念の浸透を図っている。

従業員の自己実現を応援

 同社の企業文化を語る上でもうひとつ欠かせないのが、自己実現を応援する姿勢だ。
 前述のように同社では膨大な種類や分量からなる経営理念体系を整備しているが、これらはいわゆるマニュアルとは異なる。あくまでも考え方の方向性を示すものであり、従業員が常に“ワタミらしく”考え、行動するための羅針盤とも言えるものとなっている。現場での日々の具体的な行動については、その羅針盤が示す方向性の中で、各従業員が主体的に判断していくというかたちが、同社が目指すところなのだ。
 そのように従業員が主体的な判断を行う中では、当然のことながら「会社の考え方に共鳴はしているが、日々行っている業務は自分のやりたいこととは異なる」といった状況も数多く発生する。そこで同社では、社内外で自分の「やりたいこと」をかなえてもらうための仕組みをいくつか用意している。
 まず、所属している事業会社の業務が「やりたいこと」と異なるという従業員に対しては「フリーエージェント(FA)」制度を用意。年2回、グループ内のほかの事業会社への異動を申請できる制度を運用しており、実際、これまでに100名近くが同制度による異動を果たしている。
 また、特に外食事業で「一国一城の主になりたい」という従業員に対しては、同社フランチャイズ店の独立開業を支援する「DFC(ダイレクトフランチャイズ)」制度を用意。1年間「DFC研修」を受け、審査に合格した従業員の独立を応援している。
 また、「現在、ワタミグループで行っていないビジネスを行ってみたい」という従業員への対応としては、提案に基づいて、新たな事業展開を行うことも検討。近年では、2012年3月に秋田県にかほ市で本格稼働した風力発電「ワタミの夢風車 風民(ふーみん)」の例がある。さらに、対象は従業員だけではないが、渡邉美樹氏が理事長を務めるNPO法人「みんなの夢をかなえる会」を通じて、さまざまなかたちで、新たな“夢”の応援も行っている。

理念や考え方を社外にも積極的に発信

 同社では、同社の理念や考え方を社外にも積極的に発信している。
 例えば「ココロとカラダにやさしい暮し方」を提唱するフリーペーパー『o:kun(オークン)』を2008年から年2回、約15万部ずつ発行。また、2012年7月には本社ビル1階に、“ワタミらしさ”を維持するためにワタミが大切にしてきたもの、ワタミの理念の歴史、その時々の判断と「思い」(=原点)などを展示する「ワタミ夢ストリート」をオープンするなど、お客さまや取引企業などのステークホルダーにも同社の理念や考え方を理解してもらうための取り組みを続けているのだ。
 これらの取り組みは、それ自体が直接収益につながるものではない。しかし、同社が6期連続で増収・増益を果たしているという事実は、“ありがとう”を集める姿勢を内外に示していることが収益にも好影響を与えていることを雄弁に物語っていると言えるだろう。

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本社1階に設置された「ワタミ夢ストリート」では、ワタミの歴史や「思い」を展示


月刊『アイ・エム・プレス』2012年9月号の記事