“半径500m圏内シェア100%”を目指す

(株)ダイシン百貨店

東京都大田区の大森山王地域を本拠とする(株)ダイシン百貨店では、「住んでよかった街づくり」を経営理念に地域密着型の経営を展開。地域住民の圧倒的な支持を獲得している。将来的には会員制サービスなども提供することで、地域コミュニティの核としての機能をさらに拡大していく意向だ。

ごく近隣のお客さまに満足を提供

 1948年の創業以来、東京都大田区の大森山王地域を本拠とする(株)ダイシン百貨店。同社では「住んでよかった街づくり」という経営理念に基づいた地域密着型のビジネスにより、“半径500m圏内シェア100%”を目指している。
 同社が展開する「ダイシン百貨店」は“百貨店”と称してはいるが、都心の一等地で高級ブランドを並べるような百貨店とは一線を画している。取扱商品は食品や日用品、いわゆる“普段着”と呼ばれるようなファッションなどが主体で、顧客もまた、その大半が店舗から半径500m圏内に居住する50代以上の高齢者層を中心とする住民である。いわば生活に密着した“生活百貨店”として、近隣住民から絶大な支持を得ているのだ。
 同社では、創業時から高度経済成長期にかけて多店舗展開を推進。さらに1990年代には神奈川県茅ヶ崎市の「スーパータケウチ」や大田区久が原の「久が原ダイシン百貨店」を増改築するほか、本店別館として「メディアプラザ」「家具館」をオープンするなど事業拡大を図り、最盛期にはグループ全体で年間売上高250億円を達成するまでに業容を拡大した。しかしその後、バブル経済崩壊後の景気停滞の影響から業績が低迷。2004年以降、本店以外の店舗を相次いで閉店し、本店に経営資源を集中することによって収益率を急速に向上、V字回復を果たした。その過程で得た教訓が、固定客である“ダイシンファン”の支持を得るための店づくりの大切さ。いたずらに規模を拡大するのではなく、「ごく近隣のお客さまに満足を提供する」という視点でのマーケティングの重要性に気付いたのだ。
 その結果、例えば同社では、専門のバイヤーではなく、店頭に立つ販売スタッフが顧客との直接のコミュニケーションに基づいた仕入れを実施。売れ筋商品を揃えるのは当然のこととして、顧客が欲する商品は、たとえ1個でも仕入れて店頭に陳列することを徹底し、顧客ニーズにきめ細かく対応している。

充実したサービスで利便性を提供

 同社の地域密着型経営はマーチャンダイジングだけにとどまるものではない。むしろサービス面にこそ、その真骨頂があると言える。
 例えば同社では、2008年4月から店舗への送迎を行う「ダイシンバス」を運行しているが、これは、顧客の高齢化が進行する中で、いわゆる“買物難民”を解消することを目的とするもの。当初は、「久が原ダイシン百貨店」閉店によって生じた、同店を利用していた顧客の不便を解消することを目指し、久が原の同社所有地と本店を往復する26人乗りのシャトルバスを1日4往復運行するというものであったが、その後、顧客からの要望に応えるかたちで、新たに導入した10人乗りワゴン車により、2010年7月に「大森北便」、同9月に「南馬込便」の1日15便の運行を開始。いずれも、同社のポイントカードである「アップルポイントカード」(入会金・年会費無料)の会員であれば、無料で利用できるサービスとして好評を得ている。
 そのほか、半径1.5km圏に居住する70歳以上の高齢者や妊婦、身体の不自由な顧客を対象に店舗での購入商品を無料で配送する「しあわせ配達便」や、65歳以上の顧客を対象に500円で日替わり弁当を配達する「ダイシン出前弁当」なども好評であり、徐々に利用者を拡大している。

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顧客の送迎に1日15便運行するダイシンバス

地域社会との連携を推進

 同社では、単なる小売店舗としてだけではなく、地域コミュニティの核として、「住んでよかった街づくり」に貢献することを目指しており、その実現のためにさまざまな施策を展開している。
 例えば、前述の「アップルポイントカード」では、山王三・四丁目自治会からの要請に基づき、2010年にポイントシステムを地元商店街に開放。会員が貯めたポイントに応じて発行される「お買物券」を「地域共通お買物券」として、任意参加の地元商店(約30店)でも使えるようにしたほか、自治会が役員・ボランティアへの謝礼をポイントで発行できるようにした。さらにポイント提携は同自治会以外にも拡大しており、チラシ・ポスター・機関紙などを利用した共同販促なども行われるようになっている。
 また、地域と共同で行うイベントの開催にも積極的だ。例えば、2010年には、従来「ダイシン夏祭り」として単独で開催していたイベントを、より地域に密着した祭りを目指して「山王夏祭り」に改称。商店街主催の「納涼盆踊り大会」(8月21日、22日)、自治会主催の「こどもまつり」(8月22日)と同店駐車場での祭り(8月26日、27日)の3つの祭りを1週間に集中させることで地域の活性化を図った。ちなみに同店駐車場での祭りでは平日の開催にもかかわらず小さい子どもとその母親層を中心に約1万3,000人が来場するなど大盛況であったとのことだ。
 同社ではそれ以外にも、「新春出初め祭り」「ダンスパーティー」「GWこども祭り」など、さまざまな趣向のイベントを随時実施し、近年、地域コミュニティが崩れつつある中で少なくなりがちな住民間コミュニケーションの場を提供している。
 なお、2011年3月11日の東日本大震災の後は、同社でも品揃えに苦労したり、顧客の購買意欲の低下により売り上げが低迷するといった事態に直面したが、4月2日、3日には、春休みチャリティーイベントとして「がんばろう、こどもたち」を実施。震災当日の全売上高約965万円に、イベントの売上金(約54万円)、顧客からの募金(約64万円)などを加え、総額約1,085万円の義援金を社会福祉法人・朝日新聞厚生文化事業団を通じて日本赤十字社と被災各県に寄付した。こうした取り組みは今後も継続して実施していく意向であり、このような社会貢献においても地域コミュニティの核としての役割を果たしていきたいとしている。

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2010年の山王夏祭りの模様

会員制サービスの提供も検討

 同社では将来、これまで以上に地域コミュニティの中で果たす機能を拡大することを志向しており、現在、さまざまな検討を重ねている。その中心となるのが会員制サービスの提供である。
 例えば現在、「アップルポイントカード」の年会費は無料であるが、これに有料会員制を導入。その会費収入を原資として、軽・小型自動車を用いて個別送迎を行う「送迎タクシー」サービス、ポイントカードに蓄積される会員情報をベースとする地域医療機関との連携による健康管理サービス、さらには家事のサポート・サービスなどを提供していく意向である。これが実現すれば、半径500m圏内人口の約70%が入会している「アップルポイントカード」会員の利便性は、一層高まるというわけだ。
 なお、同社では営業を継続しながらの建て替え工事を進めているが、2012年春にグランドオープンを予定している新店舗では、日本庭園を備えた和食レストランや足湯のあるバルコニー、イベントホールなども設置する予定。それらを「アップルポイントカード」会員をはじめとする地域住民のコミュニティスペースとして活用することも考えている。


月刊『アイ・エム・プレス』2011年6月号の記事