ゲーム世界のアイテム名を冠した新商品を開発しソフト発売のタイミングで即完売に成功

サントリー(株)

2006年3月、サントリー(株)は、価格・味・デザイン・販売方法・ターゲットのどれをとっても画期的な清涼飲料「ポーション」を発売した。(株)スクウェアエニックスのゲームソフト「ファイナルファンタジー」の中のアイテムがリアル飲料となって登場するという今回の試みは、「ファイナルファンタジーⅩⅡ」の発売に合わせて、数量限定で販売するというものだった。

新機軸プロジェクトから生まれたバーチャルな世界の飲料を商品化するという発想

 商品の短命化が進む清涼飲料業界。こうした固定化した市場に、サントリー(株)が、新たな切り口の新商品を投入した。2006年3月、清涼飲料「ファイナルファンタジーⅩⅡ ポーション」を数量限定で発売したのだ。「ポーション」とは、(株)スクウェアエニックスのゲームソフト「ファイナルファンタジー」シリーズの中で体力回復に使われるアイテム。ゲームの世界から飛び出した飲料は大きな反響を呼び、発売から約2週間で完売した。
 新商品は、2003年に発足した「新機軸プロジェクト」から生まれた。同社では、売り上げ増と規模の拡大に伴い、清涼飲料を担当する食品事業部の人員を増やし、緑茶、コーヒー、果汁飲料といったカテゴリー別にグループ制を敷いた。これにより業務が効率的になった半面、カテゴリーに立脚しない視点での発想が生まれづらくなっているという危機感があった。そこで、各グループから1名ずつ抜擢されたメンバーで「新機軸プロジェクト」を始動。週1回、自分の担当分野以外のトレンドや話題になっている商品について雑談する機会を持つようになった。
 この雑談の中から「バーチャルとリアルの融合」「行列してでも欲しいもの」などに注目。メンバーのひとりである、食品事業部課長の稲鍵圭祐氏が「バーチャルであるゲームの世界から出てきた飲料があったら売れる」と発案。これを基に、スクウェアエニックスにコラボレーションを提案することになったのだ。
 また、当時は食玩ブーム全盛期。「単なる“おまけ”ではなく、飲料にも価値があり、景品にも価値があるものをセットにしたら面白い、と考えました。そして、ソフト発売まで1年を切っていたファイナルファンタジーⅩⅡに絡めて、まず一度組んでみようとなったのです」(稲鍵氏)

コンテンツの世界観を商品に落とし込みゲーム発売直前のティーザーに

 このコラボレーションでは、双方の利点(=目的)が明快だった。サントリーにとっては、ファイナルファンタジーのような世界観やコアなファンを自社でいちから作るのは難しいが、ファンをターゲットに“あるコンテンツに乗った商品”を作るという挑戦ができる。一方、スクウェアエニックスにとっては、飲料がゲーム発売のティーザーの役割を果たす。リアルな接点で体感できる商品が、“休眠”顧客(かつてはファイナルファンタジーを楽しんだことがあるけれど今はそんなに関心がない層)に響いて、ゲームソフトの販売増につながるというシナリオは魅力だった。
 言うまでもなく、コンテンツはスクウェアエニックスの資産。そのため、ファイナルファンタジーの世界観を忠実に具現化することを目指したという。
 まずはゲームの開発者に、ポーションについて「ボトルの色は何色ですか」「どんな味ですか」「何ミリリットルくらいですか」など、できるだけ具体的なイメージを聞いた。一方、飲料の開発にかかわるスタッフやデザイナーは、実際にゲームを体験。闘いなどで消耗した体力を回復するために飲んだり、体にかけたりするポーションを「こうか!」と感覚的につかんだ。
 こうして、ガラス瓶のデザインは固まったものの、味に関してはイメージがさまざま。しかし、単に「おいしい」「まずい」「○○みたい」と思われるものは出したくなかったという。最終的に、10種類のハーブやプロポリス、ローヤルゼリーなどを配合。「こういう機会でもないと挑戦できない、一度は試してみたかった味」(開発担当者)に仕上がった。
 商品は2つのタイプを用意した。630円(税込み)の、キャラクターのイラストがついたカードとセットにした「プレミアムボックス」を300万本と、200円(税込み)の通常バージョンを330万本(写真参照)。プレミアムボックスはコアなユーザー向け、通常バージョンは、ゲームを知ってはいるものの関与度の低い層への“お試し”商品と位置付けた。生産数は、あらかじめファイナルファンタジーⅩⅡの販売予測を基に決定。事前に読み切れなかったのは、ファイナルファンタジーの休眠顧客がどのくらいいるのか、という点だった。

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「ファイナルファンタジーⅩⅡ ポーション プレミアムボックス」(下)と通常バージョン(上部)。100ml(通常バージョンは120ml)という小ささだ。プレミアムボックスにはキャラクターカードを同梱。ガラス瓶でクリスタル感を演出し、ゲームの世界のイメージを具現化した

認知媒体はCMとブログなどの口コミが半々

 発売前に、ファイナルファンタジーのイベント会場で、来場者に先行試飲してもらい、デザインを陳列して反応を見た。すると、「見てきました」「飲みました」といった感想がすぐに個人のブログに書き込まれ、反響が広がったそうだ。通常、新商品の認知促進にはテレビCMが大きく影響するが、今回は、認知チャネルは、テレビと口コミが半々だったという。発売後も、「ケース買いした」という声や、飲んだ感想などがブログに書かれ、反響は大きかったそうだ。
 「通常の商品では、メーカー側で10円、20円を値上げするのにもナーバスになるところですが、今回の経験を通して“響くものを作れば売れる”と実感しました。言ってしまえば飲料はコインで買える商品です。630円という価格でも、ゲームの世界観や子どものころの思い出などの付加価値によって購入につながることがわかりました」(稲鍵氏)

家電量販店など新たな販売チャネルを獲得

 今回の試みでは、流通や在庫の面など、新しい課題があった。ゲームの発売時期にいかに盛り上げ、いかにきれいに売り切るか、という点に留意。このため、ポーションの販売をゲーム発売の1週間前に設定した。また、注文を受けてから直接店舗へ届ける、受注・発注方式を採用。これにより、同社側で販売数の把握・コントロールが可能になった。フタを開けてみれば、販売初日に社内的には完売。ゲーム発売の前後というファンが最も熱中する時期に合わせて、同社とスクウェアエニックス双方にとって最大限の効果をもたらすコラボレーションになったという。
 受注・発注方式によるもうひとつの収穫として、新たな販路を開拓できたことがある。従来からのコンビニやスーパーに、ゲーム販売店が加わったのだ。実際、秋葉原のある家電量販店からは、数千単位の発注があったそうだ。
 今回の成功要因として、それぞれのカルチャーはもちろん、企業方針や、業務フロー、商品表示、ライセンス関係に至るまで、さまざまな点を互いに吸収しながら進めていった点がある。このため、スケジュール管理は難しかったと稲鍵氏は振り返る。
 「ユニークネスの強い会社同士、スピード感とコミュニケーションがうまく合った。その上で、本業を活かしてうまく分業することで、商品自体の開発に力を注ぐことができた」(稲鍵氏)
 今回の経験を基に、今後もさまざまなコラボレーションを計画しているという同社。次なる新商品の登場に期待したい。


月刊『アイ・エム・プレス』2006年9月号の記事