巻き込み型のトレーニングで現場の活気を醸成

(株)オリエンタルランド

1983年の開園以来、あらゆる年代の人が楽しめる「ファミリーエンターテインメント」として、ディズニーテーマパークを運営する(株)オリエンタルランド。リピート率が9割を超える秘訣は、非日常の完璧な作り込みと一貫したキャストのサービスにある。年間1万3,000人を数える新規キャストに、理念をいかに浸透させるかが課題だ。長年の蓄積とノウハウをもつ同社に、お話を伺った。

非日常のコンセプトに基づくキャストの役割理解が重要

 年間2,500万人を上回る来園ゲスト数を誇り、リピート率は実に9割を超えるディズニーテーマパーク。「非日常」の世界をコンセプトとし、お客様を「ゲスト」、従業員を「キャスト」と呼ぶ米ディズニー本社の理念を踏襲する同社では、テーマパークを「青空を背景とした巨大なステージ」と位置付け。ステージ上で繰り広げられるゲストの非日常体験の一要素であるキャストの、人材育成を含めたマネジメントを担当するのが、(株)オリエンタルランド キャスティング部だ。同部署では、「キャストは自分たちの顧客である」ととらえ、キャスト自身が働くことへの喜びや満足を見出し、成長していく環境を維持する役割を担っている。
 キャストの目指すゴールは、ゲストにHappiness=幸福感を提供することだ。くつろいでもらい、楽しんでもらい、いい思い出にしてもらうことで、「また来たい」というリピートにつながる。この好循環の最前線に位置するキャストは、ほぼ全員が準社員(パート・アルバイト)だ。在籍数は、2つのパークを合計して約1万7,000~8,000人。うち3分の2は1年で入れ替わるため、毎年、約1万3,000人のキャストを新規に採用する。規模は大きいが、採用に当たってはすべて面接を行う。
 面接に当たって重視することは、大きく2つ。まずは、ゲストが期待するキャストとしての素養を持っているかどうか。ちょっとした気配りやしぐさ、眼の動きや輝きに注目して適性を見極めるという。もうひとつは、自分たちが仲間として迎えられるかどうかだ。「パークには、長年培われてきた暗黙知があります。細かい項目をチェックするのではなく、現場で生き生きと仕事をしていただけるかどうかを暗黙知で見極めています。長期休暇前の採用ピーク時には、現場責任者であるSVが面接官を務めます。実際に一緒に働く人間が現場の感覚で判断することで、採用された本人にとってもその後の苦労が少なく、双方にプラスに働きます」と山崎氏は言う。

「SCSE」とトレーナーの存在によりロジックとアクションの両面から体得

 トレーニングでは、キャストの中から所定のトレーニングを終了した有資格者がトレーナーとなる。同じ立場であるキャストが、現場での手本となり、先輩としての目線で教育に当たるため、ディズニー哲学というべき「劇場の中でのサービス」の極意が直接人から人へと伝授される。これは、最初の刷り込みとしても効果が高いという。常に手を差し伸べてくれる先輩がいて、働く楽しさややりがいを直接聞く機会があることは、キャストの安心感にもつながっているのだ。
 パーク内のすべてのオペレーションは「SCSE」と呼ぶ4つの行動基準に則る。「Safety(安全性)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Show(ショー)」「Efficiency(効率)」だ。この、行動の優先順位をキーワードとして、具体的なアクションに紐付けて何度も繰り返し伝えているのだ。トレーニングは大きく3段階を踏んでいる。最初に、ディズニーテーマパークの考え方について、3時間半にわたるオリエンテーションを実施。キャストとして何が必要なのか、ゲストは何を望んでいるのかといったことを徹底的に理解してもらい、理念の共有化を図っている。第2段階は、部門ごとの座学のトレーニング。部門は、アトラクション、物販、レストラン、カストーディアル(清掃)、セキュリティなどに分かれる。部門によって内容や期間が異なるが、オペレーションの基本的な流れ、例えばレストラン部門であれば、食品衛生の基礎知識やサーブの際の声掛けなどを教える。3段階目はいよいよ実地(OJT)トレーニングだ。最初の段階で大きな理念として伝えたSCSEを、現場のさまざまな場面にブレークダウンして繰り返し伝えることで身に付けてもらう。「フードサービスにおけるSCSE」「このロケーションにおけるSCSE」といった具合だ。
 キャストの構成は大きく3つ。ステップ①が約1~2年目のキャスト。ステップ②は、有資格のトレーナー。ステップ③はSV補佐役のキャストである。これは、現場責任者の社員もしくは契約社員の次に位置付けられ、オペレーション上重要な時間帯責任者ともなっている。在籍キャストの約2割はトレーナーの有資格者だ。キャストのステップアップは、日常の勤務の中で資質を見極め、対象者を選定している。こうしたステップアップを経たベテラントレーナーは、有資格のトレーナーを教育する役割も担う。ステイタスも高く、その分、最初はプレッシャーを感じるという大役だ。

巻き込み型の主体的な環境作りがカギ

 シフト勤務が中心で常にキャストが入れ替わっているため、すべてのオペレーションをSVが管理・把握することは難しい。こうした中、どうやってチームワークを保ち、サービスの質を維持していくかは大きな課題。
 キャスティング部では、キャスト向けのイベントを企画したり、月1回パーク内の情報誌を発行するなど、情報共有の場や媒体を提供している。それとは別に、ロケーション単位のキャンペーンを、現場のキャスト同士が積極的に行っている。例えば、レストランのメニューが変わるタイミングで壁新聞を制作し、効果的なフレーズを皆で考えたり、紙面上で新規キャストの紹介をするなど、さまざまな工夫をしてキャストを巻き込んでいき、熱意と活気を絶やさない環境を維持している。キャストは劇場の共演者だ。ゲストへ幸福感を提供する前提として、キャストが自発的に行動する風土が開園以来の累積資産となっているという。

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東京ディズニーランドの変わらぬシンボル、シンデレラ城

ライバルは過去のキャストサービス

 同社の成功の秘訣は、「テーマパークは生き物」との当初からの経営方針に基づき、スクラップ&ビルドを繰り返して常に新陳代謝を続けていることにあると言えるだろう。一方、ゲストは、「ディズニーだからこそ」という変わらない価値を求めてくる。また、ゲストの目が肥えれば肥えるほど、期待はますます高まる。そして、目の前にいるゲストの求めるものが何かを推し量る想像力は、生身の人間であるキャストのみがもつ。自分たちのサービスには終わりがないという意識醸成こそが、最も大事だという。「キャストの世代が替わるとマネジメントが難しくなるのでは、ということが話題になることがあります。確かに20年前のキャストと今のキャストでは異なる部分もありますが、人に喜んでもらえる、あるいは人に貢献できる素直な喜びというのは、人間として変わらない本質的なことだと思います。それらをあまり経験してきていない、特に年齢が若いキャストは、一見温度差があるように見えますが、実は引き出すフックが違うだけで、本質的なことは変わらないですね」(山崎氏)
 変わらないという期待に答え続けることが、結果的にサービスのレベルを上げていく。「ライバルは過去のキャストサービス」との自信と自覚を持ちながら、日々のサービスレベルの維持と向上に努める同社。 これこそが、また体験してみたいと思わせる秘訣であろう。


月刊『アイ・エム・プレス』2005年4月号の記事