優良顧客が顕著に増加 顧客情報を業務改革の原動力に

(株)東急百貨店

一律割引から脱却し、コストを集中的に投下することで上顧客の育成・維持を実現した「クラブキュウポイントTOPカード」。75万人に上る会員の情報をプロモーション手法やサービス開発に活用。さらには顧客主導による業務改革に挑む。

“既存顧客”がターゲット

 日本経済を象徴するが如く、高度成長期には花形だった百貨店は、長引く不況の中で今、苦しい闘いを余儀なくされている。(株)東急百貨店もその例外ではなく、1999年1月には300年以上の歴史を誇った日本橋店を閉鎖するという苦い経験を強いられた。この苦境を脱却するために同社が力を入れてきたのが、CSP(Customer Service Program)と称される顧客政策。これは「東急百貨店MDの確立による顧客満足経営の実践」を目標に掲げ、2000年に発表された「事業改革計画」の中心をなす政策であり、この発表に先立ち1999年10月にスタートを切った。
 以前、同社では、すべての会員に対して一律の割引を行う「TOPカード」というハウスカードを発行していた。相当数の会員を集めてはいたが、売り場からは必ずしもTOPカードを持っているお客様が上顧客ではない」との声が多数聞こえていたという。しかし「事業改革計画」の基盤は、あくまでもTOPカード保有者、つまり自社の顧客である。この考えに基づき、まず、TOPカード保有者の中から年間買上額100万円以上の上顧客を店舗ごとに数名ピックアップし、計数十名にヒアリング調査を実施。その結果、上顧客は他社でも多くの買い物をしていること、基幹店舗のひとつである東横店が“百貨店”ではなく、渋谷駅上の巨大なコンビニエンスストアと認識されていることなどが明らかになった。東横店の地下が“東急”ブランドを押し出した「東急フードショー」として生まれ変わり、成功を収めるに至った出発点も、これらの顧客の声だった。既存顧客が、同社の行くべき道を示してくれたのだ。

上顧客を育てる

 CSPの2本柱は、「クラブキュウポイントTOPカード」と「CSPシステム(Customer Service Program System)」である。
 「クラブキュウポイントTOPカード」は「TOPカード」を進化させたもので、1999年10月に発行を開始。クレジット機能を付与することで、一定の買上額が見込めるお客様にターゲットを絞った。また、前年の年間買上額によって顧客を“ワンスター”から“ファイブスター”まで5つのグレードに分け、ポイント還元率を変動させる仕組みを採っており、10万円未満は3%だが、100万円以上なら8%を還元。集中的にコストを投下して上顧客を維持すると同時に、下位顧客をワンランク上に引き上げることを狙っている。
 ポイントだけで囲い込みを促進しているのではない。スリースター以上、つまり年間買上額50万円以上のロイヤルカスタマーは、各店舗に設けられた専用サロンでゆっくりくつろぐことができるほか、年間買上額が100万円を超えるフォースター以上の顧客には、スピーディーに買い物を済ませることができるよう、専任のショッピングアシスタントが品物選びをサポートする。また貯まったポイントは、割引以外に東急グループならではの“ドリームメニュー”に交換できる。100円の利用からグレードに応じてポイントが付与さ れるが、例えば5万ポイント貯まると東急系映画館の指定席チケット24枚、7万ポイントでキャピトル東急ホテルのスイートに2名で宿泊、10万ポイント貯まると東急ベイホテルに4名で1泊といった具合。年間買上額100万円以上の上顧客を中心に、ドリームメニューの利用が急増しているという。
 もう1本の柱である「CSPシステム」は顧客情報分析システムで、2000年2月に導入。日立製作所のCRMパッケージソフトをカスタマイズして使用している。

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よく来店するお客様が“良い”お客様

 同社はCSPを「システムありき」ではなくコンセプト主導で進めてきた。プロジェクトのリーダーを務めた伊藤正貴氏は、「導入システムを決定する前にプロジェクトを発足し、フレーム構築を先行させたことがCSPの成功につながった」と話す。
 1999年10月に発足したプロジェクトは全社横断で、各店の販売促進、本部の販売促進部、商品部、情報システム部、営業政策室、CS推進室からメンバーを募った。メンバーがそれぞれの現場での問題点や課題を挙げ、全員で討議の上、優先順位を付け、アクションプランを練る。泊りがけで行われた集中セッションで、夜中まで白熱した議論が繰り広げられたこともあった。営業政策室長をプロジェクト・マネジャーとし、各部署の責任者をサポーティング・スタッフに据えることによって社内の理解を深め、メンバーが会議に出席しやすいなど、着実に活動できる体制を整えて、実効力を確保した。また、社内報に活動報告を連載したり、各売り場に実データを提示することによって、派遣社員やアルバイトも含めた全社でのナレッジ共有に努めている。
 2000年2月より、各店舗に1名、CSPマネジャーを配置。顧客情報の分析に当たるのは、このCSPマネジャーと、本部の営業推進室 CSP推進である。CSPシステムに蓄積された情報は、店舗ごと、商品ごと、品番ごとの3段階で分析が可能。売り場の販売員も、分析結果のサマリーをWeb上で閲覧することができる。
 現在、会員データと紐付けされた売上データは約50%に上っており、分析の精度は高い。「売上高=顧客数×来店頻度×購買頻度×購買単価」であるが、それぞれの要素を定量化することによって、弱点を補強する的確な施策をスピーディーに打つことが容易になっている。会員情報に基づくプロモーションにおいては、来店頻度の高い顧客ほど反応が良く、買上額も高いことが分かっている。また例えば、これまで玩具の催事は子どものいる家庭に案内するのが通例であったが、そうではなく、同社の玩具売り場で購買実績のある顧客にアプローチしたほうが反応が大きいことが実証されている。自宅用ならディスカウント店でも良いが、孫などへのプレゼントは百貨店で買いたいという顧客が多かったのである。数々のテストを経て、新しい顧客のカテゴライズ手法が発見・開発されており、プロモーションの効果は確実に高まっている。
 「クラブキュウポイントTOPカード」会員は75万人を超えた。年間買上額100万円以上の会員数とこれらの会員による売上高は、2001年度から2002年度の間に、どちらも30%増加した。
 同社は現在、科学的なアプローチによる新たなニーズ・ウォンツの創造を標榜し、産学連携によるデータ解析を進めている最中。今後はCSPを起点としたMDプロセス改革の推進に力を入れていく方針だ。
 顧客主導による業務改革。同社はこの大きな目標に向かって、チャレンジを続けている。


月刊『アイ・エム・プレス』2003年11月号の記事