一人ひとりの知を全社で共有 グループ7,000人で企業理念「hhc(human health care)」を追求

エーザイ(株)

企業理念「hhc(human health care)」をナレッジマネジメントで実現

 医薬品をはじめ、医薬部外品、化粧品など、幅広く事業を展開するエーザイ(株)。東京の本社を中心に、ボストン、ロンドン、筑波の3極を中心とした研究体制と、日本、米国、アジアに生産、および販売拠点をもつグローバル企業である。同社では、その経営の一端を支える組織として「知創部」がナレッジマネジメントを推進している。
 同社の企業理念は「hhc(human health care)」。「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を考え、そのベネフィット向上を第一義とし、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する」という意味が込められている。
 この理念は1988年、現在の社長、内藤晴夫氏が社長就任時に提唱したものであり、さらに氏は「一人ひとりが法令と倫理を遵守したビジネス活動を徹底し、いかなる医療システム下においても存在意義のあるヒューマン・ヘルスケア(hhc)企業」(2000年改定)を目指すとして、就任の翌年、エーザイ・イノベーション(EI)宣言を表明した。当時同社は、医療費抑制、海外企業の日本進出など、製薬業界の環境変化に直面していた。内藤社長は、そうした状況の中から一歩ぬきんでるために、企業理念「hhc」を打ち立て、それを実現すべく社のイノベーションを喚起しようと決意したわけである。
 これにともない、同社は当時からさまざまな試みを実行しはじめている。たとえば「EIマネージャーの育成」。これはエーザイ・イノベーション(EI)を実現するためのリーダーを社内の各組織に育てよう、という試み。具体的には、営業や幹部社員同士が暗黙知(自分の経験など、明文化しにくいビジネス知識)を交換、共有し、自分の組織のビジネスに反映させるというもので、90年から1年間実施した。また「hhc」が形だけの理念とならないよう、社員の病棟実習など「hhcの実践活動」を行ったほか、92年からはお客様対応窓口として「商品情報センター」を設置。顧客の声をデータベース化し、営業本部全員がその情報を共有することを推進している。これらは現在のナレッジクリエーション活動の基本とも言えよう。しかし、当時の体制では、社員の経験や知識を完全に共有できるレベルには達せず、「hhc活動」を効率的に推進していく上では、自ずと限界が見えていた。 
 そこで97年、同社は、理念「hhc」の実現に向けて、より強力にイノベーションを喚起すべく「知創部」を社長直轄下に創設。全社で知を共有し経営を改革するナレッジマネジメントを本格的に開始したのである。

部門間で有益な情報を交換

 「知創部」は、研修、各組織のhhc活動の推進、イベントをメインに、イノベーションの実現を推進している。もちろん目的は理念「hhc」の具現化を目指して、知を共有し、エーザイグループ全体のビジネスに反映させることだ。
 たとえば研修面においては「部門間交流研修」がある。これは営業の第一線である、大学病院の営業担当者らが、筑波の同社研究所におもむき、お互いの意見を交換しあうもの。大学病院は、診療・研究・教育の最前線。医者や職員と日頃から接している営業は、新鮮で価値ある情報を数多く有している。これを交流研修で研究所のメンバーらと共有することで、創薬につながる大きなアイデア、ヒントを得ている。また逆に研究所の情報を営業が共有することによって、同社の製薬開発など最新の情報も、顧客に迅速・効果的に還元している。
 「hhc Initiative」というイベントでは、国内はもちろん、アジア、米国、ヨーロッパなど、海外の拠点からも、優秀なhhc活動を集めた成功事例の発表と社長表彰を実施。また同時に、EI論文やエーザイ科学賞、QP(Quality Performance)賞なども社長表彰を行っている。
 こうした拠点・部門を超えた交流や意見交換は、知の共有に役立つと同時に、各自のモチベーションを高める役割も果たしている。つまり、自分の部門、拠点以外の知識を得ることは、業務に対する客観性をも養う。その結果、一人ひとりが常に「hhc」を意識しつつ業務に就くことで、理念の形骸化を防いでいるわけだ。

【図表2】hhc理念実現のための人材開発の方向

「Global hhc Web」で全社員が情報を共有

 同社のナレッジマネジメントは、情報技術面も大きく活用している。イントラネットを使った「知の広場」である。これは、商品情報センターで収集・データベース化した顧客の意見をはじめ、営業の成功事例、製品データ、研修のダイジェスト、EI論文の紹介、社内の各組織の活動、社長の考えまで、「hhc活動」に関わるすべての情報を網羅。全社員がこれを自由に閲覧でき、社長の意思をはじめ、各組織の動向、製品知識などを即座に得られる環境を実現しているのだ。
 これは顧客ニーズのスピーディーな製品への反映などに貢献するのはもちろんだが、何より営業活動において大きな力を発揮している。
 同社の営業は各自が自分のスケジュールで業務を行うスタイル。よって営業同士で集まり、意見交換を行うことが、物理的に難しくなっている。しかし、各自がモバイル・コンピュータで、「Global hhc Web」にアクセスすれば、いつでもどこでも社の情報を活用することができるのだ。たとえば、営業先の大学病院のドクターと話している最中、製品の詳細を質問されても、その場で「Global hhc Web」にアクセスすれば、すぐに情報を検索、セールストークに活かすことができる。また重要顧客に対するアプローチの結果も、「Global hhc Web」を通して営業本部長に報告したり、逆に本部長のコメントを受けることも可能。同時にそうしたやりとりはすべて蓄積・データベース化されていく。営業ノウハウを知りたい場合も、全国の営業の成功事例から自分の状況に適したものを参照できる。さらには、こうした営業と本部長とのやりとりは、社長を含めた全社員が閲覧可能。他の部門の社員が、「Global hhc Web」のページから思わぬヒントを得たり、部門間交流の際に意見を出し合ったりと、正に物理的障害を超えた知の共有を実現しているのだ。
 前述した研修やイベントに対し、こちらは日常的なナレッジマネジメントのツールとして、ビジネスに大きく貢献。収益面にも順調に反映されているという。

イントラネットを使ったエーザイの“知の広場”「Global hhc Web」

イントラネットを使ったエーザイの“知の広場”「Global hhc Web」

社員全員がナレッジワーカー

 「知創部」はまた、ナレッジマネジメントの浸透度の測定も行っている。これは各組織ごとに、「リーダーシップ」、「仕事のスキル」、「組織の制度と文化」など、約50の項目にわたって約200の質問をするもの。より効率的に知をビジネスに活かせるよう、各組織の一人ひとりが、どれほど知を創出しているか、活用しているかを定期的にきめ細かくチェックしているのだ。
 「組織で知を共有するためには、まず個人が暗黙知を創出しなければなりません。ナレッジマネジメントでは、個人の自律性が大切なんです。そこで知創部では、hhc実現を目指し、社内情報を共有するための環境を整えました。その上で、研修も強制ではなく、有料の自主選択制として、自主性を重んじる形にしたんです。またEI論文などの社長表彰は、知識の共有化だけではなく、創出した知が認知されるという、仕事の喜びも狙いとしています。やはりイノベーションを起こすためには、一人ひとりが進んで知を出し合わなければならない。『全社員がナレッジワーカーであれ』というのが社長の考えです」(エーザイ(株)知創部長 森田宏氏)
 「hhc」という理念に基づき、医療業界の中でもいち早く「患者様志向」を実践してきたエーザイ。「知創部」は、知識共有の仕組みを充実させ、個人・組織の知の創出、活用のスパイラルを、より効果的にビジネスに活かすことで、今後もグループ全体のhhc活動を推進していく考えだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2000年12月号の記事