顧客のニーズにこたえてネット直販を開始
日本ヒューレット・パッカード(HP)(株)は、コンピュータ・システムやその周辺機器などの開発、製造、輸出入、販売、リース、レンタル、 サポートを行うヒューレット・パッカード社(本社・米国)の100%出資による子会社。1963年9月、横河・ヒューレット・パッカード(株)(横河電機51%、HP社49%)として設立後、他企業との合併や営業譲り受け、分割を経て1999年11月、「コンピュータ&イメージング会社」として新設された。自社が開発・製造したプリンタ、スキャナ、サーバ、パソコン(PC)、ワークステーション、ソフトウェアなどを、自社の営業部門や、キヤノン販売、ソフトバンク、日商エレクトロニクス、DIS、大塚商会など数十社の代理店を通して販売。個人事業者や中小・零細企業から大企業まで幅広い顧客層をもつ。
同社の1999年の市場シェアは、法人向けPCでは4〜5%で7位、PCサーバでは7%で6位という実績だ。
近年、パソコンなどコンピュータ製品の性能差は縮小し、各メーカーは熾烈な低価格競争で市場の争奪戦を繰り広げている。そうした中、パソコンの顧客は購入の際、実勢価格をネットや専門誌で比較する傾向を強める一方、実勢価格は広告に掲載されている標準小売価格の2〜3割安とかけ離れているため、価格面での広告の訴求力は弱化しているのが実情だ。
そこで同社では、パソコンの標準小売価格を実勢価格に近いレベルにまで下げ、それをネット上で提示することで、顧客の新しいニーズにこたえるため、2月からパソコンのネット直販をはじめる。既存販路ではつかみきれなかった中小企業やSOHOのユーザーをターゲットに絞り、従来の3〜4割安の標準小売価格で販売する。
サイトで得た顧客情報を営業に連結
ただ、ネット直販で従来の代理店販売のパイを切り崩すのではなく、そこでの需要創出に向けた販売支援を行うことも忘れてはいない。
同社が直接販売契約を結ぶ1次販売代理店は数十社。同社では1998年以来、たとえばSI(システム・インテグレーター)にはBTO(受注生産)による納品でバックアップするといった具合に、各パートナー企業の要望や特徴に合った「プッシュ型」の支援策を打ち出してきた。
一方、顧客の引き合いを創出する「プル型」のプログラムも不可欠と判断。広告とネット直販を密接に関連付けることで、エンド・ユーザーとのコミュニケーションの強化を図る。
たとえば、企業のIT製品の購買担当者を対象にリクルート社が運営する会員制パーソナル・ウェブ・メディア「キーマンズネット」を利用し、自社サイトと連動した効果的な販売支援策を実施。キーマンズネットのアクセス・ログから得た顧客の購買意欲に関する情報を基に、EメールによるDMの対象者を選ぶとともに、顧客企業が自社に合った製品導入事例を業種・企業規模別に検索できるようにした。
再受注が見込めるワークステーションなどの主力商品では、顧客のロイヤルティの強化が重要になってくる。そこで同社は1998年4月から自社サイトで、One-to-Oneマーケティングによる法人向けの会員制サービス「HP PLAZA」を実施。購買担当者の使用製品や担当職務、関心事を登録することで、顧客の属性やニーズに応じた製品情報を提供している。
また、コンピュータ関連製品の価格や性能の比較は顧客には骨が折れるものだが、その負荷を軽減するため、同社では「ビジネスPC見積り算出」メニューを自社サイトに設置した。CPUやメモリ、HDDなどのオプションを選ぶことで、ネット・サーバや法人向けパソコン「Vectra」の標準小売価格の見積りができる。コンピュータ関連製品を組み合わせて購入する場合、システム構成が多様なため、実勢価格がわかりにくいが、この点については、売れ筋の一般的なシステム構成である「HPセレクトシリーズ」の特別小売価格を提示することで対応した。
「HPホットライン」メニューでは、同社のコンピュータ関連製品についての質問を受け付けている。質問者のチェック項目として「販売店を紹介してほしい」「商品に関する詳細な説明が欲しい」「詳細な見積もりが欲しい」という質問内容、対象商品、質問者の職業、業種、職種、役職、製品の購入・導入への関与度、購入・導入の予定の有無と時期—を用意。購買に積極的な意欲を示す顧客に対しては、同社の営業担当者が直接電話をかけてフォローしている。
サイトの更新については、製品情報は月に1度、そのほかのコーナーは毎日更新している。中でもサポート・サービスのメニューは顧客の反応に応じて頻繁に行っている。
サイトの活用と価格戦略によって、同社のPCサーバの出荷台数は倍増。その後も、さまざまな企画でサイトを充実させ、サイトへの月間アクセス数は数倍に急増している。サイト訪問者が24時間いつでも簡単に製品や構成マニュアルをダウンロードできるサービスも好評だ。
日本HPのホームページより(URL:http://www.jpn.hp.com/)
コミュニケーション手段としてのネット
また、Eメールで定期的に製品や価格の情報を送る「HPファンクラブ」登録コーナーを設置することで、潜在購買層の掘り起こしと維持を図っている。入会登録は自社サイトで可能だ。
同社は顧客をエンタープライズ(従業員1000人以上の大企業)、SMB、SOHOや個人の3グループに分類し、それぞれのグループや商品ジャンルに応じたチャネル政策を採用している。エンタープライズに対してはUNIXサーバなどを直販する一方、パソコンのユーザー・サービスは代理店経由で実施している。
ただ、代理店を介さない直販方式にはいくつかの問題点が指摘されている。直販の営業部隊を自社で編成するにはコストも時間もかかるため、販売代理店にマージンを払って委託したほうが安上がりとの声がある。デル・コンピュータの直販ビジネスでの納期短縮と流通コスト削減も、米航空貨物大手のフェデラル・エクスプレス(フェデックス)との密接な業務提携なしにはありえないと言われる。また、ネット・ビジネスの本格的展開には、年間10億円のシステム投資とその数倍のマーケティング投資が不可欠とも指摘されるほどだ。
これまでサプライ・チェーンでのコスト削減を追求してきた同社だが、今回のPC直販参入の目的はそこにはない。同業他社の多くがネット事業を次世代ビジネスへの先行投資ととらえる中、同社はあくまで戦略的な「広告投資」という位置づけの下、ネット事業戦略を開始した。
群雄割拠の様相を呈するコンピュータ業界において、同社は①付加価値の高い販路を基盤に、ネットをコミュニケーションやマーケティングのツールとして活用、②商材の魅力を強調—によって、ネット事業での橋頭堡を築く戦略を採る。
ネット直販による中間流通チャネルの「中抜き」の問題は同社にも重くのしかかる。地道な対面的コミュニケーションによる営業活動が、顧客の信頼感の醸成などに果たしてきた役割は大きい。インターネットというメディアにその代替項が見いだせない中、選択肢は限られてくる。デル型の直販路線の純化に向かうのか、それとも既存チャネルとの共存を図るのか。同社のネット事業戦略の今後の展開が注目される。