発信情報の“質”にこだわり

エーザイ(株) 

製薬メーカーとしては最も古くから取り組みを開始

 エーザイ(株)では、1990年4月に専任スタッフ2名による商品問い合わせセンターを開設、1992年には商品情報センターという独立した部署を置き、この中に専用窓口を設置してお客様相談業務を開始した。同年10月からはフリーダイヤルを導入。導入と同時に一般用医薬品の添付文書・パッケージにフリーダイヤル番号を記載し、一般生活者に告知をはじめた。
 本来、薬は薬局の薬剤師、あるいは病院の医師や薬剤師を通じて生活者の手にわたるものであり、その折に薬の用法・用量や効能・効果、副作用に関する詳細な情報が、医師や薬剤師から生活者に伝達されるという前提にある。そのため、製薬業界においては、商品に関する情報をメーカーが直接生活者に提供するお客様相談窓口の整備が、他業界と比較して遅れがちだった。しかし同社では、必ずしも一般生活者が購入時に情報を十分には得ていないこと、また多くの生活者が情報の再確認を望んでいること、そして生活者の声の中にこそ製品の品質に生かすべき情報が溢れているとの観点から、早くからお客様相談窓口の充実に積極的に取り組んできた。「一般生活者からの情報を、製品の品質、添付文書やプロモーションに生かすことが、結果として生活者に報いることになる」という、ヒューマンヘルスケアの企業理念の下で対応に当たっている。
 同社のお客様相談窓口の名称は「お客様ホットライン室」。電話は平日の午前9時から午後8時まで、土・日曜日と祝日は午前9時から午後5時まで、年中無休で受け付けている。薬の場合、命にかかわる事態の発生も想定されるため、時間外の緊急時には警備室から関連担当者に連絡が入る体制を整えている。問い合わせには、一般生活者からフリーダイヤル番号に入ってくる一般用医薬品に関するもののほかに、医師、薬剤師などから医療用医薬品の添付文書に印刷した専用ダイヤルにかかってくるものがあり、この2種類の問い合わせを合計30回線で受け付けている。

ビタミンB剤には女性からの問い合わせが多い

ビタミンB剤には女性からの問い合わせが多い

 年間の受付件数は4万3,000件。一般用医薬品と医療用医薬品とがほぼ半数ずつの割合といったところだ。ほとんどが問い合わせであり、製品などにかかわる苦情は少ない。これは製薬メーカーのお客様相談窓口の特徴だという。一般用医薬品に関しては薬の用法・用量、効能・効果、他剤との併用や長期服用の場合の副作用に関しての問い合わせのほか、販売店についての問い合わせが多い。製品別では「サクロン」など代表的な薬に関する問い合わせは意外に少なく、規制緩和にともない医療用医薬品から一般用医薬品に転用されたスイッチOTC薬についての問い合わせが増えつつある。受付件数は年間では15%ほどの伸びを見せているが、月々の件数は新製品、既存品にかかわらず、テレビや新聞・雑誌などでコマーシャルを流すとその薬に関しての問い合わせが増えるというのが現状だ。「お客様ホットライン室」の電話番号は、新聞・雑誌の広告や、取扱説明書、添付文書、商品パッケージ、ホームページで告知。利用者は、女性70%、男性30%の割合である。
 問い合わせ受付の手段は原則として電話のみだが、「お客様ホットライン室」ではEメールによる受け付けを行っていないにもかかわらず、最近、ホームページを経由して問い合わせが届くことが希にある。お客様ホットライン室 室長 湧口泰昌氏は「薬の場合、Eメールではお客様が抱えている問題の背景や悩みを十分把握しきれない部分も多く、文書で対処することが困難」と語り、インターネットの普及にともない、こうしたケースが増えることを危惧している。
 現在、「お客様ホットライン室」のスタッフ数は17名。一般用医薬品と医療用医薬品の問い合わせ対応をそれぞれ6名が担当し、5名が資料の整備などの情報管理を行っている。商品情報センター センター長 福島豊二氏は「お客様への“情報支援”という役割を十分に果たすために提供情報の質を高めることと、豊かな感性でお客様からの情報をキャッチすることの両方の側面が重要」と語る。電話応対スタッフは男性9名と女性3名で構成。「信頼はホットな心と高質な情報から──迅速・謙虚・誠実・正確・積極」を標語に掲げ、応対に当たっている。問い合わせの内容が専門的なだけに、スタッフは薬剤師の資格を持ったベテラン社員が中心であり、アウトソーシングは不可能だという。

エーザイ(株)の「お客様ホットライン室」。電話担当者それぞれのデスクにも薬の資料が数多くそろえられている

エーザイ(株)の「お客様ホットライン室」。電話担当者それぞれのデスクにも薬の資料が数多くそろえられている

お客様対応システム「COSMOS」で製品情報を一元管理

 電話応対には、設計と構築にほぼ1年をかけ、95年に稼働を開始した「COSMOS(Customer Oriented Service & Medical Opinion System)」という独自システムが活用されている。「COSMOS」には、同社の製品情報と顧客からの問い合わせ情報がデータベース化されている。150ブランドほどある同社のすべての製品情報が詳細かつさまざまな角度から蓄積されているので、電話応対者は、その場で情報を引き出して答えることができ、個人による対応のばらつきをなくしている。同時に顧客からの問い合わせ情報は、その場で「COSMOS」に画面入力される。こうして蓄積された情報は、プライベートな部分にはブラインド処理を、重要なものにはセキュリティ処理を施した上で、イントラネットに掲載。同社の社員なら誰でもアクセスして、情報の閲覧やデータの集計を行うことができる。現在、こうして蓄積された情報は20万件に達した。常に精度の高い情報をお客様に提供するためには、頻繁なメンテナンスが必要となるが、「COSMOS」はワープロ化された文章であればデータベースにそのまま取り込める仕組みで、社内や医療機関からの最新情報をすばやく蓄積できるよう工夫されている。
 このほか「お客様ホットライン室」に寄せられた情報で、新製品の開発や既存品の改善に生きてくると判断されたものについては、まず電話対応者が画面入力時にチェックしておき、毎週行われるお客様ホットライン室のスタッフ・ミーティングでデータを検討。さらにそれを全社的な会議にかけることにより、製品・サービスの改善に反映させるルートが整備されている。
 これまでにも「お客様ホットライン室」の情報に基づき、錠剤の大きさの改善やパッケージの改良などが行われてきた。1998年7月から導入した、視覚障害者向けのテープによる取扱説明書や、外国人向けの英語の服薬指導書なども、生活者や薬局の要望から生まれたものだ。
 これまで製薬メーカーは、製品に関する情報公開には閉鎖的であった。しかし、同社ではこれからは顧客の知る権利、あるいは安全を求める権利が強まり、開示要求が高まってくると考えており、その要望に応え、より質の高い情報を提供することで顧客を支援していく方針を打ち出している。
 一方、医薬分業が進むことによって、今後は調剤薬局の増加が見込まれており、従来から医療機関や調剤薬局を回って薬の情報の伝達を行っていたMR(医薬情報担当者)だけでは、十分な情報を提供できなくなる事態が予測されている。そこで「お客様ホットライン室」で医療機関情報を一元管理し、定型的な質問については「お客様ホットライン室」で対応するという方法で、自社のMRをサポートする機能も担っていきたいとしている。


月刊『アイ・エム・プレス』1999年2月号の記事