真意を読み取る“アクティブ・リスニング”を実践

日本コカ・コーラ(株) 

米国本社が1973年に専門部署を設立

 コカ・コーラは1886年にアメリカ、ジョージア州アトランタで誕生した。以来、全世界にファンを拡げ、現在では約200カ国で、1本190ml換算で1日におよそ12億4,200万本が消費される超大型ブランドに成長している。日本コカ・コーラ(株)は1957年の設立。コカ・コーラやファンタをはじめとする約100種の製品を、全国17地域のボトラーから100万軒以上の小売店を通じて販売している。

シンボルカラーの赤と“さわやか”なイメージを一貫してアピールしているコカ・コーラ シンボルカラーの赤と“さわやか”なイメージを一貫してアピールしているコカ・コーラ

シンボルカラーの赤と“さわやか”なイメージを一貫してアピールしているコカ・コーラ

 日本コカ・コーラ(株)の親会社であるザ・コカ・コーラ・カンパニーの生活者対応の歴史は1970年代に遡る。生活者対応の専門部署である「CIC(Consumer Information Center)」が設置されたのは73年のことだが、当時、全米でも同様のセクションを設けている企業は10社に満たなかったという。現在このCICでは、約100名の体制で各種問い合わせ対応に当たっている。
 また同社は1980年に、TARP社(Technical Assistance Research Program Inc.)に依頼して口コミに関する調査を実施した。その結果、企業に対して苦情を訴えるのは不満を抱えている生活者50人中1人にすぎないこと、対応に満足した生活者はそれを4?5人の知人に伝え、逆に不満を感じた場合は9?10人に話すことなどが明らかになった。マイナスの波及効果を最小限にとどめるためにも、不満の声をいちはやく、かつ真摯に受け止め、的確に対応する必要があるのだ。  さらに1980年代に米国でコカ・コーラの味を変えた際、1日当たり約1万8,000人の顧客から不満を訴える電話が殺到し、結局もとの味を残すという経験をした同社は、生活者の声に耳を傾けることの重要性を実感。全世界でCICの設置を決めた。
 これを受けて日本コカ・コーラ(株)では、1990年より生活者対応のためのシステム作りに着手。91年に消費者情報室を設置して、「0120-308509(サワヤカコーク)」のフリーダイヤルによる問い合わせ対応業務を開始した。フリーダイヤルを導入したのは同社を「より“近く”感じてもらうため」(消費者情報室長 中村鐵也氏)。電話番号は、全商品のパッケージと広告に記載して告知している。
 消費者情報室設置の目的は大きく4つ。ひとつは個々の生活者の要望に対応すること、2番目は寄せられる声の中から真のニーズ、傾向を見つけ出し、製品やサービスに反映させること、3番目は生活者の不満が社会問題化する前に根本的な解決方法を見つけて対処すること、そして4番目は製品や同社に対する不信感や誤った理解を払拭するための消費者教育である。
 日本独自の製品やカルチャーに対応するためには、米国本社の持つノウハウを下敷きにしながらも、日本ならではのシステムやスキルを確立する必要があった。同社では全取扱商品の中身、パッケージ、テレビ・コマーシャルの情報を蓄積した商品データベースを構築。顧客対応ソフトはNECビジネスシステムの「View工房」に大幅なカスタマイズをほどこして使用している。顧客対応に使用するシステムは、単にマーケティング・データを隈無く蓄積できるだけでは不十分。カスタマイズに当たっては、互いに意志を確認し合うなど、顧客対応をスムーズに行うための要素を盛り込むことを第一義とした。応対マニュアルは日本文化に沿うよう、かなりの部分を書き替えたという。

“IANA(アイアナ)”のステップで問題を解決

 問題解決は次の4つのステップを踏んで行われる。まず①正確かつ具体的な情報を収集し(Identify)、②相手が何を望んでいるかを明確にした(Assess)上で、③具体的な解決方法を提示して了解を得(Negociation)、④実際に解決のための行動がとられる(Action)。この一連の活動は、全国17社のボトラー、さらにその傘下にある約500カ所の営業所との協同で進められる。
 たとえば「購入した商品の賞味期限がすぎていた」「缶にキズが付いていた」という申し出があれば、消費者情報室のテレマーケターはどこで、いつ、何を買ったのかを確認し、相手の要望、すなわち商品の交換を望んでいるといった情報を把握する。そしてその内容を、地域の担当ボトラーの広報担当者に宛ててEメール(一部FAXを使用)で送信。ボトラー、あるいは営業所の担当者は連絡を受け次第、お客様に折り返し電話をかけ、商品の交換にうかがう了解を得て、訪問する。その結果は再びEメールで電話応対したテレマーケターに返され、内容を確認して登録操作を行うと、ホスト・コンピュータの情報が更新される仕組みだ。ちなみに相手が訪問を望まないといったケースを除いては、商品交換は原則としてすべて訪問によって行われている。
 消費者情報室では、勘違いなど情報の真偽にかかわらず、相手が不満を表明している場合にはこれを「苦情」ととらえ、まず話を“聴く”ことに主眼を置く。現在、消費者の声は電話、手紙を通じて月間5,000件以上が収集されているが、そのほとんどが電話によるもの。そのうち「苦情」は30%弱だという。受付件数は売上高にほぼ比例するため、ここ数年は微減傾向にあるが、最近は消費者の権利意識の高まりを反映して、対応に苦慮するいわゆる“難クレーム”が増えており、1件当たりの対応時間は長くなっているという。
 残りの約70%を占める「問い合わせ」は、商品の成分やカロリーを問うものや、「賞味期限をすぎていることに気づかずに飲んでしまったが、大丈夫か?」など賞味期限に関する事柄、また、近年の悪質な事件への不安から「毒物混入の心配はないのか?」といった内容のものなど実にさまざま。同社では製品や健康に関する種々のパンフレットを作成しており、問い合わせにその場で口頭で対応するとともに、内容に応じてこれらの資料を送付している。また、クローズド懸賞などのキャンペーン期間中には、別にキャンペーン・デスクを設けて対応しているものの、ここで受け付けきれなかった電話や遠方のお客様からの応募に関する問い合わせが、消費者情報室のフリーダイヤルに多数寄せられる。

消費者教育のために種々のパンフレットを作成。その誌面にも消費者情報室のフリーダイヤル番号が大きく掲載されている 消費者教育のために種々のパンフレットを作成。その誌面にも消費者情報室のフリーダイヤル番号が大きく掲載されている 消費者教育のために種々のパンフレットを作成。その誌面にも消費者情報室のフリーダイヤル番号が大きく掲載されている

消費者教育のために種々のパンフレットを作成。その誌面にも消費者情報室のフリーダイヤル番号が大きく掲載されている

互いを尊重し、高め合う環境作り

 消費者情報室のコールセンターは東京都渋谷区にある。電話受付時間は平日の午前9時30分から午後5時まで。これ以外の時間帯はボトラーや営業所も営業していないため、仮に電話を受け付けても迅速な対応をとることができない。それによってかえって問題を複雑化させる恐れがあるので、受付時間帯を案内するメッセージを流すだけにとどめている。緊急を要するものについては、代表電話番号で受け付け、社内の連絡名簿にしたがって用件を伝達するという方法が採られている。
 現在、消費者情報室のテレマーケターは、社員と派遣スタッフを合わせて20名。社内資料のほとんどが英語であるため、また、日本人、外国人が同じ内容を共有するので受付内容を日本語と英語の両方で入力する必要があるために、全員がバイリンガルだ。ほとんどが女性で、20?30代が中心である。

 テレマーケターはインタラクション、すなわちお客様との心の通う交流と、トランザクション、すなわち問題解決のための正確な情報交換の2つのバランスをとりながら業務を遂行する。“アクティブ・リスニング”(積極的傾聴)によって、顧客満足が得られ、企業活動に役立つヒントが見えてくる。個々のお客様の満足を得るためにテレマーケターにはさまざまな資質が要求されるが、採用に当たって同社では、語学やタイプ入力の能力に加えて、豊かな感性や健全な判断力、向上心、そして自尊心を重視している。「素直な心で相手の話を“聴く”ことができるのは、本当の意味で自信のある人。自分を尊敬できてはじめて、他人を尊重したり、人にやさしくなれる」と中村氏は言う。
 同社には現在、スーパーバイザー業務を担えるテレマーケターが数名存在するが、近い将来にはすべてのテレマーケターを、スーパービジョンができる能力を持ったスタッフに育てたいとしている。互いにスキルを高め合うために、パソコン上に告知板を設けて業務に役立つ情報を提供し合っているほか、週1回の情報交換会を実施。この会は不愉快な体験をはき出すストレス解消の場ともなっている。
 研修や泊まりがけのワークショップのテーマは、ストレス・マネジメントや自己啓発などが中心。商品や業務の知識はデータベースでサポートすればいいというのが同社の考えだ。

全社でマーケット情報を共有

 消費者情報室に寄せられた情報は、社内、あるいはボトラーの端末から検索・閲覧できる。ただし、閲覧するためにはまず、個人情報の取り扱いについてのガイドラインに同意し、誓約書に署名することが必要だ。
 特に頻繁に情報にアクセスしているのは、実際に顧客対応に当たるボトラーと、商品開発部門。テスト・マーケティングの結果や、新製品に対する反応をいち早く知るためにこの情報が活用されているのだ。また受付内容は月次ごとにレポートにまとめられ、関連各部門、経営トップ、米国本社に届けられる。早期対応が必要な事柄は、随時、関連部署にフィードバックされる。
 同社は今後に向けて、CTIの導入を検討中。直接に顧客と対面することのないメーカーと言えども、より深いコミュニケーションのためには顧客情報の収集・活用が不可欠だ。この実現をサポートする技術として、コーラーIDの導入なども視野に入れている。開設当初からいたずら電話の比率が減らないことが、同社の悩みのひとつ。この対策としてもコーラーIDが活用できるのではないかと中村氏は見る。また、消費者情報室であふれたコールを自動的にボトラーに転送したり、電話の混雑緩和のために、たとえばキャンペーンへの応募についての問い合わせ対応をIVRで機械化することも考えている。
 英語の“コミュニケーション”の語源はラテン語の“コミュニオン”(皆でひとつのパンをいただいて一体になる儀式)からきており、人間と人間の強い心の結び付きを意味するという。本物のコミュニケーションによってお客様との関係を紡いでいくために、消費者情報室は日々、さらなる進化の方向性を探っている。

ホームページ上でもフリーダイヤル番号を告知

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月刊『アイ・エム・プレス』1999年2月号の記事