商品別専門相談体制を整備
松下電器産業(株)が東京支店内にインフォメーションセンターを設置し、生活者からの相談受付業務を開始したのは、1968年に消費者保護基本法が施行される以前の、1966年のことだ。その後、1971年には、全国24カ所の支店、営業所にお客様ご相談センターを設置。同時に商品分野別の事業部にもお客様相談室を設けて、連携体制を敷きながら各種問い合わせへの対応を行ってきた。当時のお客様ご相談センターは営業部門の統括下にあり、販売のサポートという意味合いが強かったが、1991年にはこれを旧サービス本部の名称を改めたCS本部内の組織として一元化した。
さらに1996年5月、同社はコールセンターを東日本(東京)と西日本(大阪)の2カ所に集約すると同時に、相談受付体制の大幅な見直しを実施した。センターの席数を倍以上に拡大し、それまで一般加入回線で受け付けていたものを60回線のフリーダイヤルに切り替え。受付時間帯も年中無休で午前9時から午後8時までとした。より積極的にお客様の声に耳を傾け、商品・サービスの改善を推進し、同社のファンを育てること、換言すれば“お客様第一の実践”がその目的である。
体制の見直しにともなって、受付方法にも変更が加えられた。以前はすべての相談員があらゆる問い合わせに対応していたが、商品群別にグループを分け、それぞれの専任相談員が対応する方法を採用したのだ。グループはビデオ、オーディオなどを担当する「AVグループ」、冷蔵庫、洗濯機などを含む「電化最寄りグループ」、パソコン、FAXなどの「情報家電グループ」、エアコンなどの「季節・設備グループ」の4つ。そのほかに全国の消費生活センターなどからの相談を受ける「地区担当者グループ」がある。「0120-878-365(パナは365日)」の番号にかかってきた電話はまず一次受付の相談員が受け、商品名や大まかな内容を聞いて専任の相談員に転送する。
オペレーションの効率だけを考えれば、グループを細かく区切るのは得策ではない。それにもかかわらず商品別の専門相談体制を敷いたのは、サービス・レベルの向上のため。専門的な質問にもその場で的確に対応し、さらにプラス・アルファの助言を添えることによって、お客様の期待に応え、顧客満足を高めたいと考えたからだ。実際にこれによって即答率の向上が実現し、現在では93%に上っているという。即答できない問い合わせには、各事業部のお客様相談室と連携をとり、折り返し電話をかけることで対応している。
年間120万件の相談に対応
十数年前まで、顧客対応、生活者対応を中心的に担っていたのは、日本全国の系列販売店であった。しかし近年、特に都心部では、大手量販店やディスカウント・ストアの台頭により、販売店と顧客との関係は希薄になりつつある。これにともなってメーカーが直接、製品やサービスに関する情報提供を行う必要性が増しており、実際、お客様ご相談センターの受付相談件数は大変な勢いで増加している。1995年度までは年間約35万件で推移していたものが、96年度には約65万件、97年度には約98万件となり、98年度は120万件に達する見込みだ。情報家電をはじめ、これまでの経験だけでは使いこなせない新しいタイプの商品の出現や、たくさんの情報を集めて、より良い商品・サービスをより安く利用したいという“賢い”生活者の増加が、相談件数の拡大に拍車をかけている。曜日別では月曜日が最も多く約5,000件、その他の平日が約4,500件、土曜日が約2,000件、日曜日や祝日は約1,000件。複雑な製品が増えていることなどにより、平均通話時間は長くなる傾向にあり、約6分といったところだ。
この対応に当たるのは、東日本、西日本を合わせて200名の相談員。一次受付が30名、二次受付の専門相談員が160名、残りの10名は管理職および事務職のスタッフである。最大で60の回線をコールの繁閑に合わせて増減し、相談員は4パターンのローテーションで業務を行う。
160名の専門相談員のうち約半数は事業部からの派遣。残りの約半数はCS本部のスタッフであり、それ以外は系列派遣会社からの派遣スタッフだ。商品知識は豊富だが電話応対の経験がない事業部のスタッフ、逆にサービスのマインドはあるが若干商品知識に乏しいCS本部のスタッフ、また、派遣スタッフの中でも早期戦力としたい人材と新入スタッフでは、それぞれに必要な教育内容が異なる。そこで同社では何種類もの教育カリキュラムを用意し、実施している。
お客様ご相談センターのモットーは“迅速”“的確”“親切”。教育に際して特に重視しているのは、このうちの“親切”、つまりマインドの部分である。経験の少ない新人でも、相手を理解したい、満足していただきたいというマインドさえあれば、トラブルは起きないものだという。むしろトラブルを引き起こしやすいのは、商品知識が先行しがちなベテラン社員。事業部に派遣を依頼する際には、「話し下手でもいいが、人の話をよく聞ける人を選抜してください、とお願いしている」(東日本お客様ご相談センター 所長 島田清明氏)という。
業務に当たっては、「ナショナル」に期待されている“安心感”“信頼感”を裏切らない応対を心がける。「こんなことを聞いてもいいのかしら?」と緊張した思いで電話をかけてくるお客様も多いものだが、相談員はどんな内容の問い合わせも注意深くていねいに聞く。また、相談員には「スピードよりも正確さを優先するように指導している」(島田氏)という。
ホームページでもお客様ご相談センターのフリーダイヤル番号を告知
“マイナスの相談”を減らす努力
相談内容を商品別に見ると、「AV」が最も多く約28%、「情報家電」が約27%、「電化最寄り」が約25%、「季節・設備」が約20%の割合。その内容は、「使い方相談」の約40%、「修理相談」の約30%、購入前の「買い物相談」の約25%の順に多い。クレームは約1%だ。
同社では販売に結び付く「買い物相談」を“プラスの相談”、「使い方相談」と「修理相談」をお客様に不便をかけている“マイナスの相談”ととらえ、特に増加傾向にある「使い方相談」の件数半減に、全社をあげて取り組んでいる最中だ。たとえば取扱説明書の改善。「使い方相談」をしてくるお客様の約60%は、「取扱説明書を読んだがわからなかった」人々。お客様ご相談センターでは、取扱説明書について、また、情報を生かすための良い提案の方法についての研修会なども開催し、事業部に対して積極的に改善の提案を行っている。「取扱説明書に不備がないにもかかわらず相談が減らないということになれば、問題は商品にあることが明らかになる。そういう意味で、取扱説明書の改善は商品改善への原動力ともなる」(島田氏)ことから、まずはこの改善を推進し、次に商品の完成度を高める取り組みへとつなげていきたい考えだ。
相談に対応するための商品情報、および受け付けられた相談情報はすべて、お客様ご相談センターの「データベースサーバー」に蓄積されている。1日に蓄積された相談内容は、夜間、西日本センターに設置された「お客様情報検索サーバー」に自動転送。翌日には開発、営業などの各部門、アフターサービスを担当するサービスセンターの端末から自由に検索・閲覧できる。情報はあらかじめ登録された検索キーワードのほか、フリーワードでも検索でき、ダウンロードした情報をエクセルで加工・分析することも可能。お客様ご相談センターの相談員は、情報がより有効に活用されるよう、お客様の言葉の裏にある背景までを正確に聞き取り、ニュアンスまで伝わるような入力のしかたを心がけている。
また相談情報は、マネジメント層のための「本部月報」、商品分野別に作成される「事業部月報」、系列の販売会社やサービスセンターのための「CS通信」の3種類の月報にまとめられて各部署に配布される。この作成に当たり、お客様ご相談センターのスタッフは、お客様の立場に立った課題提言を盛り込むことに心を砕いている。
商品に人々の“知恵”を結集
お客様ご相談センターのフリーダイヤル番号は、取扱説明書、製品カタログ、新聞や雑誌に掲載する商品広告、電話帳、ホームページで告知。96年から毎年、大晦日には朝日新聞にお客様ご相談センター単独の全面広告を出稿している。
98年12月31日に朝日新聞に掲載された全面広告。明石海峡大橋をモチーフに、お客様ご相談センターが「お客様と松下電器を結ぶかけ橋」であることを表現。併せて、年末年始も休まず営業していることをアピールしている
電話以外のメディアとして、利用が増えているのはEメール。Eメール・アドレスは商品分野ごとに設け、各事業部が直接、対応するのが原則だが、アドレスを持っていない事業部については西日本のお客様ご相談センターが一括して受け付け、事業部と連携をとって対応している。
FAXは基本的に使用していないが、例外として、バリアフリー商品のカタログにはFAX番号を併記している。このカタログは、年1回開催している「福祉機器展」の会場などで配布される。
お客様ご相談センターに寄せられた声がヒントとなって商品が改善された例は、枚挙にいとまがない。たとえば、テレビのチャンネル設定方法を表すテレビ画面が30秒間しか表示されないので、操作が間に合わないという声が、主に年配の顧客から多数寄せられたことから、新機種では1分間の表示とした。また、「炊飯器を保温にしたまま出かけてしまったが、大丈夫だろうか」という問い合わせが多かったのに応え、96時間を経過すると自動的にスイッチが切れるようにした。FAXのハンディスキャナーの読み取り方向を示す矢印の位置を、手に持った時に隠れない位置に変えたり、「天然酵母のパンを焼きたい」という声に応えてイースト菌だけでなく天然酵母も利用できるホームベーカリーを開発した例もある。「人間の知恵には限りがない。開発部隊を悩ませ、苦しめる要望をたくさん頂戴することが、結果としてより良い商品作りに結び付く」と島田氏は語る。
現在、相談情報は顧客ごとにはファイルされていないが、同社では将来的には、保証書や販売店を通じて蓄積されている顧客情報などを活用して、よりパーソナルな対応を実現したいと考えている。「ナンバー・ディスプレイの利用が当たり前の社会になれば、提供できるサービスの可能性は大きく広がるはずだ」(島田氏)。
お客様ご相談センターでは昨年、外部モニター500名を活用して、生活者対応のCS調査を実施した。その結果、56%が「満足した」と回答、「不満足」は12%であった。生活者対応のあり方を最終的に評価するのは生活者自身であるとの考えから、同社では継続して同様の調査を行っていく意向である。
このCS調査は、社内におけるお客様ご相談センターの正当な評価を確立するという点からも意味がある。長引く不況の下、どの企業においてもコスト削減が重要な課題となっているが、コストの最適化を実現するためにも、生活者対応部門は今後ますます人材を増やし、規模拡充が図られるべきセクション。その必要性を客観的なデータで示していく必要があると島田氏は考えているのだ。
企業やブランドへの信頼が厚いほど、生活者対応への期待も大きい。刻々と変化するマーケットの期待に応え続けるために、今日も同社のお客様ご相談センターは、マーケットの声に耳を傾けている。