「製品に国境はない」〜世界レベルでの生活者情報を共有化

プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク

 家庭用洗剤や衛生用品でお馴染みの P&Gが日本市場に参入したのは 1973 年。その翌年、 1974年には広報部内に消費者サービス部お客様相談室を設置。 1985 年6 月には、より多くの生活者に同社について知ってもらうことを目的に、フリーダイヤルの導入に踏み切った。フリーダイヤルの導入に当たっては、電話件数増加に伴うコスト負担を心配する声もあったが、生活者の生の声を収集・分析し、マーケティング情報として活用するメリットの方が大きいという結論に到ったのである。当時すでに、アメリカの本社では 800番ラインを利用して効果を上げていたという背景もあった。
 同社ではまず、一般生活者の相談・クレーム対応と、得意先対応用に 2 つのフリーダイヤル番号を設けた。現在ではこれらを合わせて計8 回線、ワークステ ーション 20台、女性オペレーター(テレコミュニケーター) 15 名の体制で対応している。このほか同社では、商品別の専用フリーダイヤル番号も設けている。例えば紙オムツの「パンパース」のパッケージには、製品についてのお問い合わせダイヤルと、保健婦の有資格者が育児についてのアドバイスをする育児相談の専用ダイヤルが明記されている。介護相談のダイヤルもある。つまり、洗剤、紙オムツ、医薬品というように、カテゴリー別にその分野のスペシャリストが対応しているのである。フリーダイヤル番号は、同社のすべての商品に明示されている。電話以外に、手紙による相談も多い。
 フリーダイヤル導入以前は、相談者の居住地域は、首都圏と大阪圏で90% を占めていたが、導入後は日本全国津々浦々から電話がかかってくるようになった。より多くのマーケティング情報収集が可能になったことがフリーダイヤル導入の最大のメリットであった。
 受付時間は月~金曜日の午前9 時から午後5 時まで。ただし、キャンベーン期間中は、それ以外の時間帯も当該商品の案内メッセージを流している。また、洗剤などの誤飲・誤食など緊急を要する問い合わせについては、夜間、休日もテープ案内で、緊急連絡先として(財)日本中毒情報センターを紹介している。(財)日本中毒情報センターには、製品成分の情報を提供し、緊急時の対処ができるよう連携している。
 同社のオペレーターは多種多様な相談内容をまず正確に把握し、これを要約する作業を行う。この作業は電話で会話しながら行うが、複雑な相談はリアルタイムで要約し切れない場合がある。そこで、リアルタイム処理が可能な相談は電話を受けながらその場でコンピュータにデータをインプットし、そうでない相談については、一定の形式のカルテに一旦記入するという方法がとられている。収集された情報は、ブランドごとに整理分類される。商品に付いているバーコード番号を電話で知らせてもらうことによって、どこのブラントでいつ生産された商品かを特定できるため、迅速な対応が可能になっている。
 コンピュータシステムにより収集・集計・分析された情報のフィードバックは、大別すると 2 つのラインによって行われる。緊急の対処を要する可能性が高い人体・環境等の安全性に関わる事柄は、「スペシャル・ハンドリング」扱いとして関係部署と連動してスピーディーな対応を図る。そのほかのレギュラーな相談は月ごとにレポートを作成、各部署に配布する。

生活者からの相談内容をヒントに、洗濯洗剤「ボーナス」のキャップの材質を、分量を測りやすいように透明感のあるものに変えた

生活者からの相談内容をヒントに、洗濯洗剤「ボーナス」のキャップの材質を、分量を測りやすいように透明感のあるものに変えた

 現在、同社のお客様相談窓口では、毎日 250 ~300件の相談に対応しており、その内容は多岐にわたっている。販売商品の特性上、購入後の相談が90%程度、残りの 10%ほどが商品購入前の相談で、最も多いのは若い母親からの赤ちゃんに関する相談であるという。相談者は女性が圧倒的に多いが、年齢はさまざま。当然のことながら、それぞれの商品ターゲット層とほぼ一致している。例えば、ニキビ予防の「クレアラシル」に関する相談なら、圧倒的に 10代の女性からの問い合わせが多いといった具合だ。また、商品を使っている本人ではなく、高齢者を抱えている家族が介護について尋ねてくるケースや、子どもが間違った薬の服用方法をしていないかどうかを心配して親が問い合わせてくるケースも多い。
 相談内容は、商品開発や商品改善のヒントとして活用されている。薬用液体石鹸「ミューズ」のボトル・デザインをより安定性のあるものに変更したり、洗濯洗剤「ボーナス」のキャップの材質を透明感のあるものに変え、一目で分量がわかるようにした例が代表的だ。
 また同社では、環境保護への要望に応えて「ボーナス」の詰め替え用パックを発売したが、これも生活者の声がヒントになったという。商品改善ばかりでなく、生活者ニーズを正しく把握することは、プラントの製造ライン改善にも役立っている。
 相談業務を行う上でのモットーは、①正確な対応(お客様のお話の意味を正しく理解すること、正しい情報をお客様に提供すること)、②礼儀正しい態度での応対(丁寧で親切な言葉づかい、やさしい表情での対応)である。相手に顔が見えないからこそ、ごまかしは通用しない。「不快な表情で対応していたら、自然とそれがお客様にも伝わってしまうもの。だから、私たちのオペレーターは各自の席の前に鏡を置いて、そこに映る自分の表情を確認しながら応対している」(広報本部長・井尻時雄氏)という。新人は、まずお客様から寄せられる手紙への対応に取り組む。これによって自然に商品知識を会得できるからだ。 また、オペレーター全員が専門知識を身につけ、“聴き上手”になって生活者の声を上手に引き出せるようになることを目標に、随時テーマを設けて勉強会を開催するなどして、レベルアップを図っている。オペレーターのスキルアップは、通話時間の短縮につながり、ひいてはより多くの生活者からのアクセスを可能にする。
 早くから顧客対応に取り組んできた同社は、 アメリカに本社を置き、世界各国で事業展開を行うグローバルな企業らしく、今後は「日本国内だけではなく、 世界的なレベルで情報を共有したい」 (広報本部長 ・井尻時雄氏)と考えている 。


月刊『アイ・エム・プレス』1996年6月号の記事