セールスマンを一人も持たずに急成長を続ける流通商社

(株)ミスミ

非効率な訪問型販売活動からの脱却

 BtoBダイレクトマーケテイングを語るときに、必ず引き合いに出される企業、それが(株)ミスミである。
 1963年、精密機器部品の販売を事業目的に設立されたミスミ(旧社名・三住商事)も当初は、至極当たり前に営業担当者によるユーザー訪問型販売活動を展開していた。しかし、営業担当者が約束をとりつけて訪問できるユーザーの数は、1日にせいぜい3~4軒。しかも面会対象である技術者は、人と話をするのが好きでないことが多い上、設計や生産技術といった部署は外部の人聞が立ち入れないため、ユーザー情報の収集が思うように進まない。同社代表の田口弘氏が、「売り上げと共にセールスマンが増えていくのは、成長ではなく膨張だ」というように、訪問型販売活動の「効率の悪さ」は、何とか打開しなければならない問題であった。
 そこで編み出されたのがカタログによる通信販売である。カタログ『Face』が発行されたのが、1977年。カタログ発行前の1975年に4億5,000万円だった同社売り上げは、カタログ発行の翌年に当たる1978年に16億9,000万円まで拡大した。そして1983年には、完全に営業部を廃止、「セールスマン・ゼロ体制」をスタートしたのである。
 この流れからも分かるとおり、同社のカタログ『Face』は、営業担当者の役割を100%、いやそれ以上に果たすものとして位置づけられている。
 訪問営業を行っていた際にも製品カタログはあったが、営業担当者が説明しながら配布するという莫大な手間をかけていた。またユーザーが情報を更新しやすいよう、高コストをかけてバインダー形式を採用していたが、実際には他社のカタログも一緒に挟んでいたり、書棚の隅に置かれたままで活用されていない、というケースが多かった。
 そこで『Face』は、これまでわざわざ人が出向いて行っていた説明や交渉をすべて代行し、なおかつユーザーにとってもわかりやすく使い勝手のよいカタログを目指し、編集された。これは単にカタログの作りの問題だけではない。セールスマンによって値引率が異なる、サーピスの質が異なる、といったことをなくし、定価販売、確実な納期、安定した品質を提供できるシステムの構築を目指したのだ。
 1995年現在、『Face』のタイトルがついたカタログは、プレス金型用標準部品、プラスチック金型用標準部品の他、92年に参入したFAエレクトロニクス市場向けの標準部品など、5市場8種類が発行されている。これらカタログには、いずれも商品ごとに写真、材質、図面などの情報の他、価格表が記されている。これは、まず見積もりを出して、値引き交渉を受けるといった、日本の典型的商習慣を打ち破ることにほかならない。根底にあるのは「すべてのお客様に公平」という考え方であり、割引も例えばSPASというパンチの場合「9個までは単価340円、29個までは330円」と決められている。さらに特急料金、加工料金もすべてカタログに明記されている。つまり、価格・納期・特注加工の折衝すべてを、カタログが営業マンに代わって行っているということになる。

カタログは営業マンの役割を100%以上に果たす

カタログは営業マンの役割を100%以上に果たす

多様なメディアでユーザー情報を収集

 次にユーザー情報収集の仕組みについて触れてみよう。メーカーの代理で商品を売る「販売代理店」ではなく、ユーザーの要望に沿って商品を調達する「購買代理店」であることを企業理念としている同社にとって、ユーザーとのスムーズなコミュニケーションは生命線と言える。
 まず、ユーザーに向けての定期的な発信メディアとしては、『Voice』という情報誌と、全国8カ所のサービスセンターがそれぞれに作る『Mメール』がある。商品カタログは発行頻度が1年~3年に1回程度に限られているため、これを補うコミュニケーション・メディアとして、情報誌が機能しているわけだ。そして、ユーザーからの情報発信を促進するため、『Face』や『voice』には意見や要望をよせてもらうための「コミュニケーションカード」と呼ばれるハガキを同封している。
 これ以外にも電話などで収集された顧客情報は、内容別に数種類のカードに集約される。商品提案は「インフォメーションカード」、希望の商品がないという声は「アンフィットカード」、サービスに関する苦情は「イエローカード」という具合だ。そして「アンフィットカード」「インフォメーションカード」は同内容のものが一定数になると商品化を進める、「イエローカード」には迅速に対策を講じるというように対応している。これらカードは合計すると、年間約12万枚に達するという。
 注文に活用しているメディアは4種類。受注件数の比率で見るとFAXが70%、FAX-OCRが18%、EDIが10%、電話が2%となっている。EDIはさらに2種類に分けられる。ひとつはユーザー企業のホストコンピュータを、VANを介して同社のコンピュータとオンラインでつないだもの、もうひとつが、パソコンネットのNIFTY-Serveが提供しているCUG(Closed Users Group)を活用したものである。後者では、登録申し込みを行ったユーザーに、同社がID番号を発行、同時に発注用ソフトと通信ソフトを提供する。ユーザーは発注用ソフトを立ち上げ、フォーマットに必要事項を入力して送信ボタンをクリックすれば、自動的に通信ソフトが立ち上がり、オンラインで発注情報が同社のコンピュータに入力される仕組みだ。ユーザーにとっては、最寄りのNIFTYのアクセスポイントまでの通信料金を支払うだけで済むので、電話やFAXに比べ低コストで発注が行えるというメリットがあり、同社にとっても、情報を改めて入力し直す人的な手間・コストが削減できるというメリットがある。
 またパソコン通信は、マーケット情報を広く収集する上でも重要なメディアだ。NIFTYには、業界に精通した企業が専門的な情報を交換するFAフォーラムがあるが、ここでは営業活動が禁止されているため、別メニューであるFAステーションの中にミスミ広場を開設。企業名をオープンにして商談や問い合わせに対応している。
 これら電子メディアはリアルタイムの情報収集に効果を発揮することから、同社ではさらなる活用を促進したい考えだ。

個人の専門領域が分かるデータベース作りを目指して

 これまで述べた金型部品、FA部品関連の他に、同社では93年に切削工具、94年にメディカル、95年にフードサービスなど新たな市場に次々と参入、カタログは合計で11種類、41万部を発行するにいたっている。一見、全く共通点のない、勝手の異なる市場であるが、「生産財の流通を変える」ことを標榜する同社の視点に立つと、これら市場には、供給者側の論理で成り立っている流通システムがあるという点が共通している。これはすなわち、ユーザーにとって使い勝手のよい流通システムを新たに作り、提供できるチャンスがあるということだ。
 もちろん各市場ごとに特性があり、まったくもって同様にノウハウを活かすことはできないが、共通する重要なポイントのひとつに、データベースをいかに構築するかということが挙げられる。現在カタログはすべて、個人宛に送られている。つまりデータベースが個人単位で管理されているわけだ。小規模企業の多いフードサービスは別として、他の市場の場合、1企業に数十人がユーザー登録されていることも珍しくない。同じ企業、同じ部署に所属していても、担当プロジェクトが異なることはあり得るし、何より訪問営業を行っていた時代の経験から得た、カタログは使いたいときにすぐ取り出してもらえなければ意味がないという教訓があるからである。個人の基本データとしては、企業名、住所、部署名、肩書き、氏名を登録しているのが現状だが、将来的には個人の専門領域までをも把握することか望ましいと考えられている。例えば部署を異動しても、個人が持ち続けている興味の対象、専門性はあるわけで、これをデータとしてつかみ、直接関わりのない部署に移った後も情報誌を送るといった形でコミュニケーションを継続することができれば、結果的に同社とユーザー企業との結びつきを強めることにつながるという考えである。
 同社の95年3月期売上高は232億1,000万円で、20年前の5倍以上、データベースの数は25倍以上に拡大している。この成長を支えたのは、従来の枠に縛られない発想の転換といえよう。


月刊『アイ・エム・プレス』1996年2月号の記事