コンタクトセンター最前線(第139回):自殺を思いとどまって──尊い命を守る電話相談 東京都自殺相談ダイヤル「こころといのちのホットライン」

東京都福祉保健局

景気低迷を背景に後を絶たない痛ましい自殺を防ぐため、東京都福祉保健局は、自殺を考えるほど思い悩む人からの相談電話を受け付ける「東京都自殺相談ダイヤル~こころといのちのホットライン」を運営。臨床心理士ら約50人が、増加する相談に対応している。

2007年度から社会的なネットワークの構築に着手

 人生における大きな苦難に直面し、誰にも相談できぬまま追い詰められ、自らの意思で自分の命を絶ってしまう自殺――。
 内閣府によると、警視庁から提供を受けたデータに基づく国内の年間自殺者数は、“バブル経済”の崩壊後に経済情勢が厳しさを増した1998年に初めて3万人を突破した。これは、交通事故による死者を大きく上回る規模。2012年には前年に比べて1割ほど減少して3万人を割り込んだものの、約2万8,000人と依然として深刻な社会問題となっている。
 東京都における自殺者数も、国内の自殺者数の推移と同様の傾向を示しており、1998年に急増。以来、年間で2,500人から2,900人で推移。住民の高齢化に伴い、高齢層の自殺が増えているほか、30代以下の若年層の割合が多いのは、ほかの道府県には見られない傾向となっている。全国的に自殺者が減少した2012年については現在、統計データの精査が進められており、2,500人を割り込むかどうかが焦点になっている。
 このように自殺者数が高い水準で推移している背景には、厳しい社会経済状況があり、悩みを抱えながら誰にも相談できずに精神的に追い詰められ、自殺を選んでしまうケースが多いものと考えられている。
 こうした中、都福祉保健局では、深刻な悩みを抱える人が社会的に孤立してしまうことを特に問題視。2007年度から自殺総合対策事業として、自殺を防止するための社会的なネットワークの構築に着手した。
 具体的には、庁内の関係部局による連絡会を立ち上げたほか、区市町村や民間団体などとの連携を強化するかたちで「こころといのちの相談・支援東京ネットワーク」を組織。定期的に情報交換の会合を持つことで、悩みを抱える人に、自殺に追い込まれる前に相談してもらい、支援の手を差し伸べることを目的とした、継続的な取り組みに乗り出した。
 都福祉保健局ではこうした取り組みの一環として、2010年4月に、自殺を考えるほど思い詰めた人からの緊急性の高い電話相談を専門に受け付けるコールセンター、「東京都自殺相談ダイヤル~こころといのちのホットライン」を開設した。

午後2時から午前6時まで年中無休で相談に対応

 深刻な悩みを抱えて自殺を考える人を対象とする電話相談には、ほかにも(一財)日本いのちの電話連盟が全国各地で運営する「いのちの電話」などがある。その中で同センターは、相談者の悩みを受け止めて、さらに必要に応じて、悩みや生活実態に合わせて適切な支援が受けられる公的な相談窓口などを紹介することを主要な目的としている。事業は都福祉保健局保健政策部保健政策課の所管で、事業費は年間約6,900万円。同センターの運営業務は、都内に活動拠点のあるNPO法人のメンタルケア協議会に委託している。
 相談電話の受付時間は、年中無休の午後2時から翌日の午前5時半まで。実際の電話応対は午前6時までとなっている。
 2010年の開設当初は電話相談は午後10時までとしていたが、夜間にかかるコールが想定以上に多く、統計的に見ても、午前0時から午前2時の深夜の時間帯に自殺に及ぶケースが最も多い傾向にあるため、2011年4月から、翌日の午前6時までに延長した経緯がある。
 都以外の自治体でも、自殺予防の電話相談を事業化している例はあるが、こうした深夜の時間帯もカバーする窓口は、全国的にも珍しいという。深夜の時間帯の対応は、相談員の確保や運営コストがネックとなり、単独自治体の事業としては難しいためだが、都では、区市町村のサービスを補完する広域行政の観点から、午前6時までの延長に踏み切ったという。
 電話回線には、NTTコミュニケーションズ(株)のナビダイヤル3回線を利用、このうち2回線を電話相談用に、残りの1回線を話中時の音声ガイダンス用に振り向けている。電話番号には「0570-087478」を使用し、末尾の5ケタは「はなしてなやみ」のゴロ合わせとしている。
 ナビダイヤルの導入理由は、オプションサービスの利用により、話中時にも適切な音声ガイダンスを流すことで、次につながる対応を行うと同時に、呼数や不完了呼、時間外呼、通話時間などのログをしっかりと把握し、サービスの改善に生かしていくため。なお、音声ガイダンスについては、着信時には相談者に通話料金の目安を伝える事前料金通知ガイダンスを、話中には「大変申しわけありませんが、ただ今、回線が混み合っております。このままお待ちいただくか、少し時間をおいておかけ直しください」というガイダンスを利用。通話料金については、全額が相談者の負担としている。
 電話を受け付ける対象は、都内在住もしくは在勤・在学の人。都の行政サービスであることから、都外からの電話は原則的に受け付けることができないとの難しさもあり、対象にならない域外からの相談には、居住する地域の相談窓口を案内せざるを得ない。
 実際に電話対応する相談員は、メンタルケア協議会が採用した非常勤職員ら約50人で、臨床心理士や精神保健福祉士などの有資格者。性別では女性の割合が高く、精神的な問題を抱える人のカウンセリング経験が豊富なスタッフで構成されている。相談員は、深夜など一部の時間帯を除いては3人体制を採っており、直接、電話対応する2人の相談員を残る1人がバックアップする仕組み。バックアップに回った相談員は、必要に応じて関係機関と連絡を取るなど、電話対応に当たる相談員を側面からフォローしている。

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「東京都自殺相談ダイヤル~こころといのちのホットライン」の応対風景。相談員は臨床心理士や精神保健福祉士などの有資格者で構成されている

自殺の意思が認められた電話は2011年度には5,222件

 同センターの電話番号の告知には、都や区市町村の公式Webサイトや広報紙をはじめ、公共機関に張り出すポスターなど多様なメディアを活用。自殺対策の強化月間である3月と9月には交通広告を出広、同センターの電話番号を記したステッカーを公共施設のトイレや漫画喫茶の個室などに貼ってもらったほか、駅前でのチラシ配布にも取り組んでおり、同センターの認知度は着実に高まっている。
 相談受付件数は、初年度は4,747件だったが、相談時間を午前6時まで延長した翌2011年度には1万2,562件と約2.6倍増。2012年度の受付件数は集計中だが、1万5,000件を大きく上回るとともに、自殺の意思(希死念慮)を持つ者の割合もこれまでよりもさらに高くなることが見込まれている。
 相談の電話への対応は、都内在住・在勤か(区市町村も確認)、初めての電話か2回目以降の電話か、同センターを何で知ったか、相談者の年代を確認した上で、どのような悩みを抱え、自殺を考えるようになったかなど相談者が直面する状況や精神状態の把握へと進む。相談者は氏名を明かす必要がなく、一方の相談員も名乗らない。本人の意思を尊重することを心掛け、言いたくないことは質さず、傾聴に徹することを基本としている。1件当たりの相談時間は、20〜30分が一般的。この間、相談員は、電話口の相手が発する声の調子や話す内容などから、緊急な対応が必要かどうかを総合的に判断し、相談者の意向にも配慮しながら適切な対応を取ることになる。
 2011年度のデータをみると、相談を受け付けた1万2,562件のうち、希死念慮が認められたのは5,222件で、全体の41.6%に及ぶ。内訳を見ると、未遂に終わったもののすでに自殺を実行したケースが67件(0.5%)、自分や周囲の人を傷付ける自傷他害行為にすぐにでも及ぶ恐れのあるケースが120件(1. 0%)、自傷他害の計画を近く実行する可能性が高いケースが332件(2. 6%)となっている。
 前述の通り、同センターでは、単に悩みに耳を傾けるにとどまらず、その内容や生活実態に応じて、相談者を適切な支援が受けられる関係機関につなぐことを目指している。しかし、匿名の相談者の意向を尊重して対応するため、実際に関係機関の窓口を紹介したり、関係機関との連携で相談者に対応したりするケースは必ずしも多くはない。2011年度の実績は1,213件で、全体の9.7%。連携先の機関は、地域の保健所や医療機関をはじめ、女性相談センター、消費生活窓口などとなっている。
 特に、自殺未遂の直後である相談者の場合は、本人が再び自殺を図る危険性が高いことから、本人を1人きりにせず、医療機関に入院してもらうなど適切な措置を取ることが必要。そのため、こうした緊急性の高いケースについては、本人の同意を得て住所や連絡先を聞き取り、相談員から消防や警察に通報、相談者を保護してもらう。また、相談後のフォローが必要と考えらえるケースでは、やはり本人の同意を得た上で、相談の電話から一定の期間が経過した後に、相談員の側から相談者に電話をかけて経過を確認することもあるという。
 2011年度の電話相談を内容別にみると、抑うつやパニック障害の発作などが1, 597件(12.7%)と最も多い。次いで、心配事が1,475件(11. 7%)、希死念慮や自殺企図が1,101件(8.8%)、家庭の問題が1,088件(8.7%)、孤独感が855件(6. 8%)の順となっている。

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「東京都自殺相談ダイヤル~こころといのちのホットライン」では、ポスターやチラシに加えてポケットティッシュ、ステッカー、ミニタオルなどさまざまなツールを用意して、番号の周知に努めている

応答率は44%にとどまるが回線の増設は財政的に困難

 同センターでは、民間のコールセンターのように、運営の指標となるKPIは設けていないが、2011年度の応答率は約44%と、けっして高くはない。これは、電話が集中する深夜の時間帯などでは、同センターの2回線だけでは対応しきれないためである。本来は、自殺を考えるほど追い込まれた人が電話相談の対象となっているが、緊急性は高くないにもかかわらず、孤独感から相談員と話をしようと繰り返し電話してくる人なども少なくなく、これが応答率を押し下げる要因ともなっているという。
 同センターに電話をかけてくる人が切実な悩みを抱え、相談員に救いを求めていることを考えれば、応答率の改善は、極めて重要な課題である。とはいえ、財政的な問題から、回線数の増大や人員体制の強化などにより相談体制を拡充することは、現実的には難しい。こうした中、同センターでは、自殺の可能性が低いと判断される場合は、待っている相談者がいることを伝えた上で、早めに応対を切り上げることで応答率を高めていくしかないという究極的なジレンマを抱えている。

関係機関との連携を密接にセーフティネットとしての機能を強化

 自殺を考える相談者の電話は、いずれもが極めて深刻な内容。ひとたび対応を誤れば、相談者の生命にかかわる可能性もあるだけに、相談員の受けるプレッシャーやストレスの大きさは、想像に余りある。
 また、同センターの業務は、一般的な心理臨床のカウンセリングのように対面形式ではなく、電話というコミュニケーション手段を用い、比較的短時間のやり取りで適切な関係機関に相談者を導くという難しい条件下で行われる。
 そのため、相談員を担うに当たっては、事前の研修を義務付けている。研修では、基本的な相談電話への受け答えや紹介先の関係機関との役割分担について、座学とOJTを通じて学ぶほか、薬物やアルコール依存症の更生施設を訪問するなど独自のカリキュラムを組んでいる。
 また、同センターで2回線による電話相談業務に対して、約50人の相談員という余裕ある人員規模でシフト対応しているのは、深夜帯に実施していること、および相談業務の精神的な負担が大きいことを踏まえ、1人の相談員に長時間の電話対応を強いることのないようにとの配慮からである。さらに、困難な案件を担当した相談員の事例は検討材料として取り上げ、精神科医がスーパーバイザーとして助言を行うなど、相談員の心のケアにも配慮している。
 このほか、相談員が参加する事例検討会を2カ月に1回程度のペースで開催。実例を検証することを通じて、多様な相談に対応するノウハウを共有し、相談員としてのスキル向上に努めている。
 保健政策課では、同センターの電話相談業務によって、相談者に自殺を思いとどまってもらうなど一定の効果を上げていると評価。今後も、関係機関との連携をより密接にするなど、相談者の命を守るセーフティネットとしての機能を一層強化していきたい考えである。


月刊『アイ・エム・プレス』2013年6月号の記事