コンタクトセンター最前線(第101回):情緒的サービスが制度的サービスを補完しCSとESを高める

ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)

ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)メディカル カンパニー ライフスキャン事業部では、自己検査用グルコース測定器に関する問い合わせに24時間対応する、ワンタッチコールセンターを運用。糖尿病患者や医療従事者を対象に、顧客視点に立ったサービス提供に努めている。その中で推進している情緒的サービスは、制度的サービスの限界を補完してCSを高めるとともに、ESの向上にも寄与している。

4つのコアバリューをベースに糖尿病患者や医療従事者を24時間サポート

 1886年に米国で創業されたジョンソン・エンド・ジョンソン。以来100年以上にわたり、ヘルスケアに関する新しい考え方や製品を打ち出し、現在では世界57カ国でヘルスケアに関連するニーズにこたえることで、人々の「クオリティ・オブ・ライフ(QOL)」の向上を目指している。
 日本での事業開始は1961年。消費者向け製品をはじめ、医療機器・診断薬、医薬品などを次々に導入・販売し、ビジネスの拡大を図ってきた。
 「ワンタッチコールセンター」は、ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)メディカル カンパニーが医療機関を通じて糖尿病患者に提供している、自己検査用グルコース測定器に関する問い合わせを受け付けるコールセンターである。同センターは東京本社内に設けられており、運営はライフスキャン事業部が担当。現在15名のスタッフが24時間体制で対応している。電話窓口には、NTTコミュニケーションズ(株)のフリーダイヤルを利用。携帯電話からの着信も可能にすることで、いつでもつながる安心感を提供している。
 サービスの対象となるのは、ドクターや看護師などの医療従事者、販売代理店、糖尿病患者とその家族。問い合わせ者の割合は、患者やその家族が約6割で、医療従事者が約4割となっている。具体的な業務としては、問い合わせ対応のほかに、自社営業担当者への連絡といった付随業務もある。
 同センターでは、日々の対応におけるコアバリューとして、「Happy to serve」「Caring spirit」「Sincerity」「Professionalism」の4つを掲げている。
 「Happy to serve」は、日本語で「最大限の貢献」と訳される。これは、糖尿病患者や医療従事者に対して、同センターでできる限りのサービスを提供することを意味する。例えば、機器の交換を早急に行う。必要な情報を迅速かつ正しく提供するといったことである。
 「Caring spirit」は、傾聴と共感をもって親身に対応することである。常に相手の立場に立って話に耳を傾け、共感した上で対応することに努めている。
 「Sincerity」は、誠実。患者や医療従事者に対してはもちろんのこと、社内においても嘘を言わない、そしらない、侮らない、ごまかさない、隠さないことを実践している。
 「Professionalism」は、プロフェッショナル性である。同センターでは、相手に間違いなく情報を伝えるためには、正しい言葉遣いや表現を用いることが不可欠なことから、コミュニケータはコミュニケーションのプロでなければならないと考えているのである。

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ジョンソン・エンド・ジョンソンのStatement of Caring

ワンタッチコールセンターが推進する情緒的サービスとは

 4つのコアバリューを追求しつつ、同センターが推進しているのが情緒的サービスである。情緒的サービスとは、親しみや配慮のある話し方、相手の立場に立った説明、思いやりのある心のこもった表現での対応を指す。これを同センターが推進する理由としては、まず顧客属性に起因する事柄が挙げられる。糖尿病患者の多くは高齢であることから、情緒的サービスを重視する傾向にある。特にコアバリューの3つ目に挙げた傾聴と共感、親身な対応に満足を感じる方が多い。そのため同センターでは、情緒的サービスを推進することで良い印象を与えて患者をファン化できれば、間接的にではあるがビジネスへの貢献にもつながっていくと考えているのである。
 2つ目の理由としては、制度的サービスだけではサービス品質の向上に限界があることが挙げられる。制度的サービスとは、経営方針や企業体力、法律、ビジネスルールなどに基づき規定されたサービスのこと。こうした制度的サービスの足りない部分を情緒的サービスによって補完することができるというのだ。
 例えば、自己検査用グルコース測定器は医療機関を通じて患者に提供される製品であるため、パンフレットなどの資料は医療従事者にのみ提供している。従って、患者および家族からの資料請求には応じない。これが制度的サービスの限界である。決まりごとだからといって単に「できません」と回答したのではクレームにつながりかねないが、相手の話を良く聞き、資料が必要な理由などを理解した上で、機器の特性や背景などを丁寧に説明すれば納得していただけるのだ。

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東京本社内で24時間受付業務を行うワンタッチコールセンター

目指すサービスを実現する最適な人材の採用と育成

 情緒的サービスはヒューマンスキルに負うところが大きいことから、最適な人材の採用と育成が大きなポイントとなる。コミュニケータは派遣スタッフであるため、同センターでは採用条件を明確に文書化して派遣元と共有することで、自社採用でなくても適切な人材を確保できるよう努めている。
 同センターが求める人材の条件は16項目からなる。中でも特に同センターが重視しているのは、「正しい日本語を話すことができる」「対話表現、言葉に対する感性を持っている」「コミュニケーション能力にたけている」「相手に合わせて話し方(スピードや声の大きさなど)を調整することができる」といったコミュニケーションに関する条件と、「最大限の貢献の精神を持っている」という、同センターのコアバリューを実現するために欠かせない条件である。すべての条件を満たす人材を採用するのは容易なことではないが、派遣元の協力を得ながら最適な人材を粘り強く探している。
 採用後は、イニシャルトレーニングと呼ばれる導入研修を1カ月にわたり行う。まず、初めの3週間で糖尿病・保険診療知識・医療機関の仕組み・業界知識・ビジネスモデル・製品知識といった基礎知識と、言葉遣いなどの応対知識をトレーニング。その後、1週間で実際の応対を想定したロールプレイングによる業務知識を身につけていく。
 着台後は、2カ月に1回フォローアップ研修を行う。ここでは、リアルタイムモニタリングによる評価とフィードバックを実施。より良い表現に高めていくことを目的に、コミュニケータ一人ひとりの対応をきめ細かくチェックし、指導している。

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教育は研修だけでなく日々の業務の中でも行われている。応対の中で改善が必要な点があれば、ブースサイドでSVが指導

応対履歴を活用して点のコミュニケーションを線のコミュニケーションへ

 患者に喜ばれる対応をするためには、患者の話をうまく会話の中に取り入れることが効果的である。特に何度も繰り返して話す内容は患者にとって重要なことであり、これに適切な受け答えをすれば満足度は高まる。また、2度目、3度目の問い合わせの際に、過去の問い合わせから得た情報を会話に取り入れることも非常に効果的だ。その場限りのコミュニケーションを点とするなら、過去の応対を踏まえたコミュニケーションは線となる。コミュニケーションを点から線へ発展させることで、患者との絆を深めることができるのである。
 同センターでは、こうした対応を人の記憶に頼らず行うために、会話から得た情報を応対履歴データベースに登録。情報が多ければ、その分次回の対応につながりやすくなることから、応対履歴は詳細に記録している。
 コミュニケータをサポートするためのツールとして、同センターではトークスクリプトを用意していない。以前は使用したこともあったが、顧客ごとに気持ちを込めた対応をすることが難しくなるため、廃止に至ったという。現在は、オープニングとクロージングのあいさつ、そして機器に関するテクニカルな説明を文章化しているだけで、そのほかは問い合わせ者に合わせてコミュニケータの裁量でトークが展開されている。

情緒的サービスの推進によって生まれるCSとESのスパイラル

 同センターでは、情緒的サービス、話法、そして製品などの豊富な知識を持って対応することで、多くの患者や医療従事者に満足のいくサービスを提供できているとみている。センターのサービスを客観的に評価するためのアンケートやヒアリングなどの満足度調査は特に実施していないが、以前に比べてクレームが減っていることや、患者からコンスタントに寄せられるお礼の手紙から満足度を推察しているのだ。
 また、患者から医療従事者に同センターの評判が伝わり、そこからジョンソン・エンド・ジョンソンの営業担当者の耳に入ることもある。最近では、このようなかたちでお褒めの言葉をいただく機会が増えていることから、同センターでは4つのコアバリューをベースとした情緒的サービスの推進やコミュニケータの育成が結実し、対応が変わりはじめているものとみている。
 お礼の手紙は、どのコミュニケータに寄せられたものであるかを明確にした上で回覧。その後は、センター内に掲示している。回覧や掲示によって周囲の仲間にも自分の応対を知ってもらえるため、褒められたコミュニケータの嬉しさは倍増するという。また、ドクターから伝え聞いたお褒めの言葉は、毎月の面談で派遣元からコミュニケータにフィードバックされる。面談では、同センターに対する満足度もヒアリングしているが、コミュニケータたちは仕事が楽しいと話しており、職場や業務に対する満足度も高いことがうかがえる。同センターにおいては、情緒的サービスによって顧客満足(CS)を高めることがコミュニケータのやる気(ES)につながり、さらなるCS を生み出すという、満足のスパイラルが生み出されているのである。

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センター内に掲示しているお礼の手紙の数々

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同センターは、社内表彰制度のスタッフオブザイヤーやMVP賞を受賞。これもコミュニケータのモチベーション向上につながっている

生産性よりも顧客都合を優先してコストをマネジメント

 ワンタッチコールセンターでは、患者や医療機関の満足を第一に考えてサービスを提供している。例えば、資料などを送付する際、通常、北海道や沖縄など遠方であれば2〜3日を要するところを、翌日には届けられるように航空便を使用するなど、できる限りの対応を尽くしている。また、電話応対においては、目標応答率は95%に設定しているものの、通話時間や1日当たりの応答件数は定めていない。そのため、余裕をもたせた人員確保により、応答率を達成している。
 こうした生産性よりも顧客都合を優先したサービスの実践は、ワールドワイドで提唱しているStatement of Caring を体現することにつながる。これはおおいに推奨すべきことであるが、ビジネスである以上、費用対効果を考えず、ただ闇雲にコストを掛けるわけにはいかない。そこで同センターでは、過去のコールボリュームおよび先々のプランに基づき、センターの適切な運用計画を立てて予算を計上。前出の発送費用などを犠牲にすることなく、一方で、無駄な費用の削減を行い、抑えられるところは努めて抑制していくことで、予算の有効活用を推進している。

基本に立ち返りつつサービスレベルを高める

 情緒的サービスの実践は、人的スキルに負う部分が多いことから、一朝一夕には実現しないのが実際のところ。だが、一定の訓練と手法、そしてカスタマーマインドがあれば、情緒的サービスのレベルは際限なく高めていくことができる。
 前述のように同センターにはスクリプトがないことから、応対に慣れてきたコミュニケータが間違った自己流で対応してしまうことも起こり得るわけだが、同センターでは「Back to the basic(基本に立ち返ろう)」というメッセージでコミュニケータの注意を促しつつ、今後も情緒的サービスの実践に努めていく構え。
 また、情緒的サービスと両輪をなす制度的サービスの充実を図ることも計画中。将来的には、よりきめ細かな送付体制なども整えていきたいとしている。


月刊『アイ・エム・プレス』2010年4月号の記事