古くから消費者窓口を設け顧客の声に耳を傾けてきたサントリー (株) 。 同社お客様センターには、現在、フリーダイヤルやeメールなどを通じて、年間12万件もの声が寄せられている。 消費者の意見や要望は社内へフィードバックされ、さまざまな企業活動に活かされている。
JIS Z 9920に基づきお客様対応マネジメントシステムを構築
サントリーお客様センターの発足は1976年。広報部内に消費者室を設置したのが始まりだ。その後、広報部から独立するなど幾度かの組織変更を経て、2002年よりお客様コミュニケーション部お客様センターとして新たなスタートを切った。
お客様センターの使命は、顧客満足とロイヤルティの維持・向上である。顧客とのコミュニケーションを大切にし、顧客に安全・安心な商品、サービス、情報を提供することで信頼を獲得すると同時に、コミュニケーションを通じて収集された顧客の声を企業活動に活かすという役割を担っている。
これを実現させるために、同社では JIS Z 9920(苦情対応マネジメントシステムの指針)に則った行動規範を策定。「お客様対応マネジメントシステム」として確立した(図表1)。
JIS Z 9920の採用には次のような理由があった。まずはこれを経営管理指標として活用すること。PDCAサイクルにより顧客満足のスパイラルを作り、かつ高めていくためだ。お客様センターで適切な対応をしているか否かを測ることができる、いわばCS経営の羅針盤としての役割を期待しているのである。次に、コンプライアンス経営の一環として、企業理念や倫理観を表明すること。そして最後に、信頼感を高めることが挙げられる。2000年以降、食に関するさまざまな社会問題が発生したことは周知の通り。その結果、失われてしまった顧客の信頼を回復するために、安心感を提供しようというのである。
しかしお客様センターでの取り組みだけではCS経営、コンプライアンス経営、安心感の向上は実現しない。グループを含めた全社におけるCS マインドの醸成と全社員が共有できるナレッジが必要だ。そこで前者については、社内研修を強化。営業担当者はもちろんのこと、経理などお客様と接する機会を持たない社員までを対象に「対応品質向上研修会」を開催しているほか、新入社員の研修プログラムに顧客満足に関する項目を加えている。
また後者については、これまで体系化されていなかった個人の経験知を、全社で共有できるかたちに換えていった。これにより、個人の恣意的対応を排除した公平・公正な対応を可能としたのである。
JIS Z 9920は苦情対応マネジメントシステムの指針であるが、お客様センターに寄せられる顧客の声は苦情に限らないため、同社では「お客様対応マネジメントシステム」と呼んでいる。この構築には2年の歳月が費やされた。
東西2カ所にお客様センターを開設
お客様センターは現在、東京と大阪の2カ所に開設。電話とeメール、そしてわずかだが手紙で各種問い合わせや意見・要望などを受け付けている。
電話窓口には、NTTコミュニケーションズのフリーダイヤルサービスを導入。発信呼を最寄りのセンターに着信させることができるオプションサービス「全国共通番号サービス」を利用して、東日本地区からの発信呼は東京、西日本地区からの発信呼は大阪のセンターに着信させることにより、エリアに則した受付体制を構築している。
また、食品と酒類で異なるフリーダイヤル番号を設定。これによって着信時に大まかな内容を識別しているが、スキルベースルーティングは行っておらず、コミュニケータはすべての問い合わせに対応している。
同社ではフリーダイヤルの導入に際し、約1年間を検討に費やしたという。多くの声を集めるためとは言え、やはり人員の拡大や通話料金の負担によるコスト増はネックとなった。しかし、CS経営の推進という基本に立ち返り、いくつかのリスクは承知の上でフリーダイヤルの導入に踏み切ったのである。この時点で同社には、リスクを大きく上回るメリットがあるとの確信があった。
受付時間帯は、月曜から金曜日の9時から19時までと、土曜日の9時から17時まで。日曜・祝日は休業となっている。ただし、平日の17時から19時までと土曜日については、東京お客様センターのみで、全国からのコールに対応している。また、時間外の対応にはIVRを活用。時間外であることと受付時間を案内しているほか、主なCMの出演者や音楽に関する情報を案内している。
スタッフ数は、東西合わせて65名。管理職を含む社員23名、コミュニケータ40名、システムおよびeメールサポート2名で構成されている。40名のコミュニケータは交代で業務に当たっており、常時15名ほどがアサインしている。
コミュニケータには、同社やグループ会社のOB、OGを採用しているが、これには2つの理由がある。ひとつは、自社へのロイヤルティがなければ顧客にもロイヤルティを求めることができないこと。アウトソーシングでは帰属意識が弱まることを危惧したのである。もうひとつは、機密保持を厳守するためにも自社採用のスタッフが望ましいとの判断からだ。
コールセンターシステムには、独自に開発した「ハーモニクスシステム」を活用している。これは顧客情報のほかに、コマーシャル情報やカロリー情報などさまざまなナレッジが蓄積されているシステムだ。コミュニケータはここから必要な情報を検索することによって、迅速かつ的確な対応を実現している。
また、お客様センターに寄せられた声はすべてハーモニクスシステムに入力し、全社で共有している。入力情報はリアルタイムで更新されるため、常に最新の情報を共有することを可能としている。同システムは2003年にリニューアルし、第二期稼動に入った。
ちなみにハーモニクスという名称は、顧客と響き合うという企業理念からとった「ハーモニー」と「CS経営」の思いを加えて考えられた造語である。
顧客対応の5つのポイント
お客様センターでは、使命である顧客満足度とロイヤルティの向上を実現するためのポイントとして以下を挙げている。
まずはじめに求められるのが、高いアクセシビリティだ。これを向上させるため、お客様センターでは時代に合わせてさまざまな改善を図ってきた。1988年に製品にお客様センターの電話番号を明記。1995年にはアクセスチャネルを拡大するべくホームページを開設し、eメールによる問い合わせ受付をスタートした。しかし、eメールユーザーは今ほど多くなかったせいか、件数はそれほど伸びなかったという。
現状の狭いパイで顧客のニーズをジャッジして良いものなのか、電話料金の負担があるがゆえに拾いきれていない声があるのではないか、と考えた同社は、より多くの声を集めようと、前述のように検討を重ねた上で、1998年にフリーダイヤルを導入した。その狙いは成功し、以降、コール数は右肩上がりに増加。当時、年間5万件だったコール数が2年後には10万件に達した。さらに、2002年には携帯電話・PHS からの着信を可能にし、2003年には受付時間帯の拡大を図った。今日、お客様センターに寄せられる声は、フリーダイヤル、eメール、手紙を合わせて、年間12万件に及ぶ。
より多くの情報をキャッチすることと併せて、収集した顧客情報のフィードバックとフォロー体制の確立も極めて重要だ。単に生の声を伝えるのではなく、声が持つ意味を翻訳してフィードバックするのである。
さらに、コミュニケーションの深化を図り、企業活動に役立つ情報をより多く収集するためには、優れた応対品質が求められる。また、これらの実現には人的スキルだけでなく、ITによるサポートも必要だ。
加えて、顧客満足度とロイヤルティを評価することも欠かせない。評価と改善を繰り返すことで、顧客満足度とロイヤルティを高めるスパイラルが形作られるのである。
対応に満足した顧客の約8割は継続的に商品を購入する
前述の通り、お客様センターには年間12万件もの声が寄せられる。内容の内訳を見ると、製品やサービスに関する問い合わせが約70%と大半を占めており、ご指摘は20%程度。また、チャネル別の内訳は、フリーダイヤルが約80%で、残りの10%くらいはeメールとなっている。
フリーダイヤルのうち、携帯電話・PHSからの着信は約1割。携帯電話・PHSの契約回線数が固定電話の契約回線数を上回る今日では、携帯電話しか持たない消費者も珍しくなくなっている。こうした社会環境の変化を踏まえると、今後は携帯電話・PHSからのアクセスが増えていくものと考えられる。一方、eメールによる問い合わせはこの3年間で4倍に増えていることから、同社では今後も増加傾向が続くと予測している。
お客様センターは受け身の体制で声を収集しているが、これとは逆に能動的に顧客の声を収集する仕組みとして、お客様コミュニケーション部が1995年度から展開しているモニター活動がある。モニターは首都圏・京阪神に在住する消費者で、約600名を組織。生活現場に基づいた情報を収集・分析し、商品開発をはじめとする企業活動に役立てている。
このモニターを対象に、1997年と2002年に行われた「企業とのコミュニケーション」をテーマにした調査では、顧客がいつ、どのような内容で企業へ働きかけているかを把握するとともに、働きかけた際に感じたことや求めることを探っている。その結果が非常に興味深いので紹介したい。
2002年の結果では、「問い合わせをした経験がある」との回答が45%、「指摘・苦情を申し出た経験がある」との回答が36%。後者は、1997年の24%を上回っり、4人にひとりの割合から、3人にひとりの割合に増加した。
しかし、指摘・苦情を申し立てた顧客でも、対応に満足すれば83%が継続的に商品を購入。逆に不満足な場合は、85%が継続購入はしなくなることが明らかとなった。
また、問い合わせ経験者のうち、満足度が「普通」の顧客の継続購入率が低下している点も見逃せない。1997年調査では85%だった継続購入率が、2002年には64%に減少。指摘・苦情の経験者では、同じく78%から51%に減少している。今や普通程度の対応では満足度は高まらず、継続購入にもつながらないというのが現実のようだ。
こうした理由から、同社ではご指摘への対応を特に重要視。お客様センターへ寄せられた指摘・苦情は管轄地区の営業担当者に引き継ぎ、フェイス・トゥ・フェイスで対応することを基本としている。また、引き継ぎ後も対応の進捗状況を把握。営業担当者が滞りなく対応できるよう、その案件が終了するまでサポートしている。
50〜60件に及ぶ製品やサービスの改善例
指摘をはじめとする顧客の声は、同社にとって宝の山と言える。これまでもこれらの声は社内にフィードバックされ、商品やサービスの改善に役立てられてきた。
声のフィードバックは、ハーモニクスシステムでの全社的な情報共有のほかにも、次のような方法で行われている。同システムの情報に基づき作成した週報、月報、年報のeメール配信、各部門別の定例ミーティング、社長・副社長ミーティングなどだ。eメール配信は、生産トップほか各部門長、そして社長が対象。一方的な情報発信に終わってしまわないよう、文中にアドレスを記載しておき、クリックすると見せたい情報に飛べるようにするなど、見てもらうための工夫を凝らしている。
こうしたフィードバックが功を奏し、商品やサービスが改善されたケースは50〜60に及ぶ。
改善例のひとつに、清涼飲料のペットボトルへの賞味期限の記載がある。「賞味期限がどこに書かれているか分からない」という指摘が多く寄せられた。そこで、不揃いだった記載位置をキャップに統一したところ、同様の指摘が減少したという。
また、顧客の声を基にキャンペーンの改善も数多く行っている。インスタント・ウィン型式のキャンペーンを展開した際に寄せられた「当たったのに景品が届かない」という声に対しては、顧客から当たりのシールが届いた時点で、その旨を連絡するようにした。「どうして当たらないのか?」という少々困った問い合わせにも真摯に耳を傾け、改善策を検討。はずれ券を集めて一部料金を負担すれば希望の商品を購入できるマイレージ方式を採用することでこうした不満を解消した。同社のキャンペーンは顧客が進化させてきたと言っても過言ではない。
お客様センターでは、応対品質の向上と均一化を図りつつ、十分な人材を確保し、今後も顧客の声に真摯に耳を傾けていく方針。お客様対応マネジメントシステムを構築し、IT を駆使して効率の最大化と効果の極大化を目指す一方で、ヒューマンタッチな対応を心掛けていきたいとしている。
製品カテゴリーごとに作られた小冊子の数々。お客様センターに寄せられた問い合わせとその回答、豆知識を中心に編集されている。もちろん、お客様センターの連絡先も明記