インターネット・バンキングなどITを駆使した金融リテールサービスを提供するソニー銀行(株)は、コールセンターにおけるカスタマー・エクスペリエンスの向上を推進。2013年10 ~ 11月には、お客さまの人物像を検証し、架空の人物像に落とし込む「ペルソナ分析」に取り組み、顧客理解が深まるなど大きな成果を上げている。
コールセンターの応対品質が同社の評価を大きく左右
ソニー銀行(株)は、2001年にインターネット銀行として設立され、インターネットを通じた金融リテールサービスの分野を開拓。金融持株会社のソニーフィナンシャルホールディングス(株)の傘下で円預金、外貨預金、投資信託・NISA、外国為替証拠金取引(FX)、住宅ローンなど幅広い金融商品を取り扱い、グループ企業のソニー生命やソニー損保とも連携を強めている。2011年にスマートフォン対応を開始。また、ポストペットと呼ばれるキャラクターが、サイト上などで案内役を務めるユニークなサービスは女性層などに人気を呼んでいる。
同社の顧客サービスは、Webサイトを中心に提供されるが、Webサイトの利用方法のほか、金融商品や各種手続きに関する問い合わせなどには、コールセンターである「カスタマーセンター」において電話やeメールで対応。同社の顧客サービスは、このように、Webサイトと「カスタマーセンター」を両軸として戦略的に展開されているが、顧客の同社に対する評価や印象は、人対人の唯一の接点であるコールセンターの応対品質に大きく左右される。同社では、こうした実態をむしろ積極的にとらえ、コールセンターが提供するホスピタリティや柔軟な対応により、顧客の“ファン化”を促進している。
そして、カスタマー・エクスペリエンスの向上を図る狙いから、2013年に導入されたのが、ペルソナ分析である。ペルソナという言葉は人物やキャラクターを意味し、マーケティング・リサーチの分野では、ターゲットとする顧客セグメントに関する考察を深めたり、関係者間のコンセンサスを形成しやすくしたりする目的で、典型的な顧客像を架空の人格に落とし込むペルソナ分析の手法が普及している。店舗を持たない“ネット銀行”である同社ではスタッフが顧客と実際に対面する機会はほとんどないが、ペルソナ分析は、非対面ではあるが顧客との直接の接点を担うコミュニケータに、日常業務で得られた顧客理解を生かし、ディスカッションやワークショップに参加してもらう初めての試みだった。
締めくくりは「ペルソナ」の発表会 会場は“熱演”に大いに沸く
コールセンター業務には、営業、コンプライアンス、情報システムの各部門との緊密な連携が必要である。そこで同社では、2001年の営業開始当初から一貫して、「カスタマーセンター」を本社に併設のインハウスのセンターとして運営してきた。現在は93人体制で、このうち管理部門は、センター長をトップにSVなど25人。電話応対に当たるコミュニケータは正社員、契約社員、派遣社員の男女55人で、年代は20代から50代と幅広い。このほか、QAやVOCシステムなどを担当するサポート・メンバーが13人となっている。
今回のペルソナ分析は、最初に試験的にQA担当の4人がトライアルを行い、同社のお客さまやサービスのあり方について考える有効な取り組みであるとの確証を得た上で、10月から本格的に着手。勤務歴の長いベテランを中心とするコミュニケータ有志9人をメンバーに、(株)NTTソルコの支援を得て、約2カ月間をかけて、ディスカッションおよびワークショップ形式の1回当たり2時間半のプログラムを、7回にわたって実施した。
一連のプログラムでは、当初、NTTソルコ側が、同社のお客さまの統計的なデータをわかりやすくまとめた資料やTwitterから抽出した同社に関する投稿を、ディスカッションの場に提示。9人のメンバーがそれぞれ、典型的と思われるお客さま像をイメージしたペルソナを2人ずつ考案した。その後、メンバーは3人ずつ3チームに分かれ、ワークショップ形式の検討作業を通じて、各チームが2人ずつのペルソナを作成。ペルソナはすべて架空であるが、性別や名前はもとより、年齢、住所、家族構成、職業といった属性情報を付与することで、まるで実在の人物のように具体的にイメージできるようにした。さらに、同社と取引を始めたきっかけや同社のサービスの利用状況といったディテールに至るまでを事細かに設定。3チームが作成した計6人分のペルソナについて、詳細な報告レポートにまとめた。
プログラムの締めくくりは、11月下旬のペルソナの発表会。これにはコールセンター関係者をはじめ、経営層や他部門の管理者など約50人が集まった。3時間に及ぶ発表会では、チームごとに考案したペルソナを紹介。それぞれのペルソナの“プロフィール”には、人物像を共有しやすいように、著名人の顔写真や、あたかもペルソナ本人がつづったかのような一人称スタイルの文章も添えられた。この日のために、各チームは入念なプレゼンテーションの練習を積んできたといい、ペルソナ本人になりきり、声色を変えての“熱演”が会場を大いに沸かせた。
各チームが考案したペルソナは、トレンドに敏感で職業人としても有能な30代から40代の男女、もしくは、悠々自適な生活を送る60代から70代の資産家の男女という、大きく2つのグループに分かれた。例えば前者は、40代の男性自営コンサルタント、30代の女性会社員などで、後者は、60代の退職した元技術者や、夫に先立たれた単身の70代の資産家女性など。発表会では、それぞれのペルソナの、同社のサービスに対する要望なども発表され、会場に集まった担当者は皆、身を乗り出し、真剣に聞き入った。質疑応答では、「メルマガは読まない」というペルソナに対し、Webプロモーション担当者が、「どうして読んでくれないのですか」と切実な声を上げるワンシーンもあったという。
2013年11月に行われたペルソナの発表会の様子
お客さまのニーズをあらかじめ想定し積極的な電話対応が可能に
こうした取り組みは、さまざまな波及効果を生み出した。以前はコミュニケータが「お客さまにセールス(売り込み)と思われ、迷惑がられるのではないか」などと遠慮して、一歩引いている場面がよく見られたが、ペルソナの設定によって電話口のお客さまのニーズをあらかじめ具体的に想定できるようになったことで、コミュニケータの心理的なプレッシャーが軽減され、もう一言質問を追加するなど対応が積極的になったといい、これを踏まえてスクリプトの一部見直しなども検討している。また、コミュニケータは、例えば手数料に関してどのような視点からどのような感想・意見を持つのかといったことを、お客さまの視点から具体的・多面的にとらえらえるようになったという。
業績の伸びが著しい同社では、市場環境が急速に変化していることから、今後も定期的にペルソナ分析に取り組むことで、お客さまの最新のニーズを把握していきたい考え。特に、「カスタマーセンター」では、顧客対応の最前線に立つコミュニケータの人材育成につながるとの期待が強く、ペルソナ分析をカスタマー・エクスペリエンス向上の有力な手法のひとつと位置付けている。