オフィス関連事業、教育関連事業、情報関連事業を手掛ける(株)内田洋行では、AR(拡張現実)を自社の営業活動に役立てるとともに、外部企業にソリューションとして提供しようとする試みもスタート。今後は、さらに技術の高度化を図りつつ、活用範囲の拡大に取り組んでいく意向だ。
多様な分野でARを活用
1910(明治43)年に事務機を扱う貿易会社として創業し、100年を経た現在ではオフィス空間のデザイン・設計などの「オフィス関連事業」、学校教育市場への教育機器・教材・コンテンツの製造・販売、ICTシステム構築などの「教育関連事業」、民間企業・公共団体向けの基幹業務をはじめとするコンピュータソフトウエアの開発・販売・システムインテグレーション・サービスなどの「情報関連事業」を手掛ける(株)内田洋行。同社ではマーケティング本部次世代ソリューション開発センターを中心にAR(拡張現実)のマーケティング活用を推進している。
同社ではARを用いたビジネスの展開に積極的に取り組んでおり、例えば教育関連事業においては、社会科(地理)の分野で児童にその概念がなかなか理解されづらい“等高線”に関して、Webカメラで等高線を記したボードを撮影するとモニター上にその等高線が意味する山などの地形のCG(コンピュータグラフィックス)が表示されるシステムをはじめ、理科の分野で1体5万~20万円程度と高価な人体模型や骨格模型をモニター上で立体的に表示するシステムなどを開発している。
マーケティング分野への活用は、このような活動を通じて培われた高水準のARを、対応分野を拡大することによってさらに有効に使っていこうとするものである。
自社のオフィス関連事業の営業活動に活用
ARのマーケティング活用としては、まず、自社のオフィス関連事業の営業活動におけるトライアルを行っている。
オフィス関連事業においてオフィス空間のデザインを受託する場合、従来、図面や模型、カタログなどを利用してクライアントに提案を行うが、クライアント側がなかなか具体的なイメージをつかめず、デザイン決定までに時間がかかったり、イメージと実物がマッチせずに十分な顧客満足が得られなかったりすることもある。そこで同社では図面や模型、カタログなどをARに置き換えることで、クライアントにより詳細なイメージを伝えることを考えた。
例えば、実際の空間に実物の机とイスのデータにひも付けられたマーカー(目印)を配置。これをWebカメラで撮影するとモニター上に実空間に配置される机とイスが表示され、サイズやデザインのマッチングなどを確認することができる。さらに、あらかじめデータを用意しておけば、イスの種類や生地の素材を変更することもできるので、さまざまなバリエーションを提案することが可能だ。
現状ではトライアルを進めながら、営業活動におけるAR活用ノウハウの蓄積を行っている段階であるが、クライアントの反応は良好であり、驚きとともに新たな技術を活用しようとする姿勢が高く評価されているとのことである。
外部企業へのソリューション提供の試みもスタート
ARのマーケティング活用を外部企業にソリューションとして提供する試みもスタートしている。その中でも有望と考えられているのが、注文住宅の分野である。
注文住宅の販売においてはモデルハウスなどで顧客に全体的なイメージをつかんでもらい、細部のバリエーションについては図面やカタログ、模型などを参考に決定していくというかたちが一般的だ。しかし、二次元の図面やカタログが伝えられるイメージには限界があり、また、多様な模型を用意するには多大なコストが必要となる。このような事情が、事業者と顧客の間でコミュニケーション不足を生み、十分な顧客満足が得られずに、時にはトラブルを招くことにもなりかねない。
そこで同社では、壁紙や照明など住宅を構成する多様な要素をデータ化して、模型の映像に組み込んでいくことで、さまざまなバリエーションを立体的な映像で確認できる仕組みなどを開発し、注文住宅メーカーなどへの提案を行っている。
実際に木造注文住宅の(株)ユニバーサルホームでは、同社が提供するAR活用ソリューションを導入し、2011年から本格的に活用することを予定している。
その内容は、Webカメラの前にマーカーを印刷した紙をかざすと、その動きに連動してモニター上の間取り図が傾いたり回ったりするというもの。紙には4種類のマーカーが印刷されており、マーカーごとに家の外観、1階、2階と異なる間取りが立体的に表示される仕組みだ。
ユニバーサルホームは全国に約130の販売加盟店があり、これまでは、新製品が開発されるごとに各加盟店が営業ツールとして模型を購入していた。しかし、模型は注文から納品までに数週間を要し、また、価格も安くはないため、費用負担も大きい。その点、ARを活用すれば、製品開発時のCADのパースをそのまま活用できるため、新製品発売後すぐに活用でき、費用負担も小さいというわけだ。
AR活用による営業支援の先進事例として注目に値する試みであると言えるだろう。
新たなレンダリングエンジンの採用による高品質ARソリューションの提供を目指す
同社ではさらに、例えば展示施設に設置するパンフレットにマーカーを印刷しておき、来場者がそれをWebカメラで撮影するとモニターに立体的な動画が表示されるソリューションなども開発しており、今後、普及を図っていく考えだ。
また、このような取り組みの基本となるARについてもユーザーからの幅広い要望に応えるため、さらなるブラッシュアップに取り組んでいる。その中心となるのが、新たなレンダリングエンジンによる高品質ARである。
レンダリングとは「形式的なデータを読み込み、データに付けられた条件や特定のルールに従って、適切な形に表現し直す」ことを意味するもので、この場合は3D映像を描画すること。また、レンダリングエンジンは「レンダリングを実行するためのソフトウエア」を指す。つまり、ARで描画されるCGの品質を決定付けるものなのだが、同社ではこのレンダリングエンジンとして、リアルタイム表示に特徴を持ち、自動車業界などで幅広く導入されている「RTT DeltaGen」を採用、ARをさらに進化させようとしている。
このARにおいては、背景用と映し込み用の2台のカメラを用意。映し込み用のカメラで撮影した画像はリアルタイムで高精細なCGに変換して、背景用カメラで撮影した画像と組み合わせる。あらかじめデータを用意しておけば、映し込んだ素材のマテリアルや表面のテクスチャーを入れ替えることも可能であり、これによって、多種多様なシミュレーションを現実に近いかたちで表現できるというわけだ。
同社では今後、このような技術の高度化を進めるとともに、その技術を生かしたソリューションの開発・提供を模索していく意向である。
人体模型(左)と住宅模型(右)のAR