「イノベーション・テーラー」をモットーに、価格帯の低い新ブランドの立ち上げやレディースのオーダー、テーラー職人育成の専門学校の立ち上げ、男性専用美容サロンのオープンなどを推進してきた(株)銀座テーラー。伝統を守りつつ新しいものを取り入れる同社の取り組みは、顧客とのコミュニケーションにおいても変わらない。
老舗テーラーはイノベーション・テーラー
銀座・並木通りに店舗を構える銀座テーラーは、1946年に鰐淵正造氏が創業した、63年の歴史を持つ老舗のテーラーである。創業以来、独自のデザイン、裁断、縫製と注文服へのこだわりで品質と個性を守り、正統派のオーダーブランドを継承してきた。メイドイン銀座の手縫いのスーツは、政財界のVIPから熱く支持されており、その顧客には著名人が数多く名を連ねる。
顧客の年齢層は30代以上と幅が広いが、メインとなるのは50代後半から60代。30~40代は、インターネットを検索して来店するケースが多い。
これぞ銀座テーラー、ともいうべき年間600着限定のハンドメイドオーダーの価格は、スーツで30万円以上。フルオーダーワイシャツは3万円以上と高価だ。そのため、バブル崩壊後の景気低迷に伴い売り上げが落ち込んだ時期もあったが、慣習にとらわれず、それまで手掛けていなかった革製品やレディース、紳士服の2次ブランド、オーダーデニムの取り扱いを開始して品揃えを拡大すると同時に、価格帯を下げることで新しい顧客層を獲得。業績の低迷を打開していった。現在は、伝統ある「銀座テーラーハンドメイド」を筆頭に、オートクチュールとパターンオーダーによる「レディース」、紳士服の仮縫い付きセミオーダーブランド「SAMURAI(サムライ)」、オーダーデニムの「Jeans Bar(ジーンズ・バー)」、ネクタイやワイシャツなどのアイテムを展開している。
中でも、合理的、構築的な洋の思想を具現化した洋服と、繊細で美しい和の伝統技術、漆塗り、西陣織、花押を融合させた点を特徴とする「SAMURAI」は、2004年に創業60周年を記念して立ち上げられたブランド。加工の一部に機械を使っているほか、手掛ける職人が異なるが、生地のランクはハンドメイドオーダーと変わらず、価格はハンドメイドオーダーの半額程度に設定されている。当初は、銀座テーラーの2次ブランドと位置付けられていたが、現在では全売り上げの約3割を占めるまでに成長した。
2006年にオープンした、オーダーメイドジーンズの「Jeans Bar(ジーンズ・バー)」は、すでに何着ものスーツを持っている固定客への新たな提案としてスタート。地道な広報活動により、今では広く知られるようになった。
品揃えを拡大する一方、テーラー職人の育成にも注力。洋服を機械に頼らず人間の手で創り上げる技術と精神、そしてテーラービジネスのノウハウを後世に伝えていくことを目的に、日本初のテーラー技術者養成のための専門学校、「日本テーラー技術学院」を設立した。このほか、銀座テーラービルディング6Fに、メンズ美容サロン「ジェントリー」をオープン。男性のためにヘアカットからリラクゼーションまで、きめ細やかなサービスを提供している。銀座テーラーは老舗テーラーであると同時に、伝統を守りつつ新しいことにチャレンジする「イノベーション・テーラー」でもあるのだ。
デジタル画像を利用してコーディネートを提案
銀座テーラーの「イノベーション・テーラー」としての取り組みは、顧客とのコミュニケーションにおいても行われている。
同社と顧客との接点は、①来店のお礼と仮縫いのお知らせ、②でき上がりの連絡、③着心地の感想伺いのタイミングで送る「手紙」、月刊紙「GINZA TAILOR JOURNAL」など。このほか、デジタル画像を活用したコミュニケーションの試みとして、2004年ごろからコーディネート提案を行っている。これは、顧客の写真を使用して顧客がオーダーメイドスーツを着用したイメージ画像を作成し、季節の変わり目に手紙と一緒に送付したり、来店時に手渡したりするもの。B4サイズの用紙に3つのコーディネート案を印刷している(写真1)。画像の背景には、四季折々の世界各国のおしゃれな街並み、オフィス街、公園などを使用。そこに、あらかじめ用意しておいたコーディネートパターンの中から顧客に合うコーディネートをセレクトし、顧客の顔をはめ込んでいくという手順で作成される。
(写真1)世界各国の街並みに立つ姿をイメージして
同社では、デジタル画像によるコーディネートを直接売りにつなげようとは考えていない。「ちょっと違う」「好みでない」「白いシャツしか着ない」といったマイナスの反応も含めて、顧客との対話を生むツールであるとともに、来店時以外にも顧客を気にかけていることをアピールするツールとして使用している。デジタル画像によるコーディネート提案の難点は、画像加工に手間がかかるところ。そのためもあって、すべての顧客には活用していないのが現状である。
接客もオーダーメイド
デジタル画像によるコーディネート提案をアレンジしたのが写真2である。顧客がオーダーしたスーツに合わせるワイシャツとネクタイ、チーフのコーディネートを提案するというもので、2005年にスタートした。以前のものも含め、コーディネート案の作成には特別なソフトウエアでなく、マイクロソフトのワードなど広く普及しているソフトウエアを使用している。
(写真2)コーディネートもオーダーメイド
ワイシャツとネクタイのコーディネート案は、仕立て上がったスーツとともに顧客に渡される。顧客からの評判はなかなか良い。マンネリになりがちなスーツの着こなしに幅が生まれることから「助かっている」という声が聞かれ、実際に、コーディネートしたワイシャツやネクタイを購入する顧客も多い。全売り上げに占める割合は少ないものの、着実に売り上げに貢献しているといえる。
ただし、デジタル画像によるコーディネート提案が効果を発揮するためには、顧客との間に信頼関係が築かれていなければならないというのが同社の考え。なぜなら、信頼関係がない中でツールに頼った短絡的なコミュニケーションを図っても、顧客に受け入れられにくく、ツールが持つ本来の効果を発揮することができないからである。
手紙を書くに当たっては、単に用件だけを伝えるのではなく、顧客と交わした会話の内容を入れ込みながら、パーソナライズした内容とするように努めている。また、手紙を送るタイミングも、先に挙げた①~③に限らず、新聞や雑誌に銀座テーラーのスーツを着た顧客が掲載されていれば、スーツを着てくれたことに対してのお礼の手紙を書くというように、機会をとらえては積極的にコンタクトしていく。老舗テーラーは“接客もオーダーメイド”なのだ。
同社の売上高を対前年比でみると、2006年度は約131%、2007年度は約139%と順調に増加させている。この不況の中でも業績を伸ばしているのは、こうした手の込んだ接客に負うところが大きいと言えよう。
今後も同社では、デジタル画像を活用したコーディネート提案と合わせて、店舗での接客や手紙によるコミュニケーションを推進することで、顧客との関係強化を図っていきたいとしている。