無形商品である「旅行」は企業側からの情報発信によって他社との差別化を図るには限界があり、各社ではいかに付加価値を出すかに苦労している。クラブツーリズム(株)は設立当初から旅の仲間づくりを促進させる仕組みとして、顧客参画制度を導入。その取り組みについて紹介する。
「顧客参画」制度を事業の大きな柱に
クラブツーリズム(株)は1980年にその前身でもある近畿日本ツーリスト渋谷営業所を運営母体として、旅のダイレクトマーケティング事業を開始した。売上高は1,412億円(2008年3月期)、取扱人員は413万人(2008年3月期)で、このうち主力商品であるバス旅行の取扱人員が全体の7割近くを占める。1985年に現在の同社の“顔”ともいえる旅行総合情報誌「旅の友」を創刊し、同誌を通した国内旅行、海外旅行の紹介を開始、近年は「大人の社会科見学」や食をテーマにしたユニークな旅の企画も数多く提案している。
「旅の友」は同社の旅行に参加履歴のある顧客を対象に毎月無料で配送されており、対象世帯数は約360万世帯(2008年1月現在)。また読者層は全体の7割以上が50歳以上のシニア世代。性別では3対7の割合で女性が多く、首都圏在住者が6割以上を占めているという。
同社は顧客とのリレーションを深めて事業を推進する「顧客参画」制度を事業の大きな柱にしている。同社の「顧客参画」制度を象徴するのが、「エコースタッフ」と「フェローフレンドリースタッフ」の存在。エコースタッフは同社の旅行総合誌「旅の友」の配送業務をサポート、フェローフレンドリースタッフは主に同社の日帰りバス旅行の添乗員業務を担当している。両スタッフの募集告知は、同社が発行する「旅の友」に随時、掲載。応募者は同社の旅行への参加頻度の高い優良顧客が中心になっているという。
“顧客に近づく、顧客が近づく”
エコースタッフ制度は1993年に、東京都世田谷区から試験的にスタートした。その後、首都圏から関西、中部と都市圏を中心に段階的にエリアを拡大。現在では全国各地に約1万名のエコースタッフを擁するに至っている。
エコースタッフの業務は、自宅に届く「旅の友」(毎月10日発行)約200冊(1スタッフ当たり平均)を1週間以内に地域の読者に配ること。エコースタッフ制度がスタートする以前は、郵便や宅配便によって配送されていたが、現在では、顧客参画を提唱する同社事業の原点ともいえる制度になっている。
同社がエコースタッフを起用した目的は、決して収入目当てで配送業務を担当してもらうことではない。自転車か徒歩で配送することで健康づくりに生かすと同時に、地域社会との交流やコミュニケーションのきっかけにしてもらおうという狙いがある。そのため、各スタッフの配送冊数を200冊にとどめることで、過度の負担がかからないように配慮しているのだ。
このように同社のエコースタッフは収入目的が本義ではなく、あくまでも同社の顧客参画という考え方に共感して応募してもらうことが前提になっている。つまり、換言すれば同社では、顧客との関係づくりに“顧客に近づく、顧客が近づく”という考え方で取り組み、心を開いて顧客に近づき歩み寄ることで、顧客も近づいてきてくれるという姿勢を基本としているのだ。
エコースタッフ制度が発足から15年間で約1万人規模にまで発展したのは、同制度のコンセプトに各スタッフが共感していること、及び同業務を通して社会参画へのモチベーションが満たされていることの証ともいえるだろう。
同社では、各エコースタッフを担当する社員が手紙や電話などを通してエコースタッフの現場における悩みや問題点を把握し、細やかなコミュニケーションを図ることでサポートする体制を取っている。エコースタッフは配送業務を通して、各地域における仲間作りのリーダー役としても自発的に活動し、地域の仲間を誘って同社の企画旅行に団体参加する事例もあるという。
もう一方の顧客参画制度であるフェローフレンドリースタッフ制度は、1997年にスタート。現在、首都圏と関西圏を中心に約600名が登録されている。フェローフレンドリースタッフは添乗業務を担うことから、あらかじめ旅程管理資格を取得してもらい、添乗員研修を経てから実際の業務に就くというフローになる。同スタッフは40、50、60代のスタッフが中心で、性別では女性が多い。
本来、添乗員経験のない人が添乗員になることから、業務に不慣れなだけに顧客からの苦情を招く懸念もありそうだが、実際には同スタッフへの苦情は非常に少ないという。同社ではその理由として、同スタッフが顧客と同世代であることを挙げている。つまり、添乗業務においては顧客と共通の話題や価値観を持っていることが重要なのだ。また、シニア世代ならではの豊かな人生経験からくる気配りも好評を博しているという。現在、フェローフレンドリースタッフは同社全体の添乗員の2~3割に当たり、主に日帰りのバスツアーに添乗している。
フェローフレンドリースタッフの報酬は、事前の打ち合わせや添乗する観光地にかかわる情報収集などを考えると、決して高い金額ではないという。しかし、こちらもエコースタッフと同じく、社会参画が生きがいと励みになり、同社社員やツアー参加客との交流によって豊かな人間関係を築けることに価値を見出しているという。
さらに国内旅行、なかんずくバス旅行においては、添乗員の親しみやすさが重要になるため、他社との差別化が難しい旅行商品の中で、フェローフレンドリースタッフの存在は他社にはない大きな差別化と付加価値を生んでいると同社は認識している。
同社の顧客参画制度に対する考え方は、売り上げに転換させることが第一義ではなく、どこまでもお客さまとの信頼関係を深めることを根本理念に置き、その延長線上に売り上げへの転換があるものと考えている。
バス旅行の添乗員として活躍するフェローフレンドリースタッフ
既存の優良顧客を超えた存在として位置付け
同社の顧客参画制度の目的は事業理念を理解してもらうことで、顧客でもある両スタッフと長期的な関係性を維持し、同社へのロイヤルティを高めることにある。そのために、両スタッフとは社員などの肩書きを抜きにした誠実で真摯なコミュニケーションを通して、同社の雰囲気、社風を認識、理解してもらうことに心を砕いている。
また、無形商品である「旅行」は、企業から内容を一方的に宣伝するには限界があり、添乗員をはじめとした顧客接点にかかわる同社社員や顧客の口コミなどによってイメージや特徴が決まると同社は考えている。そのため同社の事業理念に共感するエコースタッフ、フェローフレンドリースタッフは、同社にとっては優良顧客であると同時に、口コミ効果を伴う顧客でもあると認識。両スタッフには新たな顧客の誘引と既存顧客のリピートを促進する働きがあり、既存の優良顧客を超えた同社の企業活動を支える柱に発展しているともいえる。
その意味で同社は、エコースタッフ、フェローフレンドリースタッフの充実度が、同社の掲げる「仲間づくりによって旅を深める」という姿勢が理解、信頼されているのかを知るバロメーターになるものと考えている。今後も誠実なコミュニケーションを推進するとともに、両スタッフの社会参画意識を称え、労いと感謝を伝える表彰制度をさらに充実させるなど、良好な協力関係を築いていくとのことだ。
また今後の課題として、エコースタッフ同士、フェローフレンドリースタッフ同士の横の連携とコミュニケーションを促進する仕組みを「仲間づくり」という視点で一層強固なものとし、顧客参画制度のさらなる充実を目指していく意向だ。