国や言葉を超えたUGCの活用で積極的なグローバル展開を目指す

ヤマハ(株)

世界トップクラスの総合楽器メーカーとして、グローバルに事業を展開するヤマハ(株)。趣味性の高い楽器という商品を扱う性質上、Webとの親和性が高く、UGCの活用は同社にとって必須ともいえる戦略のひとつとなっている。2000年から、音楽に関心のある人々が集うコミュニティをネット上に形成。そして、昨年からは新たに、動画共有サービスへの取り組みを始めた同社の活動を紹介する。

デモ映像から始まった動画配信の“ヒット”度合い

 マグネシウム合金フレームで作られた20センチ四方のボディに、タテ16個×ヨコ16個ずつ埋め込まれたLED(Light Emitting Diode:発光ダイオード)ボタン。計256種類の音色のボタンを押すと、ボディがキラキラと光りだす。
 ヤマハ(株)がメディアアーティスト・岩井俊雄氏と6年ほど前から構想を練り、制作された新しいコンセプトの電子楽器「TENORI-ON」。音楽の知識がなくても、LEDボタンを使ってリズムとメロディを簡単に組み合わせられる上、視覚的、直感的に作曲、演奏できるのが特徴だ。音を重ね合わせて奏でることで、豊かな音楽表現も可能となる。価格は12万1,000円。イギリスで先行発売され、日本ではこの5月から、同社のWebサイトのみで販売されている。購入者層は30代~40代を中心に、美しい音色が好まれるためか、50代、60代の購入も少なくないという。
 この「TENORI-ON」、2007年8月19日から試作版のデモ映像をYouTube上にアップしたところ、1カ月後の9月20日には、デモ映像の再生回数が約37万回にも達したという、話題の楽器である。もともとは、同社のエンジニアが「TENORI-ON」のプロモーションの一環として演奏風景をアップしたのだが、37万回という再生回数を叩き出す結果となり、UGCの活用について社内の関心を喚起した。確信を得た同社は、その約1カ月後の2007年10月31日から、YouTube日本版に「Globalヤマハオフィシャルチャンネル」( h t t p : / / j p .youtube.com/yamahacorporation)を開設し、満を持して、本格的な動画配信サービスに踏み切ったのである。
 世界トップクラスの総合楽器メーカーとして数多くの楽器を製造し、グローバルなマーケティング活動を展開する同社にとって、動画共有サービスはまさに、打ってつけのメディアといえる。楽器という製品の性質上、生活者に楽器の音色を聴かせることが重要であるためだ。これにより、同社のW e b サイト(http://www.yamaha.co.jp/)や社内ブログ、同社および内外のグループ企業が制作した世界各地に散在する動画コンテンツの有効活用が可能となった。
 もともと同社では早くから、インターネットによるコミュニケーションの可能性を確信しており、2000年から音楽専用ポータル「ミュージックイークラブ」の中に、ユーザーが自作の楽曲を無料で発表できる「プレイヤーズ王国」を開設。楽器演奏、音楽制作などのプロだけでなく、演奏や歌を楽しむアクティブな音楽ファンに好評を博してきた。同社のブランドイメージは、信頼や伝統、手堅さといった点では高い評価を得ていたが、若さ、活力といった点では低い評価にとどまっていたことから、こうしたネガティブなイメージを払拭する取り組みでもあった。

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5月から日本でも発売が始まった、電子楽器「TENORION」。LEDボタンを押すと、キラキラと光り出す

Globalチャンネルで英語圏ユーザーに対応

 YouTube上のコンテンツ数は、英語版「Globalヤマハオフィシャルチャンネル」で100、日本語版「JPヤマハオフィシャルチャンネル」(http://jp.youtube.com/yamahajp)で50ほど。現在は英語版を同社のオフィシャルチャンネルとして活用している。なお、同アカウントの利用料は無料。
 動画配信を始めた当初は、日本語と英語の双方で配信していたが、「Globalヤマハオフィシャルチャンネル」の公開後、コンテンツのひとつである静岡県豊岡にある同社の楽器製造工場の動画が多い日で1日に約4,850回も再生され、書き込まれたコメントがほとんど英語であったことから、英語圏のユーザーが多いと分析。その海外ユーザーのために、「Globalヤマハオフィシャルチャンネル」については、英語で制作し直した経緯がある。
 「Globalヤマハオフィシャルチャンネル」の動画を再生したり、サイトへコメントを書き込むのは、ヨーロッパ、アメリカ、日本などの、いわゆる先進諸国のユーザーに多い。中には月に約100件もの書き込みをするドイツのユーザーもいるという。コメントの内容は、他社製品との比較や同社製品の優位性についてなどで、ローカルのユーザーが答えているという。コメントを付けた人々の足跡をたどり、ユーザーのマイページでプロフィールや趣味、趣向を見る限りでは、やはり実際に楽器を演奏しているユーザー像が浮かぶという。中でも、同社製品についての詳細なコメントを書き込んでくるユーザーには、すでに製品を購入し、自身でも動画をアップしている例も見られ、UGCのサイクルが回り始めていることに手応えを感じている。動画の再生は2サイト合わせて月に10万回ほど。英語版と日本語版2つの動画共有サイトはそれぞれ同社のWebサイトへリンクしており、月に5,000件ほどを同社のWebサイトに送り込んでいる。

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YouTubeの「Globalヤマハオフィシャルチャンネル」

UGCの積極的活用で広がる今後の青写真

 同社では、ユーザーにコンテンツ発信の場を提供することを狙いにYouTubeの利用を開始したというが、現状、サイト上にアップしているのは同社が撮影した動画コンテンツのみ。この背景には著作権問題が横たわっているものと思われる。しかし、ネット上には、「TENORI-ON」愛用者のコミュニティや、自身の演奏風景の動画を盛り込んだ個人サイトが存在するのも事実。そこで今後は、これらのユーザーを束ねたり、個人サイトへのリンクを張るといった取り組みを推進していく構え。このほかアイデアレベルではあるが、SNSでのUGCの収集も積極的に行っていきたいとしている。
 同社では、動画共有サービスにおける日本人のアクティビティは海外に比べてまだ低いものと見ている。そこで今後は、日本語版「JPヤマハオフィシャルチャンネル」のさらなる活性化に取り組んでいく意向。また、YouTubeと(社)日本音楽著作権協会(JASRAC)をはじめとする各権利団体の交渉の行方を見守りながら、今後は著作権等管理事業者が管理する楽曲のUGCへの活用を促進し、演奏の技術を競うコンテストや、課題曲別、年代別のコンテストなどを、距離を超えて開催していきたいとしている。
 楽器という国や言葉を超えた商品を軸に、グローバルに事業を展開する同社。同社の商品に興味を寄せる世界のユーザーに向け、著作権問題の動向をにらみながら、ユーザーのコンテンツを取り入れたメディアを順次、拡大していく意向である。


月刊『アイ・エム・プレス』2008年9月号の記事