「落語」を核に、ビジネスとブランドの両立を標榜するクロスメディア・プロジェクト

(株)文化放送

ここ数年来続く落語ブームの中で、2007年1月、(株)文化放送は、(株)小学館との共同プロジェクトとして落語音源の有料ダウンロード・サービスを開始した。落語ファンをWebに呼び込む「落語の蔵」がそれである。自前の豊富な作品の在庫を資産にサービスを開始して以降、リアルの寄席の開催も同時展開。落語に関するポータルサイトとして成長している。

「落語の総合ポータルサイト」を目指してスタート

 ここ数年来続く落語ブームの中で、2007年1月、(株)文化放送が(株)小学館と手を組み、「落語の蔵」という落語音源の有料ダウンロード・サービスをスタートさせた。一席430円という割安な価格設定が、「お宝音源をコレクションできる」と好評だという。それを核にしながら、イベント開催やラジオ番組、雑誌との相乗効果を発揮することによって、「落語の総合ポータルサイト」を目指すというのが事業の狙いである。
 同社には、番組で放送した昭和30年代からの、落語音源の膨大なストックがある。「そうした貴重で文化的な資産に、もう一度日の目を見させるのも放送局の大切な務めである」(デジタル事業局小倉研一氏)という使命感がこのプロジェクトの背景にある。
 一方、小学館でも、ある落語会の音源を使用できる権利を持っていた。出版社として落語というコンテンツのパッケージ化を考えている中で、文化放送との思いの一致が、サービスの実現につながったわけである。
 品揃えの中心は、文化放送が所有する約600席と小学館の約440席の計約1,040席。現在販売されているのは、すでに権利処理がなされた文化放送の音源が中心で、小学館の音源も権利処理を終え次第、順次リリースされる予定。加えて、関西の放送局から100席余りの音源の提供を受けることが決定し、今後、全国の放送局からのこうした販売委託も増加すると同社は見ている。
 並行して、新作のラインアップも着々と整備されている。「浜松町かもめ亭」 で録音した音源をリリースするのである。「浜松町かもめ亭」は、 文化放送本社の12階ホールを会場にして定期的に開催される落語会(入場料2,000円) で、 ビギナーを中心に、 チケットも即完売するほど人気を呼んでいる。小学館でもこの夏に「らくだ亭」の名前で、新たな落語会を開催する予定だ。すでにその出演者の大半は有料配信を許諾済みだ。これにより、音源の新旧両面での安定供給のルートもほぼ確保されたと言える。
 また、「落語の蔵」では、日本コロムビア(株)が販売している人気落語家、立川志の輔の「CDボックス」(定価1万5,000円)のバラ売りも行っている。一席550~660円で好きな演目が買えるため、好評のようだ。
 さらに、 注目したいのがマニアックなファンを持つ異色の落語家、 快楽亭ブラックの演目のラインアップ。「浜松町かもめ亭」 への出演も予定されている。このほか、 ダウンロード・サービスだけではなく、「CDで持っていたい」というニーズに応えてオーダーメイドCDの販売も行っている。「落語の蔵」が選んだ特選10席のうち好きな2席が選べ、 1枚1,380円 (税・送料込) で買えるというものだ。こうした多角的な品揃えで、ファン心理を上手に刺激し、ファン層の拡大も促している。

アクセス数がほぼ購入につながるセールス特性

 「落語の蔵」での購入には、会員登録が必要だが、クレジットカードを持っていることが条件となる。そのほかには、eメールアドレスや電話など連絡先がわかればいいレベルのシンプルな入会方法にしている。会員の詳しい情報は公表していないが、90%が男性で、そのうち、50歳以上が最大のボリューム層。首都圏が中心だが全国に会員がいるという。
 目標値として、月間2,000ダウンロード、売り上げ80万円を掲げているが、現在、ほぼそれに近い数字を達成し、ビジネスは順調に推移している。
 アクセスしてくる人の多くは、公演予定など「落語情報」の入手というよりは「聞いてみたい演目」を求めて訪れてくる。つまり、初めから購入意欲を持ってサイトに入ってくるのだ。そのため、一度ダウンロードした人の90%が購入時に「お知らせのeメール配信」を希望する。彼らに「おすすめ」のeメールを発信すると極めて高い反応率を示すという。「落語の蔵」 トップページには、 売り上げ上位10位までが表示されているが、これらが全体の売り上げの35~40%を占めている。こうした売れ筋を支えているのが、 無限に増えていくラインアップにあると言える。
 一方、バックヤードに目を向けると決済などシステムの構築と運営は大日本印刷(株)に委託している。決済はクレジットカードのみ。データ圧縮の規格をMP3にしているのは、iPodだけで聞けるのではなく、多様なリスナーのニーズに応えるためである。爆発的なヒットはないが多品種少量の品揃えが必須な商品特性上、コンテンツの拡大に従って、サーバの容量強化が必要になってくると予測され、それへの対応が今後の課題だ。

文化放送1

「落語の蔵」トップページ。豊富なラインナップが見てとれる

マルチチャネルでの認知・集客を展開

 「落語の蔵」への集客策としては、「志の輔ラジオ落語DEデート」などの番組内PRや、文化放送、小学館のホームページ上のバナー広告が活用されている。
 また、2007年5月にはバリューコマース(株)と手を組み、アフィリエイト広告を展開。現在約330サイトにリンクが貼られている。
 そのほか、落語愛好家の集う場所や媒体を通じて、正攻法の認知に努めてきた。唯一の演芸情報誌『東京かわら版』(発行部数9,000部)への広告出稿、小学館発行のシニア向け情報誌『サライ』『駱駝』への広告出稿、さらに「浜松町かもめ亭」やグループで開催する「東京お宝市場」などのイベントでのチラシ配布、そして、志の輔のパルコ劇場での定期公演時のチラシ配布などを行っている。
 こうしたターゲットに確実に届く広告展開が効果を見せ、月間アクセス数は順調に増加している (図表1参照)。今後の計画として、 SEO対策の早急な実施を最優先課題としている。「落語」 は、「新築マンション」などと同等のビッグワードのひとつになっており、「落語の総合ポータルサイト」 を標榜する以上、 常に1ページ目の上位に表示されることは必須だと考えているからだ。

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収益性よりも「社会貢献性」にプライオリティを

 「落語の蔵」では、今後、「浜松町かもめ亭」の地方での開催を計画している。地方には、東京や大阪のように常設の寄席がない。聞きたいのに機会がない多くのファンに、落語を直に聞く場を提供するわけである。プロジェクトリーダーの小倉氏は、その理由を、「ダウンロード・ビジネスの収益の増大よりも、あくまでも放送局という公的な存在として果すべき社会的、文化的な役割の方にプライオリティを置いている」と説明する。地方で落語会を興行することで、今まで文化放送とは接点がなかった人たちとも、落語を通して接点が生まれることを視野に入れている。それは、単なるプロモーション的な発想ではなく、総合的に企業イメージを追求するブランディングの考え方である。
 一方、品揃え面での展開としては、落語だけではなく講談、浪曲、漫談へと領域の拡大を考えている。
 ラジオと日本の伝統話芸。ビジネスと社会的使命。そうした要素が、クルマの両輪のようにバランスがとれた新しい取り組みこそが「落語の蔵」なのである。


月刊『アイ・エム・プレス』2007年8月号の記事