昨年秋、英EMIグループの完全子会社化した東芝イーエムアイ(株)は、Webでのコミュニケーション強化の一環として、商品である“音源”以外の要素を最大限に活かしたコンテンツ提供に注力している。著作権などクリアすべき課題も多い中で、ユーザー参加型のCM投稿キャンペーンを展開し、アーティストの知名度向上やユーザーの話題喚起に成功した。
認知メディアとして強力なWebサイト 販売への導線とエンタメ提供チャネルに活用
音楽業界のCDセールスはこの4~5年で減少傾向にある。現状の売り上げは、パッケージCDが8割、Webからのダウンロード(デジタルセールス)が2割ほど。さらにダウンロードのうち約9割は着うた®などケータイへのもので、海外にはない日本特有の動きである。セールスの減少傾向と同時進行してきたのが、ユーザーの情報収集チャネルの変化だ。CD購入者へのQRコード経由のアンケートによると、ユーザーはラジオ、雑誌などよりもWebで音楽情報を仕入れることが多く、特に最初に新譜CDの発売を知るきっかけはWebが最も多い。さらに、ブロードバンドの普及により、動画と音楽を一緒に楽しむ傾向も顕著になってきた。
東芝イーエムアイ(株)は、自社サイト内での商品販売は行っておらず、各社ECサイトのバナーを表示して誘導している。一方で、アーティストや新譜CDの宣伝・プロモーション展開においては、より早く情報を伝達できるWebでのコンテンツ提供型へとシフト。ライブの数時間後には演奏された曲目のリストをアップするなど、ユーザーとのコミュニケーションメディアとして広く活用すると同時に、参加型のプロモーションを次々に展開している。
Webのコンテンツ企画・制作を担当する同社International Repertoire Co.プロモーション部の喜田氏は、アーティスト担当スタッフと連携し、自らの手による写真や記事をWeb上にアップする。「アイデア次第で何でもできるのがWebの良いところ。自分たちの媒体ができた」(喜田氏)というように、自由さがある一方で、企画を練る際には、著作権の問題はもちろん、押し付けにならないように気を配っているという。音楽ファンの期待を最大限盛り上げ、ともに楽しむとともに、アーティストを知ってもらうきっかけへの配慮も欠かさない。
Webでの参加型企画により口コミ効果も激増
参加への仕掛け方は、アーティストのカラーや知名度などによってもさまざまだ。
2006年9月、 ジャネット・ジャクソンの新アルバム 「20Y.O.」 が発売された。その際、 アルバム内の楽曲にちなんで“コール・オン・ミー 20万コール達成キャンペーン”を実施。PCあるいはモバイルから同社サイト内へアクセスし、 該当ページの電話アイコンをクリックすると1コールとしてカウントされ、 期間内に総数20万回を達成すれば、 60分間の秘蔵映像 をストリーミング視聴できる仕組みとした。1日1回しか“ジャネットに電話をかける”ことはできないため、 20万コールの達成には、同一人物に日を改めて何回もアクセスしてもらうことが必要。そこで、 カウント途中の2万、 5万、 10万、15万、 18万コールを達成するごとにサンクスグッズ(壁紙、キーホルダーなど)のプレゼントを用意し、 継続的に参加を促す演出をした。
結果は、期限まであと2日というところで20万コールを達成。日本独自の企画にもかかわらず、海外のファンからもクリックが相次ぎ、Webのネットワークの深さに驚いたという。映像は、無料会員制のパソコンテレビ「GyaO」でも期間限定で公開した。
シカゴ在住のバンド「OK Go」は、もともとバンドメンバーによる自身の曲に合わせたコミカルなダンスを一発撮りしてサイトに公開したところ、これを真似たビデオがYou Tubeにアップされ、世界中に口コミが広がって知名度が一気に上がったグループ。その後、別の楽曲においてYouTube上で「ダンスコンテスト」を開催したところ、課題曲のダウンロード数は2日間で200万を超えたという。取材時点では、You Tubeのビデオクリップの閲覧数は1,700万回を軽く超えていた。
OK Goの企画として日本では、エム・ティー・ヴィー・ジャパン(株)(以下、MTV)と共同で「ダンス完全コピー」企画を立ち上げた。MTVと同社のサイトで告知を行い、同社サイトにて応募を受け付けた。結果、上は50代の男性から下は小学生まで約130人の応募があった。その中から30~40人に絞り込み、面接(オーディション)を経て3人を選定。彼らのダンス特訓の様子を動画でサイトにアップし、最終的に完成した動画はMTVのサイト上でも公開した。この企画はたいへん好評で、一時期、MTVの新番組内でのレギュラー企画として定着するほどだったという。
CDリリース時にCM投稿キャンペーンを展開
最近では、弱冠20歳のソウル・シンガー、ジョス・ストーンの3作目のCD発売(3月12日)および4月の来日公演の時期に合わせ、Webを中心に継続的なプロモーションを展開した。まず、CDリリース前には、リリースや来日公演情報などさまざまなニュースを各Webサイトのニュースコーナーに継続的に露出。また、Yahoo!MUSICの特集として海外映像を独占配信した。
初の試みとしては、(株)エニグモが提供する一般ブロガーによるCM投稿サイト「filmo」を活用したことがある。新譜のアルバムタイトルが“Introducing JossStone”だったことから、「ジョス・ストーンを紹介するCMを作る」というお題を設定。条件として特定のキーワードやアーティスト画像を必ず入れることを明示した。filmoのサイト上で投稿のお題と条件を告知。ブロガーは、自ら制作・編集した動画を自身のブログに掲載すると同時にYou Tube、Ask.jp、Google Videoのいずれかに投稿する。審査により受賞したブロガーには制作費が支払われる仕組みだ。投稿期間は3月初旬~27日までの約3週間。結果発表は、アーティストが来日する直前のタイミングに合わせた。
当時、filmoのサービスは開始されたばかりで、レコード会社初、全体でも2社目の試みだったため、当初は投稿動画アップには懸念があった。同社法務部やニューメディアグループなど各セクションに確認、アーティスト写真とロゴのみ使用することと、音の使用はしないことを条件に社内承認を得たそうだ。
来日後は、ライブ映像やステージ裏の様子、アーティストのコメント、filmoの受賞作品をアーティスト本人に見せたときの模様などをWebに公開した。
このように、プロモーションの進行過程をWebでも展開することで、継続的なつながりを実現。また、各ポータルサイト、自社サイトでの情報提供、ブロガーのCM制作・投稿と複合的に網を張ったことが功を奏し、3月中旬の最高訪問者数は1日1万5,000PVに上った。サイトへのアクセス数は、現在も通常の2~3倍をキープしている。
同社では、今後もWebを活用して音楽ファンと楽しみを共有し、つながりを深めていきたいとしている。
ジョス・ストーンは7月末に開催される「フジロックフェスティバル」への参加が決定している。これに先立ち、現在は、アルバム曲内のタイトルに絡めた、ユーザーの写真投稿企画を進めているところだ。ロックファンには「夏フェス」として定着している各種イベントを控え、イベント会場とWebとを連動させたさまざまな企画を計画中だという。次にどんな企画が飛び出すか、楽しみである。
同社洋楽サイトのトップページ。アーティスト情報だけでなく、プロモーションビデオ視聴やスタッフによるブログなど、にぎわいに満ちている(http://intl.jp/)