2005年2月、Webサイトのリニューアルと同時に、新聞社として初のブログを立ち上げた神奈川新聞社。報道機関である同社が、地域情報を軸として、生活者のコミュニティ作りに乗り出している。前例のない取り組みに、全国からさまざまな企業が視察に訪れている。
地域住民へのニッチな情報発信でサイトのコミュニティ化を企図
IT環境の進展は情報のあり方を変え、既存メディアのあり方をも問い直している。新聞社も例外ではない。販売部数の低下、業績不振の流れに逆らえず、例えば仏フィガロは大手兵器メーカーの子会社となり、リベラシオンは国際金融財閥との縁組みに生き残りをかけている。また、国内では、朝日新聞社が2004年10月より無料会員制クラブ「アスパラクラブ」を発足させ、購読者の会員化を図るなど、顧客維持を目的とした動きがみられる。
そんな中、2005年2月1日から、新聞社として初のブログを立ち上げ、注目されているのが神奈川新聞社だ。同社は1996年から、Webサイト「神奈川新聞Web」を展開してきた。しかし、「続けていくうちに、ニュースサイトとしてのWebに限界が見えてきた」と同社メディア局長の松澤氏は言う。2003年時点で、通常時は月間PVが約400万件で頭打ちになる一方で、高校野球など話題性のあるニュースがあると700万~800万に跳ね上がるなど、PVが外部要因に左右され、Webを使ったビジネスモデルを描きにくい状況があった。こうした背景から、単純なニュースではなく、ユーザーの関与度が高い情報を公開していくサイト改善の方向性を模索していたのだ。
「サイトのコンセプトをニュース配信というよりもコミュニティとし、大手全国紙が参入しにくい地域情報や住民が持っている情報を発信していくことで、顔が見えている人同士のサイトを作っていこう、と考えたのです」(松澤氏)。そのコミュニティを提供するには、ブログが最適なツールだった。
2004年夏より、スタッフ6人が、それぞれ個人でブロガーとなって勉強を重ね、2005年2月1日、神奈川新聞Webをリニューアルし、会員制コミュニティサイト「カナロコ」を立ち上げたのだ。
新聞社によるブログの試みに反響大 初日で600万がアクセス
「カナロコ」はユーザーが作っていくサイトである、という観点から、サイトデザインに気を配った。一見して「神奈川新聞社のWebサイト」という印象を持たれないよう、サイトの名称を「カナロコ」と変更して親しみやすさを演出したことに加え、キャラクター「カナロコ星人」をナビゲーター役として配置。また、トップページでは、生活情報中心のブログ「MM(みなとみらい)ブログ」や、コアなファン向けのブログ「ベイスターズフィーバー」を前面に押し出した。
サイト内では、6つのブログを展開している。前述のMMブログ、ベイスターズブログと、ニュースブログ、カナロコ編集部ブログ、Live Market(県内ライブハウス情報コーナーの一部)、ゆにねっと(福祉関係コーナーの一部)だ。
ブログのコンテンツは、ニュースと編集部ブログ以外は、登録制のブログライター「ホロホロさん」(ハワイ語で「ぶらぶらする」の意)が作成している。現在、登録済みのホロホロさんは22名。登録希望者が多く、現在登録待ちのライターもいるという。
現在、アクセス数は未公表。当初、サービス提供のミニマムラインとして想定していた目標数値は、月間PVが1,000万。ところが、ふたを開けてみると、初日のヒット数が600万に到達した。アクセスが多い時間帯は、午前9時から10時、11時から11時半、午後4時半から5時と、大きく3つの山がある。これを松澤氏は、勤務先からのアクセスと見ている。
「出社時、昼食前、退社前という波が顕著ですね」(松澤氏)
ニュースブログという試み
前述の通り、同社の「カナロコ」は会員制を採っているが、会員数は先行募集だけで900名、1カ月で3,000名となった。応募が集中した理由に、ニュースに対してコメントができ、その内容が公開されることがある(現在は会員外でもコメントでき、公開はしていない)が、近日中には会員だけがコメントできる仕組みに移行する予定だ。一番の問題は、ニュースの信頼性の保持。「当面は、24時間交代制で張り付きます。誹謗中傷、名誉毀損は削除する。削除についての苦情には、メールでやり取りする予定です」(松澤氏)
なお、応募者は、ほとんどが非購読者。通常の新聞掲載記事に対する目に見える反応は極めて少ないが、Webサイトに寄せられる反応はダイレクトに見ることができる。ニュースに対して自分の意見を述べる社会性の高いブログが増えていることからもわかるように、「一般の方々が社会に向かっていかに発信したがっているかを実感した」と言う松澤氏は、「記者による情報発信で終わらせず、新聞社のノウハウと、市民の持っている情報がコラボレーションできれば面白いモノができる」と意欲を見せる。
スタッフも一員となってコミュニティを活性化しターゲット層の形成を目論む
ブログ運営による、担当者の意欲向上という好ましい効果も見られる。カナロコ編集者ブログがそれ。運営に当たっては、担当者がコミュニティの一員として視点を低くもち、記事とは違った言葉で「語る」ことを心掛けているという。編集サイドの手探りのサイト更新・運営状況の報告に、生の声が返ってくる。「ビジネスブログのひとつのメリットは、客の顔が見えてくること」(松澤氏)。サイト上のやり取りが、編集サイドでも励みになっていると言う。
同社ブログは、開始から2カ月と、始動したばかり。
「現段階で販促効果が目に見えるわけではないが、ユーザーから『こういうことをやる新聞社だったのですね』というコメントもあり、プレゼンスの向上につながっているという感触がある」(松澤氏)
当面は、ブログ運営の効率化と地域情報の充実が課題だ。ブログはビジネスとなりうるか否か、という問いに、現時点では未知数と答える同氏。PVを上げていけばサイトの広告収入的なビジネスモデルはあり得るが、現状はビジネスモデルと言えるまでの規模には至っておらず、運用コストをまかなう程度。ただし、近く新設する「デパ地下ブログ」では、将来的に成果報酬モデルを志向していくという。これは、横浜駅近くに集まるデパートの地下売り場担当者がライターとなり、さまざまな情報を発信するというものだ。
マーケティングの観点からは、ブログを継続していくことでターゲットとすべき母集団が見えてくるとみている。母集団が見えるということは、マーケティング・ツールに使えるということ。会員の方に合わせたリアルなイベントを行うなど、彼らに対して何ができるかを今後模索していく予定だ。
今後は、ニュース速報や、全記事データベースとの連携がカギとなる。本格的に稼働するのはまさにこれからの「カナロコ」の動きに、ひき続き注目したい。
「カナロコ」のブログサイト。一見して新聞社のサイトとはわからないデザインだ。カナロコ住民登録をするとニュースブログにコメントできる特典がある。会員制サイトの試みは始まったばかり