教育産業では今、少子高齢化の影響をダイレクトに受け、シニアパワーが全開だ。しかし、価値観が多様でこだわりの強いシニアは、マス・マーケットにはなり得ない。彼らのチャレンジ精神を喚起し、自己実現と社会貢献の機会と、新しい人間関係を構築するコミュニティを提供することが、シニアビジネスの成功につながっている。
パソコン教室のサロンは仲間作りの拠点
シニア層の特質を挙げると、学習意欲が高く、社会への貢献願望も強い。また、子どもとの近居やカルチャースクールヘの入会、ツアーへの参加、介護付きマンションへの転居などの理由の根拠に、「話し相手や仲間がほしい」という孤独感が垣間見える。さらに、パソコンの普及率が6割、携帯電話が4割と、IT化の影響をシニア層も受けるようになった。
こうしたシニアの現状にいち早く目を付けたのが、(株)ホーム・コンピューティング・ネットワークである。同社はもともと回線のインフラ整備を目指していたNTT東日本(株)と、パソコンスキルを持った女性が自宅で独立して働く道を提供しようとしていた人材派遣業大手の(株)パソナが1995年に合弁で作った会社であり、当初からフランチャイズ方式で全国に地域密着型のパソコン教室を展開、パソコン周辺機器の販売も併せて行っていた。
同社が現在メインターゲットに据えているのは、アクティブ・シニアだ。2002年末の総店舗数は440教室、受講生総数は延べ16万人、常時2万3,000人の受講生がどこかの教室で学んでいる。このうち6割が50歳以上のシニアだという。何がそんなにシニア層の心をとらえたのか。その理由を同社社長の河村直人氏に伺ってみた。
第1の理由は、パソコン教室のカリキュラムの照準を初心者に合わせ、平易な言葉、分かりやすいテキスト、無理のない進度、6~7人の少人数グループでFaceto Faceの指導を行っていることだ。これなら、パソコンが初めてというシニアでも、抵抗なく学べ、気軽に質問でき、毎週仲間に会うのを楽しみに、途中で挫折することなく学習を続けられる。
第2の理由は、週1回2時間の学習×6カ月=計48時間を1クールとして販売していることだ。1カ月の月謝は1万円程度で、年金受給者でも無理なく支払える。しかも一度申し込むと、6カ月は同じクラスで勉強することになり、パソコンという共通の趣味を持ったクラスメイトと気心も知れ、顔馴染みになれる。さらに講習終了後も、同社が企画したさまざまなイベントへの参加を通して、ここで出会った仲間との人間関係を継続できる。話し相手や仲間を求めているシニアには、絶好のチャンスだ。
同社にとっても、1人当たり最低6万円の収益を見込める。さらに技術の習得に時間のかかるシニアの多くは平均1年半、長い人では5年くらい教室に通ってくれる。これほどの安定収入源はないはずだ。
第3の理由は、授業を前半と後半に区切り、合間に休憩時間を設け、和風のサロンで仲間とお茶を飲みながら、おしゃべりを楽しめることだ。仲間と親交を深める空間と時間を提供しているのだ。また教室外でも、ピクニックや旅行、忘年会、クリスマス会、新年会などのイベントを開催。教室で築いた人間関係をさらに深められるよう、コミュニティ機能を充実させている。地域密着型と言われる所以は、ここにある。
このほか、全国の受講生の会員組織「パセリ倶楽部」( パソコンでセイカツをリッチにするところから命名)を結成し、会報紙を発行。また同社は、インターネット・プロバイダとして、会員やOB、OGを組織化。メールマガジンを配信し、同社のコンセプトの浸透を図る一方、チャットによる会員の交流の場なども提供している。
第4の理由は、パソコン操作の習得を最終目標とせず、パソコンを生活の一部に取り込み、楽しく暮らすためのツールとして活用することを目指している点だ。これは、競合他社との大きな違いである。
河村社長いわく、「パソコンは、シニアにとって大切な自己表現ツールになります。習って操作を覚えるだけでは意味がありません。知識や技術をインプットするだけでは、時間が経てばすぐに忘れてしまうでしょう。目標を設定してチャレンジ精神を喚起し、自他ともに認める成果を作り出すこと、つまりアウトプットに重点を置いています」。
例えば、パソコンで孫や子ども、仲間とeメールで交信する。仲間といっしょに旅行へ出かけたり、子どもや孫の記念日に、デジタルカメラで写真を撮り、それをeメールで送ったり、アルバムを作成する。これまでの長い人生を振り返って自分史を書いたり、年賀状や暑中見舞いのハガキをデザインするなど、好奇心をかき立てる実践的な指導を行っている。
第5の理由は、講座終了後のアフターサポートシステムが充実していることだ。「ハッピー会員」になれば、講座終了後も、こんなことが知りたい、ここが分からないといった疑問や質問をいつでも気軽に聞くことができる。また、もっとスキルアップしたい人のためには、ステップアップ講座も用意している。さらにスキルを極め、パソコンで仕事をしたい人のための専門コースもある。このスキルを他人に教えるかたちで活かしたいという人には、マスターコースもあり、これを修了し、文部科学省の財団から認定をもらえれば、社会に貢献する道も拓かれる。
このように、初心者向けの無理のない指導体制に安心感を抱いて申し込み、コミュニティ機能と自己実現の場に満足感を覚えて継続するシニア層が多いというのが、ビジネスとして成功している大きな理由のようだ。
共感を呼ぶおもてなしの心がシニアビジネス拡大のカギ
次に今後の課題について聞いてみた。シニアはマスコミが流す情報には限りなく懐疑的だが、自分が信頼を置いている仲間からの口コミ情報には敏感に反応する。楽しければ友だちも仲間に引き込む。シニアは全国の各教室に新規顧客を呼び込み、生徒数を拡大するキーマンになり得る。逆に悪い口コミが広がると、教室運営を揺るがすことにもなりかねない。それゆえ、生徒に直接対応する窓口となるチューター(講師)の教育と、コミュニティ空間作りへのバックアップが、今後の発展の大きなカギを握っている。
そこで、同社が特に力を入れているのは、全国に1,000人以上いるチューターの研修である。教室長以外の採用は各教室ごとに行っているが、シニアとジェネレーションギャップのない世代から選出している。研修は本部で一括して実施している。研修のポイントは、①パソコン教育サービスのティーチング・スキルだけでなく、②一人ひとりのシニアの個性や趣向に合わせ、共感を呼ぶ「もてなしの心」、③教室を地域に密着した仲間作りの拠点にするプロデュース・スキル、④パソコンを通して人間関係を構築するコミュニケーション・スキル、などの育成にある。10日間を1セットとした初期研修のほか、技術研修も定期的に行っている。また、チューター同士の連携を強化し、お互いに切磋琢磨するよう、勉強会の開催も奨励している。
「パソコン教育サービスもシニアビジネスも、マス・マーケットにはなりません。価値観は人それぞれ違うからです。パソコンは人間が操作しないと動かない機械に過ぎません。われわれが提供しているのはモノではなく、サービスです。重要なのは、何をサービスとして提供するかです。そこでわれわれは、パソコンを使って何が実現できるかを伝え、シニアが求める自己実現と社会貢献、人間関係の輪を広げるチャンスを提供しているのであり、このコンセプトに共感していただける方々と密接な関係を築いていきたいと考えています」と、河村氏は同社の基本姿勢と市場予測を明快に語る。