優れた人材をさらに磨きあげ、これを有機的に結び付けることでサービスマインドを持った強固な組織を築く。そこに「顧客志向」という理念を通すことで、サービスNO.1企業としての品質を維持し続ける、シンガポール航空の取り組みを紹介する。
安全性、信頼性、経済性が品質を作る
サービス品質においてシンガポール航空が目指すのは、「安全性、信頼性、経済性の3つを満たす顧客サービスを最高の品質で提供し、顧客満足度NO.1の地位を獲得すること」(日本地区 広報・アライアンス部部長 岡本和寿氏)だ。ここで言う「最高の品質」とは予約、チェックイン、機内など、旅行の全過程において、「途切れることのないサービスを提供すること」を意味する。航空会社の使命は顧客が旅行を楽しむための、プラスアルファの演出とサポートであり、これを実現するためには、機内の座席、食事、エンターテインメントなどのプロダクトに加え、予約センター、チェックインカウンター、機内における接客などのサービスを含むトータルな製品としての価値を維持・向上させる必要があると考えられている。そして、これを「人材=資産」「全員参加」「顧客志向」などの企業理念が支えているのだ。
人材は資源であり、ブランドそのもの
同社では顧客満足を形成する要因を 「サービス」「プロダクト」「ネットワーク」、そしてスチュワーデスを意味する「シンガポール・ガール」の4つに求めており、スチュワーデスをコーポレート・アイデンティティ(CI)を表現するブランディング・ツールのひとつと見なす。
客室乗務員は約150名。全員がシンガポール在住の正社員であり、契約社員およびアルバイトはいない。人材募集は各国で行われているが、採用に当たっては優れた判断力や機転をきかせる能力を強く求める。採用が決まるとシンガポールへ居住地を移し、4カ月にわたって、ほぼ缶詰め状態で教育を受ける。教育の内容は、飛行機の知識やギャレー(厨房設備)の扱い、飲み物サービス、アナウンスなど基本的なものから、メークアップまでと幅広い。制服に負けない見栄えのする、シンガポール・ガールのイメージに合ったメークアップ・テクニックを学ぶのである。化粧品やマニキュアの色まで細かな規則があり、ブランドイメージの統一を徹底している。広告やテレビコマーシャルに登場しているのは現役のスチュワーデス。これは、ほかの乗務員のモチベーションの維持・向上という二次的な効果も生んでいる。
文化教育も重視されている。同社は5大陸、32カ国とのネットワークを持ち、乗客の国籍・民族はともに多様。食事のセッティング法、質問に対する受け答えを含め、顧客に極力、文化的なギャップを感じさせないよう、日本文化、イスラム文化、ヒンズー文化、西欧文化に関する教育を徹底する。一度トレーニングを修了した後も一定のサイクルでこれを繰り返し、サービス品質の再確認を行う。
マネジャーに対する教育も徹底
同社が重視しているのは、接客現場を担当するスタッフに対する教育だけではない。スタッフのマネジメントを担当し、そのモチベーションに深いかかわりを持つマネジャーの教育も同様に重視している。
「マネジャーはスタッフに対する責務とリーダーシップを求められる。意識改革を行うことで、より広い観点からより適切な判断を行うことが可能になる」(岡本氏)という。岡本氏自身、スティーブン・R・コヴィー博士によって提唱された「7つの習慣」に基づくトレーニング「ベーシック・マネージメント・プログラム」を受講した。マレーシアの首都クアラルンプールで2001年2月26日~3月2日にわたって行われたこの訓練には、世界各国からマネジャー約30名が参加。悩みや達成感を分かち合いながら、自分は変革可能であることを学んだという。マネジャークラスの意識改革による高いモチベーションは、現場へも伝播していく。また、優れたリーダーシップを持つマネジャーの存在それ自体が、現場スタッフの心をふるいたたせ、最高のサービスの実現に向けて「自分にも何かができる」という意識の向上につながるのだ。
同社が全スタッフにかける訓練費用は年間1億シンガポール・ドル(約70億円)以上と発表されている。「企業にとっての最大の資源は人材」(岡本氏)との理念に則り、持てる資産=人材を最大限に活かす施策がとられているといってよい。
また、社内の風通しのよさ、上司に対しても自らの意見を堂々と伝えることができる企業風土も同社の特徴だ。各セクションにおいて、マネジャーがスタッフとの意思疎通を行うミーティングを行うだけでなく、セクション横断的なミーティングも頻繁に開かれるという。各人の能力=資産を最大化するだけでなく、それを有機的に結び付けて結果につなげるような、強い社内のネットワークを構築することによって、全社員が顧客満足、売り上げ、企業理念の実現に関与しているのだという「全員参加」の意識を高めている。
真のサービスは顧客に導かれ生まれる
それでは、同社が目指す「顧客志向」とはいったいどのようなものなのか。それは「顧客が望むことに対して投資すること」だ。企業側が「これは素晴らしいサービスです」と一方的に顧客に提案するのではなく、まず顧客が何を望んでいるかを知り、それを実現するために最大限の努力をすることが、真の顧客志向だと考えているのである。この「顧客のニーズ」をキャッチするための、また、課題やウイークポイントを洗い出し、さらなるサービス向上につなげるための仕組みが「SPS(Service and Performance Survey)」だ。
SPSはコメントフォームと、フィードバックの2つから成る。前者は、搭乗した顧客に対するアンケート調査を指す。世界各国の路線で抜き打ち的に行うもので、客室乗務員のチーフが1回のフライトで何名かの乗客をアトランダムに選出してフォームへの記入を依頼する。質問事項は機内に関する事柄だけでなく、予約センターやチェックインカウンターまで、サービスの全課程をカバーする。どのポジションを担当するスタッフにも緊張感を与え、常に顧客の目を意識して業務に当たるよう促す効果も期待されている。
後者は、本社が立案した戦略とともに、シンガポール本社に集められた顧客の声を、各国の支店長に届けるために配布するものだ。例えば国内のホームページの「問い合わせ」コーナーに寄せられた顧客の苦情や賞賛は、英語に翻訳されて本社へ送られる。これらの情報を国別に整理して冊子にまとめたものを、各支店長にフィードバックし、サービス改善に活かしている。
同社にとって顧客志向は、単なるスローガンではない。業界に先駆けた新たなサービスを次々と生み出す起動力は、顧客志向という理念そのものにある。同社は、旅行雑誌「Travel & Leisure」の読者から1996年以降、8回連続で「ベストサービス賞」に選出されている。2003年の得点は90.78。2位キャセイ航空(86.40)、3位タイ航空(85.68)を大きく引き離しての受賞となった。2002年6月には、ビジネスクラスにファーストクラス並みのシート「スペースベッド」を導入。今年7月からは、機内の全座席に設置されているモニタースクリーンとコントローラーを使って、地上へのeメール送信を可能にした。その取り組みを挙げればきりがない。
「顧客の要望はとどまるところを知らない。そういう意味でサービスに“ゴール”はないと言える。顧客の要望に応え続けること、それ自体がサービス業の宿命」と岡本氏は語る。顧客志向を追求した途切れることのないサービス開発と、それを実施するための人材育成。これらを柱に、品質向上に向けたあくなき挑戦は続く。