「企業の公器性」が経営のバックボーン
社会のニーズに基づいた製品の提供をミッションとするオムロン(株)では、車の交通量や渋滞状況などの交通情報を集中管理し、スムーズな交通の流れを実現する交通管制システム等を提供する一方、銀行のATM、CD、POSや、CAT等のシステムの開発・製造を行っている。このほか、駅や空港ですっかりおなじみの自動改札機の実用化(1967年)をはじめ、自動券売機、自動精算機などの分野においても、独自のカード技術、データ処理技術を活かした、大量かつ多彩なデータを総合処理するトータルなシステムを構築。こうした技術は、複数の路線で共通カードを使用し、よりスムーズな通行環境を実現するストアードフェアシステムなど、新たな社会インフラに活かされている。同社の経営のバックボーンは「企業の公器性」なのだ。
こうした中、同社は自動改札機を利用した新しいサービスを開始した。ぴあ(株)と提携し、東京急行電鉄(株)の協力のもと、2001年9月より東横線で始めた携帯電話への情報配信サービス「goopas(グーパス、以下同)」である。
コンテンツ配信に自動改札機を利用
「グーパス」は、ユーザーが定期券で自動改札機を通過した直後に、行き先周辺の情報を携帯電話にメール配信するサービス。ユーザーが自動改札機を通るタイミングを情報配信の絶好の機会ととらえ、また「グーパス」への入会を通じて得られるユーザーの行き先や、属性、嗜好等を配信情報の絞り込み条件にするという発想から生まれた。配信するコンテンツの編集はぴあが行っている。
「グーパス」に入会すると、朝夕の駅の入場時・出場時にそれぞれ1回、1日計4回、会員ごとにカスタマイズされた情報が、日替わりで提供される。例えば、朝、改札を通る時には「会社の近くでアフター5を楽しめるライブ・スポット情報」、金曜日の帰りには「週末のお出かけ情報」などといった具合に、身近ですぐに活かせる情報を提供するのだ。
「グーパス」プロジェクトは、固定電話と比べても驚異的な普及台数を誇り、将来的に日常生活に欠かせないツールになるであろう携帯電話と、同社が得意とする駅の自動改札機を連動させて顧客に新しい価値を提供するという構想のもと、2001年1月にスタートした。そこで同社がたどり着いたのは、通勤・通学に片道1時間を費やす場合、年間でおよそ1カ月にもなる駅にいる時間・駅を通過する時間をもっと楽しいものにするという発想であった。また同時期に東京急行電鉄でも、通勤・通学の鉄道利用における新しい付加価値、さらには沿線の活性化につながるサービスを模索していた。両者の思惑が見事に結実したのが「グーパス」というわけだ。
パイロット運用に際しては、会員の募集を1万名に限定し、大々的な告知は一切しなかったが、口コミでそのうわさが広がり、募集開始から2カ月足らずで定員に達するほどの好評ぶりであった。
「グーパス」に寄せられた会員の声が掲載された機関誌「goopasにゅ〜す」
それぞれの「グーパス」のメリット
「グーパス」のメリットは以下の通りだ。
一般に携帯電話・メールは、通勤・通学、待ち合わせ等のいわゆる「すき間時間」に使うことが多いと言われているが、まず会員にとっては、この「すき間時間」に自分の趣味・嗜好に合致したコンテンツに触れることができるのが大きなメリットであると言えよう。
コンテンツ提供者のメリットとしては、「グーパス」は、個人の属性、嗜好や場所、時間に合わせたコンテンツ提供が可能であるため、高いアクセス率と精読率が期待できることが挙げられる。実際に「グーパス」を介してのサイトやクーポン画面へのアクセス率は、従来の紙媒体の4〜5倍にも及んでおり、紙媒体の多くが数%であるのに対して、30〜40%を上回ることも少なくないという。また、アクセスの時間帯が比較的分散しており、特定の時間帯に集中していないことや、レスポンスが速い(5分以内に4割がレスポンスしている)ことも「グーパス」の特徴だ。さらに会員の行動予測に合わせたコンテンツ提供により、利用・通過駅周辺の店舗やイベントへの誘導にも有効である。
これまでの事例としては、「グーパス」でのみ宣伝活動を行っていた一般的に見て高価な部類に入るレシピ本の売れ行きが、かなり好調であることが挙げられる。また、例えば、コンビニのサイトへのアクセス者の多くは10代、20代の若者ではなく40代、50代の男性である、化粧品のサイトに男性のアクセスが多いなど、従来の予想とは異なった顧客の行動パターンが発見できることも「グーパス」の利点であり、今後の新たな市場開拓の可能性も示唆している。
東京急行電鉄のメリットとしては、運賃収入以外の新たな収入源の確保、旅客サービスの向上、前述の沿線の活性化などが挙げられる。
「グーパス」の画面例
3年後には会員数を100万人に
「グーパス」会員の構成比は、10代、20代が6〜7割。その男女比はほぼ半々。残りの3〜4割の中では30〜50代の男性が多いという。意外なことに30〜50代の男性会員からのレスポンス率は非常に高く、以前実施した、沿線のユーザーのお気に入りのスポットを募る「おしえてグーパス」ではこの層から1,000件近くの投稿があった。同社では「グーパス」がこのような高い年齢層と携帯電話やメールの距離を縮め、親近感を高めることに一役買っていると見ている。
「グーパス」の配信は現在のところ基本的に平日のみ行われているが、クライアント・顧客の要望に合わせ、将来的には土・日・祝日の配信も行う予定。
今後の「グーパス」の方向性としては、よりユーザーがわくわくできるようなコンテンツを増やすこと、イベント等への誘導性の強化、さらには、会員が普段見過ごしている“未知の地”への誘導等を目標に掲げている。
参加企業および団体は2001年12月現在で30社を数えているが(図表1)、ほかにも協賛の意思を表明している企業はかなり多く、東京急行電鉄だけでなく、ほかの鉄道会社との提携も実現していきたい考えだ。会員数も3年後には100万人を目標にしている。
また、「グーパス」のノウハウを活かして、同社が手掛けているさまざまなインフラを利用した街の情報発信源的なシステムの構築も視野に入れている。