感性工学をベースにした「VACAS」
1872年創業。国内大手の化粧品メーカー資生堂は、創業当初から「消費者主義」を掲げ、顧客の要望に応える商品やサービスの提供に努めてきた。それには顧客の声に耳を傾けることが第一と、顧客とのコミュニケーションを深める活動にも力を入れてきた。そして1999年6月には、それまでのコンシューマーズ・センターを一層拡充させた「お客さまセンター」の発足に至る。これは4つの部門からなる、「ソフト&コミュニケーション本部」の一翼を担うものであり、企業からの一方通行でない、企業・顧客双方向のコミュニケーションを目指すものである。
同センターには年間45万件におよぶ顧客からの声が集まる。それらの声を同社では、1996年に導入した顧客情報システム「ボイスネットC」で一括管理している。これは①お客さま相談支援システム、②お客さま情報入力システム、③お客さま情報解析システムの3つからなるものである。同社では、このように「ボイスネットC」に入力された顧客からの意見や要望をデータとして蓄積してきた。「ボイスネットC」は検索性に優れたシステムであり、各部門の担当者が必要に応じてデータを引き出すことができる。同社ではこれらのデータを多角的に分析することで、新たな商品の開発や改善に迅速に反映させてきた。
以上のように、「ボイスネットC」を駆使することで、顧客データを活かす社内体制を目指してきた同社だが、顧客データをもっと効率的に商品開発に活かせないかという思いから、さらに優れたシステムの研究・開発を進めていた。
このような経緯を辿り、同社がこのほど開発に成功したのが、感性工学をベースにし、消費者の潜在価値・感性価値を把握するための新しい調査・分析システム「VACAS」である。
「VACAS」は同社が「感性工学的手法」と呼ぶ手法群を用いることで、商品作りに顧客の潜在ニーズや感性を適合させ、失敗を減らし、成功する確率を高めることを目的としたもの。「感性工学的手法」は顧客の深層心理の中に存在する顧客にとっての商品価値を導き出す4つの手法と、商品の価値を効率良く顧客に伝えるための3つの手法からなる(図表1)。
顧客の存在価値・感性価値を把握するための4つの手法
①「定義法」は、顧客の商品に対する「まだ満たされていない価値」をとらえる手法。顧客のもつ「感性価値の解明・把握」を目的とし、既存商品の定義と理想の商品の定義を対比させることで、商品に対する価値観をとらえる方法。対象商品を決めた上で、まず顧客の対象商品に対する価値意識を既存商品と理想商品の対比からまとめることで、その感性価値をとらえる。次に顧客の感性価値に照らした商品・コンセプトのパフォーマンスを検証する(ポートフォリオ上に円の大きさで表現することなども可能)。最後に必要に応じて集計表にまとめる。この表から、新しい商品作りのヒントを得ることができる。
②「文章完成法」は商品に対する「お客様価値」の理解論理を探る手法。これは「感性価値理解の理論構造の把握」を目的とし、“(調査したい商品・コンセプト)は(A)なので(B)だから(C)である”といった文章の括弧に該当するワードを書き入れることで、「お客様価値」の理解論理を探るもの。
③「CSポートフォリオ」、④「悩み改善度」は、商品の総合評価に大きな影響を与える評価項目を把握し(「CSポートフォリオ」)、商品が実際に顧客の悩みをどの程度改善したかを測ること(「悩み改善度」)で、商品の顕在価値と機能価値を検証するもの。
「CSポートフォリオ」は顧客にとって何が重要な機能なのかを把握することを目的とし、商品に対する評価の優先順位を割り出すことで、より良い商品作りへの指針を提案する。「悩み改善度」は「実際のべネフィットの把握」を目的とし、商品が解決できる“悩み”のボリュームを把握することで、“顧客にどんなよいことをしてあげられるか”、また、商品が設計の意図と合致しているかどうかを検証するとともに、意図した以外にもベネフィットがないかを探るもの。
商品の価値を効率良く顧客に伝えるための3つの手法
①「連想法」は商品に込めた「顧客にとっての商品価値」の理解をうながす手法。商品から連想されるものをあらかじめ調べ、逆に連想されたものを提示することで、どのような商品かを想起してもらうことができる。「連想法」は「感性価値を取り巻くイメージの把握」を目的とし、商品から連想されるさまざまなイメージを集約し、その結果を商品開発や情報開発に反映させるデータとして活用するものである。連想された複数のアイテムを組み合わせて提示することで、より「対象商品」を想起しやすくなり、また、新たな提案で「対象商品」をイメージさせることを定着化させ、新銘柄へのムーブメントを起こさせるきっかけ作りにもなる。
②「配置法」は商品に対する「お客様価値」のポジショニングを理解する手法。すべての商品のイメージは、たとえば、[硬─軟][動─静]の2軸でポジショニングすることができる。「配置法」は「商品のイメージ・ポジショニングの把握」を目的とし、既存商品に対するイメージや顧客の指向性をカラーやデザイン、好きなタレントといったさまざまな角度から質問することで、提案したい商品のポジショニングを探る有効な手段となる。ここで、既製のイメージ・ポジショニングを踏襲すれば、典型的な商品になり、ポジショニングをまったく無視した商品作りを行えば、まったく新しい提案のある商品ができるわけだ。
③「高感度差異抽出法」は商品のもつ相対的な価値を把握する手法。ヒトの認知は類似性と対称性の集合体であり、「高感度差異抽出法」は、そこから「商品の強み・差別化ポイントの把握」を行う方法である。商品の類似性と対称性を把握することで、顧客の認知の切り口をとらえることができる。これにより、今まで見えなかった、商品特徴が浮き彫りになり、新たな商品のポジショニングの設定に寄与することができる。
「感性工学的手法」の活用例
同社では2000年8月より「VACAS」の活用を開始し、同社以外にも数社で試験的に活用しはじめている。膨大な質問に答えることで得られたデータを分析して導きだされた結果は、さまざまな用途に活用される。特に有用なのは「商品開発」。「定義法」を用いることで、「理想」と「現在」を視覚的にとらえることができ、これに基づいた顧客の潜在ニーズを把握し、そのニーズを満足させることによる「新たな感動を与える商品=顧客が買いたくなる商品」を開発する指針とすることができる(図表2)。
また「連想法」では、職業別、年代別、性別等にカテゴライズして、カテゴリーに特有の「感性」を探ることができる。ここから「商品に期待されているが足りないもの」などを抽出することができ、これも商品開発のきっかけ作りにおいて大きな意味をもつ。
ほかにもたとえば、「配置法」を用いることで、商品のイメージにマッチするタレントなどを選出し、コマーシャルに起用するなどという活用法も考えられる。さらに「高感度差異抽出法」を用いて商品の「弱み・強み」を探ることにより、社内に類似した商品を乱立させてしまう、「社内競合」を避けることができる。
感性工学的手法はこのように、さまざまな切り口から商品を検証することで、商品についてより理解を深め、さらに、「顧客が買いたくなる商品(=売れる商品)」を開発するためのツールだ。
近い将来、同社をはじめとした、多くの企業から、「VACAS」を母体としたヒット商品が、多数世に送り出されることだろう。