顧客との信頼関係を築きセルフ・メディケーションを推進する

大正製薬(株)

生活者の健康維持・増進のパートナーとして

 鷲のマークで有名な大正製薬(株)は、今年で創業88年目を迎える大衆薬のトップメーカーである。“生活者(顧客)の健康の維持・増進に貢献する”ことを企業理念に掲げ、医薬品や医薬関連商品を供給している。1996年4月からは、21世紀に向けてさらなる発展を目指すため、OTC(Over The Counter)事業部、医薬事業部の2事業部体制を導入。1998年4月にはOTC事業部をセルフメディケーション事業部に改め、本格的な高齢者社会の到来に備えて、生活者ニーズに対応できる体制を整えた。
 特にセルフメディケーション事業部では、生活者の健康は生活者自らで管理するという「セルフメディケーション」を基本コンセプトに、大衆薬(市販薬)を中核とする営業戦略を展開。ドラッグストアや薬局を単に薬の売買が行われる場所ではなく、地域における「セルフメディケーション」の拠点と位置付けた。
 高齢化が進み医療費の負担が増大する中で、プライマリー・ケアの充実とともに、重大な症状となる前の大衆薬による早期解決がより重要になると指摘されている。生活者自らが日常から積極的に健康の維持・増進に努めることが必要であり、そのための協力は惜しまないというのが、同社の考え方である。

ベテランが対応する「おくすり119番室」

 生活者や薬局からの苦情や問い合わせは、薬事部内にある「おくすり119番室」(4月1日よりお客様相談室から名称変更)が対応している。現在、オペレータは、薬剤師の資格保持者を含め、研究所や工場、開発企画などの各部門からセレクトされた17名(内女性4名)で構成。取扱商品が人の命や健康に関わる医薬品だけに、専門性に長けたベテランを軸に(平均年齢50歳)、各部門から温厚な性格の人材を選出し、配置している。
 生活者からの問い合わせや苦情に対しては、当然ではあるが、「親切・誠実な対応」が鉄則。また「よく話を聞く」、「否定はしない」といったことが大切だ。同社では独自のマニュアルに添って顧客の立場に立った対応を実践している。それでも生活者の理解が得られない場合には実際に直接、出向いて話を聞き、お詫びすることもある。お客様との信頼関係を維持するには、オペレータの教育が大切であることを実感しており、現在、外部から講師を呼んで研修を行うことも検討している。
 「おくすり119番室」には、ダイヤルイン(薬の説明用紙に番号を表示)、あるいは代表番号からアクセスすることができる。現在、1日当たりのコール数は100〜120件で、平均通話時間は5〜10分程度だが、なかには1時間以上におよぶものもある。8本の電話回線で対応しており、通常は混雑してつながらないということはないという。
 ただ、昨年、話題の発毛剤「リアップ」発売時には、1日当たりの問い合わせ件数が700件(99年は一昨年の3倍強に当たる年間3万7,000件)まで達した。リアップの発売に当たっては、開発担当者の1人をスタッフに迎え入れ、学術面での対応の強化を図ったという。問い合わせの多くは「どのように使用するのか」、「どこで売っているのか」という内容であったが、後者は品切れ店が相次いだために寄せられたもの。発売開始前から、マス媒体などで紹介されたこともあって、予想を超える反響を呼んだのである。その後は「副作用はあるのか」、「6カ月使えば効果があるのか」などの問い合わせが多いという。
 このほか、大衆薬に関するコール内容は80%以上が相談や問い合わせ。ドリンク剤では「ゴミが入っていた」、「びんが汚れている」、「キャップが開かない」といった声も多いが、「リアップ」を除いたほとんどは、生活者の不注意や勘違いから寄せられるものだという。
 大衆薬全体での問い合わせ内容の内訳は、①妊娠授乳中の服用(12%)についてで、以下は、②使用方法(11%)、③服用方法、使用方法、服用時期(11%)、④成分(9%)、⑤販売時期、場所、価格(9%)、⑥使用期限(7%)、⑦安全性(7%)、⑧製品の照会(7%)、⑨製品の比較(6%)、⑩その他(32%)の順。また、薬効別に分けた商品群では、①ビタミン含有保健薬(17%)、②総合漢方薬(13%)、③目薬(7%)、④鼻炎用薬(6%)、⑤解熱鎮痛薬(4%)、⑥胃腸薬(4%)、⑦痔疾用薬(4%)、⑧皮膚用薬(3%)、⑨その他(42%)となっている。
 「おくすり119番室」の応対時間は平日(土日祭日休)のAM8:30〜PM5:00までだが、緊急事態を想定して平日のPM5:00からPM9:00まではIVR(自動音声応答装置)による受け付けを継続している。また緊急事態が発生した場合には、すぐに相談員につながる番号をアナウンスしているが、本当に緊急事態による電話というのはほとんどない。手紙での問い合わせは月に50通程度であるが、内容は電話によるものとほぼ同じだという。また、薬局からの問い合わせに限り、FAXでも受け付けを行っている。

大正製薬の「おくすり119番室」はベテランのスタッフで構成されている

大正製薬の「おくすり119番室」はベテランのスタッフで構成されている

お客様の声から誕生した『リポビタンJr.』

 同社の99年度の売り上げは2,700億円(99年9月末目標)で、そのうち約75%はドリンク剤、風邪薬、胃腸薬、頭痛薬などの大衆薬部門(残りの25%は医家向け薬品)。中でも核となるのは、CM等でお馴染みのドリンク剤『リポビタンD』である。1962年の発売開始以来、ドリンク剤のトップ・ブランドとしての地位を確保している商品だ。
 ドリンク剤(100ミリリットル)は、現在約1,000億円市場といわれているが、そのうち同社のシェアは60%強となる。昨年、ドリンク剤は、医薬品の規制緩和にともなってコンビニエンスストアにも売場を拡大した。これにともない、ドリンク剤はこれまでの主要ターゲットであったサラリーマンだけでなく、OLや若年層にまで支持を広げ、将来性のある商材として注目されている。
 リポビタンシリーズのひとつ『リポビタン小児用』は、お客様の声から誕生した商品。小さな子供を持つ母親から成人用の『リポビタンD』を「子供にも飲ませてるのが不安、代わりの商品はないの」という声が寄せられたのに応えて開発された。さらにその延長線上から誕生した『リポビタンJr.』は、受験生を抱える母親の「子供が勉強で疲れているというが、良いドリンク剤はないのか」という声に応えたもの。『リポビタンJr.』は、8才から14才までの子供たちの健康維持を目的に処方されており、勉強や運動で忙しい子供達の集中力や健康維持が図れるように滋養強壮生薬や発育期に欠かせない栄養成分を配合した医薬品ミニドリンク剤である。顧客の声を活かして開発したこの2つの商品は、顧客にとっては満足、同社にとっては売り上げというプロフィット(利益)をもたらした。

生活者の声に応え、育ちざかりの子供向けに開発された「リポビタンJr.」

生活者の声に応え、育ちざかりの子供向けに開発された「リポビタンJr.」

イントラネットによる情報の共有化を推進

 現在、同社では問い合わせ情報などを社内において共有化するため、システムの構築準備を進めている。7月からは本格的に「生活者相談支援システム」(システムはNEC製を使用)を導入し、イントラネットによる社内情報の共有化を推進する。同社では医薬品など専門性の高い商材を取り扱っているだけに、これまではお客様相談についてもベテランにならないと対応できないという難しさがあった。しかし、成分や取扱方法などをデータ化することで、経験の少ない人間でもある程度の対応ができるようになると期待されている。また各セクションの情報交換を円滑に進め、商品開発などに結びつけることができるのもデータ化のメリットのひとつ。ただし、お客様情報については、プライバシーの問題から、各セクションの責任者でなければ見ることができないという規定を設けるという。
 「おくすり119番室」を統括する同社薬事部長の岩崎英樹氏は、「お客様との信頼関係の維持を第一義に考えています。マーケティングにつなげることももちろん重要ですが、それもあくまでお客様との信頼関係がなければ成り立ちません」と言う。
 企業理念であるセルフメディケーションを推進するためにも、個々の顧客に対する情報提供を実施する「おくすり119番室」は貴重な場である。たとえ企業にとってマイナスの情報であっても、長期的な視点で判断すればマイナスがプラスに転じる可能性も十分ある。同社はこれからも、顧客第一主義に徹することで、生活者、企業双方のプロフィットを追求していくという。


月刊『アイ・エム・プレス』2000年6月号の記事