インターネット取引で新規顧客獲得に成功

松井証券(株)

証券マンの役割を担うインターネット取引

 松井証券(株)は、約80年の歴史を有する独立系の中堅証券会社。1990年に通信販売を開始。1996年4月には、他社に先駆けて保護預かり料を無料にした。また、1998年4月、上場株5,000万円超、店頭株、オプション取引の手数料が自由化された時には、いち早くこれらの手数料を半額にまで引き下げるなど、業界の慣習を打ち破った新機軸を打ち出してきた、いわば異端児的な存在として知られている。
 同社では1998年5月より、インターネット上で最新の株価や企業・経済情報などの提供、割安な手数料での証券売買を行う総合的なインターネット上での証券取引「ネットストック」をスタートした。現在同社では、従来の外交セールスを主体とした販売方法はまったく採っておらず、電話とインターネットのみで取り引きを行っている。同社において「ネットストック」は、証券マンの役割を担うものとして位置付けられているのである。
 米国では、もともと金融機関ではなかったソフト会社のEトレードが、インターネット上での株式売買仲買を開始して以来、急速にシェアを拡大。異業種からの参入に危機感を募らせたフィデリティやシュワブをはじめとする大手証券会社が、次々とインターネット上での証券取引業務への取り組みを開始していった。国内においては、中堅では今川證券、岩井証券、大手では野村證券、大和証券など20社余りがインターネット上での証券取引業務に取り組んでいるが、いち早く着手した同社では、個人投資家層をターゲットに優れた操作性とリアルタイムでの最新情報の提供を前面に押し出して新規顧客を獲得してきた。現在の会員数は約3,000人。特に今年に入ってから月間300〜400人の規模で会員数が急増しているという。もちろん、それにともなって売り上げも増加。現在では、「ネットストック」の売り上げが全体の約20%を占めるまでになっており、同社では1999年の「ネットストック」による年間売上高は4億〜5億円に達するものと予測している。

投資のタイミングを逃さないためにスピードを重視

 「ネットストック」の開発にあたり、同社では1997年4月から構想を練り、同年6月より開発に着手。完成までに約8カ月の歳月を要したという。
 「ネットストック」は、これまでに同社と取り引きのない非会員、および既に同社と取り引きのある会員の双方が自由に見ることのできる一般画面と、会員のみが売買取引をしたり、マーケット情報を入手するための会員画面とに分けられている。
 一般画面には、ネットストックのサービス内容、会社概要、従来型の取引との違いがわかる「visitor’s room」、各種口座開設の手続き方法などがわかる「口座開設」、プレスリリースやサービス変更の履歴を掲載した「Netstockの歴史」、テクニカル・サポート、取引別解説、売買シミュレーション、問い合わせ受付など各種サポートを提供する「サポートセンター」といったコンテンツを設定。「ネットストック」のPRが中心になっている。一方、会員画面には売買取引のほかに取引確認、発注確認、銘柄登録、預かり明細、マーケット情報などのコンテンツを設けており、パスワードを入力しなければ入っていけない仕組みになっている。(図表1)
 「ネットストック」の制作に当たり、特に苦労した点は2つ。画面のスピードとコンテンツの選定だ。株価は一瞬のうちに変動するため、株取引にはよりスピーディーな画面の切り替わりが求められる。このスピードが遅いために会員が投資のタイミングを逃してしまうことのないよう、同社では、容量を軽くしてレスポンスのスピード・アップを図った。また、前述の通り「ネットストック」は“証券マン”と位置付けられているため、証券マンがお客様に提供していたサービスをそのままインターネット上で提供することが大前提とされる。その実現にはまず、証券マンの業務をひとつひとつ洗い出すことが必要であった。この作業には多くの時間と労力がかかったが、結果的にはそれが他社とのサービスの差別化につながったと同社は考えている。

「ネットストック」のトップ画面。コンテンツが簡潔にわかりやすく表示されている

「ネットストック」のトップ画面。コンテンツが簡潔にわかりやすく表示されている

ネットストック体験ツアー画面。口座を開設する前に仕組みを試すことができる ネットストック体験ツアー画面。口座を開設する前に仕組みを試すことができる

ネットストック体験ツアー画面。口座を開設する前に仕組みを試すことができる

使い勝手の良さが自慢

 「ネットストック」は銘柄登録とリアルタイムでの株価表示という2つのオリジナル機能を備えている。これらのオリジナル機能は、画面のスピードとあいまって使い勝手の向上に大きく寄与している。
 前者は、よく見る銘柄を登録しておけば、その銘柄の始値、高値、安値、現在値、出来高などを一覧表で見ることができるというもの。36銘柄まで登録可能。通常では一銘柄ずつしか見ることができないところを、銘柄登録をしておけば、一度に複数の銘柄の株価を見ることができるという非常に便利な機能である。さらに、目標単価を入力しておくだけで、単価が目標に達するとEメールで自動的に知らせてくれるトリガーメールという機能も付いている。
 後者は、リアルタイムのマーケット概観、日経平均オプションなどが見られるということ。マーケット概観は、1分ごとに株価が更新されており、画面上部にある更新ボタンを押すと最新株価が表示される仕組みになっている。
 このようなリアルタイムの情報が見られるページは特に人気が高い。現に「ネットストック」のアクセス数は平均5万件/日だが、この大半がマーケット概観と日経平均オプションへのアクセス。これらのマーケット情報は、日本経済新聞社グループのマーケット情報、QUICKとの提携により配信されている。
 会員がアクセスするたびに最新の価格を表示するのは、決して容易なことではない。現在、預り残高の照会や注文時にリアルタイムで株価情報を画面表示しているのは同社のみとなっており、他社のホームページでは株価に時差があるという。「手前味噌ですが、『ネットストック』は本当に使い勝手が良いと思います。だから、他社のお客様がネットストックへ鞍替えすることはあっても、『ネットストック』の会員が他社に切り替えてしまうことは皆無に等しいですね」とは、同社取締役 開発グループ長 佐藤義仁氏の弁。

サポート体制について

 会員、および非会員からの問い合わせ、および相談は、会員、非会員のそれぞれにEメール・アドレスを設けて受け付けている。同社では、従来から「投資判断は投資家に任せる」という理念を貫いているため、税金に関する相談などは受けているものの、銘柄相談など投資相談は一切行っていない。
 問い合わせ件数は会員、非会員を合わせて約100件/日。ホームページの一般情報の充実とともに、問い合わせ件数が減少してきたという。「ネットストック」に関するさまざまな問い合わせには、3〜4人の専任スタッフが対応。パソコンの動作環境などの問い合わせには、テクニカル・サポート専門の担当者が回答している。
 また「ネットストック」では、会員が残高以上の買い付けをしないよう、現物買付可能額を表示しているほか、会員側で発注、取消のすべての履歴を閲覧できるようにすることで、入力ミスを防止するシステム面での会員サポートも拡充している。発注、取消の履歴は期間では半年前まで、件数では40取り引きまで表示される。データベースに構築されたすべての取引履歴を会員に開示したのでは情報量が多すぎて、システムに負荷がかかり、レスポンスが遅くなる。そこで期間と件数に上限を設けて履歴を表示。それ以前の履歴については、要望があればプリントアウトして郵送するというかたちで対応している。
 しかし、同社では、システムに負担をかけない範囲で、できるだけ多くの履歴を表示できるようにしたいと考えている。そこで現在、検索エンジンで使われている仕組みのように、1画面に表示する履歴の数をあらかじめ決め、“次へ”“前へ”というボタンでページをめくっていく方法で履歴を表示できるシステムを検討中だ。

インターネット取引におけるメリットとデメリット

 インターネット取引にはメリットもあればデメリットもある。
 メリットとしては、①自己責任に基づく投資を求めるお客様にとって、インターネットは非常に使い勝手の良いメディアであること、②従来に比べて少ない人員で情報の収集・提供が可能となり、人件費が削減できることが挙げられる。これは将来、手数料引き下げという形で会員に還元していく予定だ。
 一方デメリットとしては、告知をするための広告費がかかることが挙げられるが、営業店を持たない同社では、主に新聞へ広告を出稿して「ネットストック」の告知に努めているが、今後、競争が激しくなるにつれて、広告費の負担が大きくなるものと予想される。
 またインターネットの活用には、セキュリティ、リスク管理にかなりの神経を使わなくてはならない。物品の通信販売とは異なり、金融商品を扱っているだけに、セキュリティ、リスク管理においては念には念を入れなければならないのだ。同社では、同じシステムを複数用意しており、現行のシステムが何らかの理由でダウンした時にも、通常通り取り引きが行える体制を整えているという。

これからの取り組み

 同社では今後、インターネットによる提供情報をますます充実させていきたいとしている。具体的には、企業ごとのニュースやテクニカルな指標が計画されているが、アナリスト情報については、同社の理念にそぐわないため、採り入れる可能性はまずないという。
 また、この2月からはバナー広告の出稿をはじめた。まずはテスト的に『yahoo』や『日経ネット』など約10カ所にバナー広告を出稿し、新規顧客獲得に向けたチャネルの開拓に力を入れていくという。
 インターネット取引は、これまでの思い切った合理化経営で躍進してきた同社の勢いを、さらに加速させる強力な武器となるに違いない。


月刊『アイ・エム・プレス』1999年3月号の記事