ユーザーのニーズをかたちにする“マーケット・アウト”発想

(株)ミスミ

 CR という言葉が生まれるずっと以前から、ユーザーの視点で生産財の流通革命に取り組んできたのが精密機器部品の商社、(株)ミスミである。同社が提唱する“購買代理店”“マーケット・アウト”のコンセプトは、まさに CR そのものと言っていい。
 同社では 1977 年に発行した通販カタログ『Face』により売り上げを飛躍的に拡大、1983 年には“人” による営業活動を取り止め、販売チャネルをすべて通信販売に切り替えた。多段階流通を徹底的に排除し、コストを削減するためには、通信販売が最も適していたのである。
 現在発行しているカタログは、『プレス』『プラスチック』など工業機械系 6 種類に『メディカル』『フード』『デジタル』を加えた計 9 種類。合計で年間約 50 万冊を発行し、全国の企業の購買担当者に宛てて発送する。実顧客数は約 3 万 6,500 社、約 13 万人だ。
 カタログには発注個数による割引率や特急料金まで、取り引きに必要な情報すべてが盛り込まれている。注文は東京、静岡、横浜、松本、太田、仙台、名古屋、大阪、広島の全国 9 カ所のマーケティングセンターで受け付けるが、その経路は EDI が約 7%、 OCR-FAX が約 17%、FAX が約 75%、電話が約1%。そのほか注文書によるものがごくわずかにある。 EDI 利用企業約 1,080 社のうち、汎用 EDI を利用しているのは 2 〜 3%で、残りは同社が無償提供する発注用ソフトウェアを使い、NIFTY Serve の CUG (Closed Users Group)を介して行う方式。このソフトウェアは他社への発注にも利用できるものであり、同社では「EDI を顧客囲いこみの道具とは考えていない」(ユニットリーダー マーケティングセンター統括 宮本博史氏)という。
 同社が取り扱っている商品は約 1 万 2,600 種類、 29 万点に上る。商品単価は最も安いもので 4 円、平均しても 1,000 〜 2,000 円といったところ。これを 1 個から販売しようと言うのだから、個々の顧客に営業担当者を付けていたのでは割が合わないという事情もあった。
 しかし実は同社には、そもそもこの“販売”という概念がない。同社は、“すでにあるものをいかに効率的に売るか”が使命の販売代理店とは 180 度発想を異にする“購買代理店”であるからだ。“マーケット・イン”の概念をさらに超え、顧客サイドに立脚し、すべての仕組みを構築するという“マーケット・アウト”の実現を目指す同社に、営業担当者は不要だ。代わりに重要な役割を担っているのが、全国 9 カ所のマーケティングセンターでマーケットの声を集約している総勢 20 人の「顧客マネージャー」。定期的な顧客訪問やテレマーケティングによってユーザーのニーズを吸い上げるほか、顧客から寄せられる要望・問い合わせを内容によって各種カードに集約、各々の担当者に迅速にフィードバックしている。「この商品を取り扱ってほしい」という要望は“アンフィットカード”に、納期や電話対応などサービスに関する要望は“イエローカード”に、クレームは“クレームカード”に記入するといった具合だ。ほかに顧客自身が掲載希望商品の企画を書くための“コミュニケーションカード”も用意されている。これらのカードは年間合計 13 万枚以上に上り、随時、商品開発やサービス改善に生かされている。
 多様なニーズに迅速に応え、なおかつスケール・メリットを追求するために、同社では商品の標準化に取り組んできた。従来、工業製品の部品は、ユーザーによってまったく規格が異なるのが普通であったが、この基本形を統一。ハーフメイドの状態で、全国約 140 カ所の協力工場にストックしておき、顧客の指示通りに最終加工をほどこして出荷するのである。このハーフメイド品はアイテム数で全体の約 50%、売上比率で約 70%を占めている。

ミスミの図

 顧客のニーズは刻々と変わる。したがって、協力工場に求められる条件も常に変化していく。同社では顧客が望む品質や納期を保証できない工場との取り引きを打ち切るのはもちろんのこと、一定期間ごとにオープン・コンペティションを実施して、顧客の視点から厳しい選別を行っている。同社は「協力工場に対してマーケットと歩を合わせて変化していくことを期待している。そのために必要な情報は積極的に提供する」(宮本氏)姿勢で臨んでいる。協力工場の約 85%とは発注・在庫情報を EDI でやり取りしているが、これを活用して近い将来には顧客情報などもリアルタイムで共有していきたい考えだ。
 情報をオープンにし、多くの企業が持てる設備、技術を持ち寄って、顧客が求めるものをかたちにする。日本の商慣行を合理的思考で切り崩していった(株)ミスミの足跡は、CR 推進の具体的な方向性を明快に指し示すモデルとなり得るだろう。


月刊『アイ・エム・プレス』1997年6月号の記事