作り手として、作りたいものを 樽一本店つくり味噌

石山味噌醤油(株)

伝統食品の本質を追求

 新潟県新潟市に本社を構える石山味噌醤油(株)の創業は 1906(明治 39)年。自然とともに時間をかけて、伝統的な製法で味噌、醤油をつくってきたが、高度経済成長期を経て、日本の食卓になくてはならないこれらの食品も、大 生産と熾烈な価格競争を余儀なくされていく。
 安い原料を求め、製造工程を簡略化する。これでは本当に美味しい味噌などつくれるはずはないとわかっていても、コストを削減して価格を下げなければ商品はスーパーマーケットの店頭に並ばない。納得のいかない想いを懐に押し込めてようやく店頭の陳列棚を確保しても、所詮、薄利多売の世界。作り手の苦労が報われることはない。「不毛な販売競争に疲れ果てちゃったんだよ」。社長の石山謹治氏は「つくり味噌」スタートの経緯をこう語る。
 石山氏は 1987 年 3 月、それまで実験的に行っていた高級味噌通販部門を独立させる形で(有)樽一本店を設立。作り手のこだわりが消費者に伝わるかどうか、確信はなかったが、ともかく「作りたいものを作りたい」一心だった。「週刊文春」「週刊新潮」「日経ビジネス」の 3 誌に記事広告を出稿し、申し込みを待った。
 ある週刊誌の広告担当者は「レスポンスがあるかどうか、責任は持てません。雲隠れしたい心境ですよ」と言ったというが、初回の申込者は約 1,600 人集まった。石山氏は「本当に嬉しかったですよ」と当時を回想する。

樽一本店のカタログ、情報誌「樽一 信」掌シリーズと、週刊誌に掲載した記事広告

樽一本店のカタログ、情報誌「樽一 信」掌シリーズと、週刊誌に掲載した記事広告

仕込みは予約の分だけ

 (有)樽一本店の取扱商品は「寒仕込み・つくり味噌」「花見仕込み・つくり味噌」と「古式製法・樽一醤油」の 3 アイテムのみ。主力は 2 種類の「つくり味噌」である。
 その名の通り、「寒仕込み」は 1 月、「花見仕込み」は 5 月に仕込み、それぞれ 9 月、12 月に出来上がる。原料を吟味し、製造工程は手抜かりなく、順序正しくがモットーだ。仕込み前の 2 カ月間に申込者を募り、申し込みがあった分しかつくらない。言わばオーダーメイドの味噌というわけだ。価格は税・送料込みで、2kg が 3,300 円、4kg が 6,000 円である。
 通常店頭に並ぶ商品には“均質性”が求められる。いつ、どこで買っても、同じ商品は同じ味でなければならない。しかし味噌は本来、農作物と同じように旬があり、天候などによって出来に差が出る。同社のつくり味噌は、むしろその“ブレ”を重要視している。その年の「おてんとうさんまかせ」で自然の恵みを頂戴しようというわけだ。
 申し込みから商品のお届けまでは、8 〜 10 カ月のタイムラグがある。その間、同社は申込者に対して、最低でも 2 〜 3 回、コンタクトをとる。まず申し込みの確認を兼ねて味噌の原料となる中国・黒龍江省産の大豆、天日塩、新潟産コシヒカリを送付(ただしこれは、リピーターには送っていない)。仕込みから 6 〜 7 カ月後には、「間もなく出荷できます」というメッセージとともに 9 割方熟成した味噌を味見用に約 50g 送る。また、その間、年 2 回発行している味噌についての知識を盛り込んだ、縦 20cm× 幅10cm、8 ページの情報誌「樽一通信」が届けられる。
 出来上がった味噌を届けると、毎年必ず何件か、「美味しいから追加で注文したい」という要望がくる。しかし味噌は注文された分しかない。追加注文には、1 年先でないと応じられない。
 「せっかくの注文には応じたい。こちらも売り上げを伸ばしたいという気持ちはある。次の出荷まで、本社でつくっている高級味噌でつなごうかと考えたこともあったが、それをやってしまってはこのサービスの意味がなくなる」(石山氏)。だからあくまでも予約のみの注文生産。美味しい味噌をいただくためには、気長に待つことが肝要なのだ。
 醤油は利用者からの要望に応えてはじめたもので、年 2 回発行のカタログで訴求。1 本当たり 700 〜 750円の300ml入りを6本セットで、1本当たり1,300 〜 1,400 円の 720ml 入りを 3 本セットで販売している。

リピート率は 40%以上

 スタート当初と変わらず、現在も新規顧客開拓のツールは予約時期に合わせて週刊各誌に出稿する記事広告。これと既存顧客の口コミによって、新規顧客は徐々に増えている。
 しかし何と言っても同社の強みは、根強いファンを多数抱えていること。一度利用したお客様には、予約時期をダイレクトメールで告知しているが、同封の返信用ハガキでのレスポンスはなんと 40%以上に上る。
 利用者数は累積で 1 万人強。このうちアクティブ・ユーザーは約 80%で、その内訳は男女比で約 7:3、年齢別では 29 歳未満が約 10%、30 〜 49 歳が約 30%、50〜69歳が約45%、70歳以上が約15%となっている。居住地域は関東、関西の都市部、九州、四国などが多い。アメリカやヨーロッパからの注文もあるという。
 スタート当初は 2kg の申し込みが多かったつくり味噌も、現在では 4kg 単位での注文が多くなっている。追加注文ができないという事情にもよるのだろう。しかし味噌の賞味期限は半年からせいぜい 1 年。日本の平均世帯の味噌の消費量は 1 カ月に約 800g と言われているので、1 回の注文量は自ずと限られる。
 一方で、この味噌をギフトに使うファンも増えている。「世界各地の珍しいものを食べ尽くした高貴な方には、むしろ味噌などの日常品がいいらしい。名だたる企業の偉い方々にお送りしています」(石山氏)。
 年間を通して美味しい味噌を味わってほしい。そのための体制整備を考えたこともあった。そのような中で利用者にアンケートをとったところ、「会社を大きくするな。大きくすると商品がまずくなる」「浮気をせずにこの道を極めろ」といった辛口の意見が多数寄せられた。儲けたいのはやまやま。だが、「今のお客様を大事にしなければ元の木阿弥になる。利用者の意見を聞いて、気持ちが吹っ切れた。今以上に売り上げを増やしたいとは考えていない」と石山氏は言う。
 売り上げはここ数年、安定微増。年間約 5,000 万円といったところだ。
 出来た味噌を送ると、20 〜 30通のお礼の手紙が送られてくる。「原料の大豆を鉢に植えたら、芽が出てきました」「美味しいお味噌をありがとう。私の地元で有名なお菓子を送ります」など、内容はさまざま。石山氏はそれらすべてに、自筆で返信する。
 生産者の誠意に、利用者が誠意で応える。本物の商品から、本物のコミュニケーションが生まれている。


月刊『アイ・エム・プレス』1997年1月号の記事