優良顧客には割引率をプラス
新宿を本拠地に東京都内に 4 店舗、神奈川・相模原、埼玉・浦和、千葉・松戸に各 1店舗を構える(株)伊勢丹。ここ数年下降線を辿っていた年商は 1995 年度に上向きに転じ、 7 店舗で4,140億円を達成している。
7 月に(株)阪急百貨店との業務提携を発表するなど、業容拡大に積極的な取り組みを見せている同社では、 9月 6 日にハウスカードである「アイカード」を刷新。過去 l年聞のカード利用額に応じて最大 10%の割引特典を設けた新システムをスタートした。
「アイカード」は 1987 年6 月に発行を開始。満 18 歳以上で、自宅に電話連絡が可能であれば入会が可能だ。入会金は無料。年会費は初年度無料、 2 年目以降は 2,000 円(消費税別)である。 1 回払い、 2 回払い、分割払い、リボ払い、ボーナス時支払い額指定分割払いが利用でき、従来から、いずれの支払い方法の場合でも 5% の商品割引が受けられた。ただし、 3,000 円未満の商品、生鮮食品、金券、貴金属、セール品は割引除外品である。8 月末時点で、「アイカード」の累計発行枚数は約 254万枚。そのうち 1年に 1 回以上利用されているのは約 130万枚だ。第一の発行目的であった「顧客固定化」の成功を証明するように、来店頻度の高い伊勢丹ファンは、ほとんどがカードホルダーであるという。しかしこれまでは、割引対象品にはカードを利用するが、除外品は現金、あるいは銀行系、信販系のクレジットカードで購入していた会員も多かった。
より一層カード利用率を高め、そこで得られる会員情報を品揃えや売場づくりに生かすことによって、会員とのより深い関係を構築したいとの想いが、新システム開発・導入の契機となった。今年4 月の景表法改正を機に、百貨店各社が相次ぎ新カード戦略を打ち出しているが、その中でも「アイカード」は一際ユニークな光彩を放っている。①最大割引率が10%と外商並みに高い、②カード利用実績によって割引率が異なる 、③後日の商品券引換や払い戻し方式ではなく、はじめから割引後の金額が請求されるといういずれの点においても、顧客にとってのメリットと使いやすさが追求されているのだ。
新システムにおいても割引除外品は従来通り設定されているが、利用実績には反映される。家族カードの購入額も合算され、また、商品代金ばかりでなく、消費税や送料などを含めたカード決済額の全額がカウン卜されるのも大きな特徴。もちろん同社のカタログ通販での利用も対象となる。
1 年間のカード利用実績が20万円未満の場合には従来通りの 5% 、20万円以上 100万円未満の場合は7%、 100万円以上の場合には 10%の割引特典が与えられる仕組みだ。
新システムの告知はまず既存会員から
同社では8月上旬、稼働カードホルダー約 130万人に新システム案内のダイレクトメールを送付した。同時に電話で新システムについての問い合わせを受け付ける「新ご優待サービスセンター」を開設。「現在までの購入累計額を教えてほしい」などの問い合わせが多数寄せられているという 。
これら既存のカード会員の場合には、暫定的に昨年8月 6 日から 今年8 月5 日までの累計利用額を「実績」と見なし、 9 月 6 日の新システムスタート時から即、割引率に反映させた。たとえば11 月にカードの更新時期を迎える会員であっても、今年の8月5 日までの 1 年間に 20万円以上の購入実績があれば、カード更新月を待たずに 7% の割引が受けられる 。
一方、新規入会促進キャンペーンは、新システム開始と同時にスタート。9 月 5 日に主要全国紙に広告を出稿したのを皮切りに、新聞・雑誌のパブリシティ 、地下鉄・ JR の車内広告、伊勢丹各店での店頭告知などを展開している。
前述のように、頻繁に来店する顧客のほとんどはすでに「アイカード」を保有しているため、新システム導入を売上拡大の起爆剤とするためには、新規会員の獲得が重要課題である。スタートから 1 カ月弱。まだ効果測定の段階にはないが、新システムの認知が進むとともに、新規入会者数は大きなカーブを描いて上昇するだろうと同社では期待している。
「アイカード」の入会案内パンフレッ卜。すでに既存会員には案内を終え、次は新規会員の獲得に力を注ぐ
客単価を上げ差益額を確保
同社が狙う 「お客様とのより深い関係づくり」とは、ロイヤリティの醸成であり、その結果としての客単価、購入頻度の向上である。稼働カード会員約 130万人のうち、新システムスタート時点での7%割引対象者は約20% 、 10%割引対象者は約 10%であった。しかし稼働会員の年間平均利用額が約 19万円であることから、月にあと l,000 円多く買い物をすれば7%割引の恩恵を受けられる会員が、かなりの割合で存在していると推測される。また、ひとりでは年間20万円も利用しないという人も、家族カードを作って、家族でそろって「アイカード」を利用すれば、大きな割引特典を受けることが可能になる 。
割引率を拡大し、しかもコストや手間のかかるカード決済を促進することによって利益の圧迫が危惧されるところだが、「差益率は低下するが、差益額は必ず向上するだろう」(総務部 広報担当 係長 高木勝徳氏)と同社では見ている 。
より大きな魅力が加わった伊勢丹の「アイカード」
会員情報を自社内に集約
5 ~ 10% の割引は同社にとって決して小さな負担ではないが、たとえば他社カードの利用に対して手数料を支払うことを考えれば、理にかなった方策である。利益を直接お客様に還元することができ、顧客情報を社内に蓄積できる 。
同社では競合他社との競争に打ち勝つためには顧客情報の収集が欠かせないと考えている。「アイカード」会員の情報は、これまでにも売場の配置や改装、品揃えなどに生かされてきた。割引特典の拡充によって、多くの会員情報を偏りなく収集し、より積極的に活用していきたい考えである。割引除外品におけるカード利用が促進されれば、たとえば生鮮食品売場などでも数多くの会員情報を収集、活用することが可能になる。
会員情報データベースは同社の 100% 出資子会社である(株)伊勢丹ファイナンスで管理・運営しているが、新システム導入と同時に、この情報を各売場に設置した端末から検索できる体制を整えた。パスワードを持った各売場の責任者が、「○○売場で過去半年間に買い物をした人」「都内在住の女性」などの条件を入力、検索し、催事案内などのダイレクトメール送付リストを自由に作成できる。会員のデータを、経営情報としてばかりではなく、日々の営業情報としても有効に活用していこうというわけだ。
首都圏に根を下ろした都市型百貨店としてのアイデンティティを追求する(株)伊勢丹。明確なターゲットに深く切り込む同杜のデータベース・マーケテイング戦略の行方に、今後も注目していきたい。