製造業の中でも早期に電話による顧客接点を開設した森永製菓(株)。現在は、「お客様サービスセンター」 の名称で、フリーダイヤルとeメールでお客様からの問い合わせや苦情に対応しているほか、 社内の各部門にお客様の声をフィードバックして、 商品の開発・改善に役立てている。 こうした活動を通じてCSを高める一方、ESの向上にも力を注ぐ、同センターの取り組みを紹介する。
CSとESの向上を実現するセンターミッション
エンゼルマークでお馴染みの森永製菓(株)は、1899年に森永西洋菓子製造所として創業。以来、“おいしく、たのしく、すこやかに”を企業理念に掲げ、豊かで安全な食生活の実現と健康の増進に貢献している。これまで、ミルクキャラメル、小枝、チョコボール、チョコモナカ、ウイダー in ゼリーなど次々とロングセラーを生み出し、多くの人々に親しまれてきた。現在の取扱商品数は約700種類。年間約16億個を販売している。
これらの商品に関する問い合わせに対応するのが、お客様サービスセンターである。同センターの開設は1971年。コンシューマー部として総務部内に設けられたのがはじまりだ。この頃、アメリカでは消費者運動が盛んで、これに気付きを得た同社では、消費者との良好な関係を作ろうとコンシューマー部を開設するに至ったのである。当時、国内では電話による顧客接点を設けている企業は少なく、製造業の中では早い取り組みであった。その後、1991年には広報部お客様相談室に改組。1999年には、お客様サービスセンター(対外的には「お客様相談室」)としてトップに直結した部門へと昇格し、現在に至る。
同センターは、同社の中で唯一、直接一般のお客様と接する部門である。行動憲章で謳われている「お客様重視の経営の推進」を実践する部門と位置付けられており、「誠意ある対応、迅速な対応、事実の的確な報告」をミッションとし、「消費者の基本的権利を最優先し、お客様のお申し出を貴重な情報と捉え、お客様対応の中で情報を収集し、その情報を社内に発信して共有化することでお客様対応の品質改善と製品の開発や改良に活かす」ことを役割としている。
このセンターミッションは、お客様だけに実践されているものではない。センターで働くコミュニケータに対しても、実践されている。コミュニケータの話をよく聞く、働きやすい職場作りに努める。改善が必要な場合は迅速に対応する。企業理念や目標を正しく伝える、といったことを通じて、ESの向上を図っているのである。
本社内の専用ルームに設けられているお客様サービスセンター。右下にちらりと見える棚には菓子類が常備されており、いつでも実際の商品を確認することができる
売り上げに貢献している問い合わせ対応
図表1は同センターの組織である。実際のお客様対応を担うお客様相談室と、それをサポートするお客様情報室とで構成されており、総勢30名が勤務する。
お客様相談室では、主に電話とWebメールで問い合わせや苦情に対応。電話窓口には、NTTコミュニケーションズのフリーダイヤルを採用しているが、菓子・食品・冷菓と健康食品とでは応対に必要な知識が異なることから、フリーダイヤル番号を分けておのおのに専門のコミュニケータを起用することで、スピーディーかつ正確・的確な回答に努めている。受付時間帯は、いずれも月・火・木・金曜日の午前9時から午後7時まで、水曜日の午前9時から午後5時まで、土日・祝日の午前9時から午後3時までとなっており、年始以外無休の受付体制を敷いている。また、Webメールのフォームは、同社Webサイトのお問い合わせページに用意されており、これにもお客様相談室のコミュニケータが対応。3名の専任者が交替で対応に当たっている。
お客様から寄せられる問い合わせおよび苦情の総件数は、年間約6万件。総件数をチャネル別に見ると、電話約80%、Webメールが約10%、残りがその他のチャネルとなっている。問い合わせ内容別に見ると、「商品に関する問い合わせ」が約50%と最も多く、「キャンペーンに関する問い合わせ」が約20%と続く。これをさらに具体的に見ると、販売店の照会やキャンペーンの応募方法に関する用件が多く、商品の売りにつながる問い合わせであることがわかる。つまり、こうした問い合わせに迅速かつ的確な対応をすることでCSが高まり、売り上げに貢献することができるのだ。
お問い合わせ窓口のページには、電話とWebメールによる受付の詳細とFAQが記載されている
ニーズの顕在化により生まれ変わったホットケーキミックス
お客様の声はすべてデータベース化されており、一次応対の効率化に役立てている。このほか、関連部門への定期的なeメール配信や、全社員が閲覧できるかたちで公開するなどして、社内の情報共有を強化。商品の開発や改良に活かす取り組みに努めている。
一例として、ホットケーキミックスの改良が挙げられる。同社の場合、食品アレルギーに関する問い合わせの中でも特に卵と牛乳に関するものが多い。かつて同社では、卵と牛乳を使わないビスケットを販売していたが、思いのほか売り上げが伸びず、販売を終了したという経緯がある。しかし、卵アレルギーの子どもを持つ親たちは価格が高くても卵不使用のビスケットを購入していることから、同センターでは「卵を使わないおいしい菓子には必ずニーズがある」と考え、さまざまなお菓子作りに使われるホットケーキミックスに注目。この原材料から卵を取り除くことに着手した。機械に付着した卵の成分を完全に取り除くのに2年の歳月を費やしたが、努力の甲斐あって卵不使用のホットケーキミックスの製造に成功。現在、卵アレルギーのある方でも安心して使用できる商品になっている。
商品のパッケージにはフリーダイヤル番号が記載されている。スペースが限られているため、受付時間が記載できない点が悩みだ
CSを追求してたどり着いたのはES
同センターでは、今でこそ、企業理念を踏まえた上でのセンター運営を実践し、CSとESの向上を実現しているが、当然のことながら、はじめからこうした運営体制を築いていたわけではない。今日に至るまでには、3つの大きな転機があった。
第一の転機が訪れたのは1999年。これは、前述のようにお客様サービスセンターが設立され、独立した部門として新たなスタートを切った年である。同社のお客様窓口は、その設立からここへ至るまでに、単なる苦情処理部門と位置付けられるようになっていたが、同センター設立を機に、本来の役割であったお客様の声を商品の開発・改善に役立てる取り組みを強化。同時に、苦情の予防・減少を図り、社内でお客様の立場で発言できる体制作りに努めたことで、お客様対応部門としての位置付けを取り戻していった。
第二の転機は2002年に訪れた。経団連の企業行動憲章の改訂などにより、同社の行動憲章改定が進められ、「お客様重視の経営の推進」が全社的な課題となったことで、お客様対応力の強化が求められるようになったのである。必然的にCS推進に拍車がかかり、同センターでは「お客様対応機会の拡大」と「お客様対応能力の向上」を追求することとした。
まず前者については、電話窓口にNTTコミュニケーションズのフリーダイヤルを導入してお客様がアクセスしやすい環境を整えた。加えて、稼働日を拡大。土日・祝日の受け付けを開始したことにより、年間稼働日362日を実現した。
次に後者については、お客様相談システムの機能を強化しようと、CTI、ACD、 通話録音といった機能を追加。着信呼を適切なコミュニケータに振り分け、ポップアップ機能で過去のコンタクト履歴を参照することができる仕組みを構築したのである。また、同センターは役職定年を迎えた社員の第二の職場となっていたが、こうした社員は商品知識が豊富でもPC操作には長けていなかったため、コミュニケータの外部委託を選択。一次受付およびデータベースへの入力作業をお願いし、後方で社員がフォローするという体制を採用した。
この新体制に課題がなかったわけではない。しかし、得られた効果は、それ以上に大きかった。具体的には、次のような点が挙げられる。一般にフリーダイヤルを導入するとコール数が増えると言われているが、同センターの場合、問い合わせは期待通り増えても、苦情の増加は見られなかった。また、業務委託先のノウハウを利用して、コール予測に基づく人員配置や入力内容の精度向上が実現した。第三者の介入により社内用語や企業の論理の存在が顕在化し、わかりやすい対応を心掛けるようになった。コールが増えても運営コストは増大しなかった、などである。
そして、2004年にESへの意識強化につながる、第三の転機が訪れる。これは転機というより試練と言うべきかもしれない。コミュニケータが大量に退職したのである。同センターでは、新体制を整え、コール数も着実に増加。順調なセンター運営ができていると思っていた矢先の出来事だった。
退職の原因は、社員とコミュニケータとで真の意思の疎通ができていなかったことにあった。それ以降、同センターでは「わかっているはず」ではなく社員とコミュニケータとの距離を縮めようと、対話の機会を増やして企業理念やセンターミッション、コミュニケータへの期待を語ることでモチベーションの向上とチームワークの醸成を目指した。また、コミュニケータを否定せず支持するとともに、FAQ の見直しや休憩所の整備などコミュニケータからの改善要望に真摯に耳を傾けるよう努めた。
つまり、CSを追求してきた結果、たどり着いたのがESだったのである。
新システムの導入でお客様対応力をアップ
これまで同センターでは、設備投資と人への投資により、応対品質、ひいてはCSの向上に努めてきた。今後は、さらなるCS向上を目指す一方、商品の開発・改良につながる情報を社内にフィードバックしていく意向。先に紹介したホットケーキミックスのような開発を手掛けるには、より多くのお客様の声に耳を傾けることが不可欠なため、これまで以上に問い合わせ受付件数を増やしたいと考えているところだ。
また、近々、新システムの導入を予定している。同センターはお客様とのファーストコンタクトの場であるが、用件をクロージングするには、営業所や品質保証部など、複数の部門の関与が必要なケースもある。そこで現在、各部門が有機的に結び付いて一体化することで、お客様の満足を得られる対応ができるよう、お客様相談システムの更新を進めているのである。さらに、新FAQシステムを導入することで、業務効率を上げていく意向だ。これにより、全社的な情報共有の高度化が実現し、より一層、お客様に目を向けた活動が可能になる(図表2)。ホットケーキミックスに次ぐ、お客様視点での商品改良例の誕生が待ち遠しい限りだ。