コンタクトセンター最前線(第17回):消費者志向優良企業表彰を受けさらなる飛躍を目指す

森永乳業(株)

「品質第一」 と「顧客志向」 を経営方針に掲げ、“おいしいをデザインする”をスローガンに、おいしいと感じる健康、楽しさ、豊かな暮らしの創造に努める森永乳業 (株) 。 全社員で高品質と顧客志向を貫く姿勢が評価され、2002年、経済産業大臣から「消費者志向優良企業表彰」 を受けた。 今回は、表彰の選考理由のひとつであるお客さま相談室について話を聞いた。

お客さま相談室とエンゼル110番

 商品を購入した顧客を対象としたお客さま相談室と社会貢献を目的としたエンゼル110番。同社ではまったく性格の異なる2つの顧客接点を持っている。
 お客さま相談室の開設は1972年。現在では、社長直轄の独立部門であるお客さまサービス部に所属し、お客さまとの「双方向コミュニケーションの場」として、全国からの問い合わせや相談を受け付けている。同社では、お客さま相談室を、料理、育児、栄養相談など何でも気軽に相談していただける場にしたいと考えている。また、苦情や不満が寄せられても、それらを単に“処理する”のではなく、お客さまとのコミュニケーションを通じて安心感を醸成することを常に心掛けている。さらに、本社お客さまサービス部の下部組織として、全国10カ所にある支店内にもお客さま相談室を設置。ここではお客さま宅への訪問、料理教室や乳製品講習会、工場見学会などを開催し、地域密着型のコミュニケーションを推進している。
 また1975年には、育児相談を受け付ける「エンゼル110番」を開設。企業色を一切出さないことをモットーに、社会貢献の一環として、商品購入の有無にかかわらず、育児をはじめ妊娠中や産後の生活に関する相談を受け付けている。エンゼル110番では開設以降、27年間で70万件を超える相談に応じてきた。育児相談の先駆けとして、長年にわたり多くのお母様方の心強い味方になってきたのだ。現在、エンゼル110 番には年間で約1万8,000件の相談が寄せられる。こうした相談内容は編集して小冊子にし、社内はもちろんのこと産婦人科、小児科、保健所などへ配布している。いつの時代も子育ては試行錯誤の連続。常に母親は不安を抱えているものだ。こうした不安を解消するためにも相談室の存在意義は大きいと言える。

顧客志向を貫くためのお客さま相談室の権限

 お客さま相談室が担う役割は、商品に関する問い合わせおよび相談の受け付けや苦情対応にはじまり、収集した情報の活用、顧客創造、社内のCSマインドの向上と多岐にわたる。こうしたことに加え、最近では一般的にお客さま本意という考えが根付きつつあり、顧客対応窓口の位置付けが見直されるようになってきた。そこで同社では、お客さまの声を貴重な経営資源として活かしていかなければ、お客さまに信頼される企業にはなり得ないとの考えに基づき、お客さまサービス部に多くの権限を委譲している。例えば、「お客さまの声」の分析から改善実施までの取り組みの中で、品質上重大な問題があると判断した場合には、商品の改善、販売中止、さらには責任者の交代を勧告・命令することもできる。こういった後ろ盾があるからこそ、顧客志向に則ってお客さま対応業務に当たることができると言えよう。
 お客さま相談室では、より多くのお客さまの声を収集するために、商品パッケージ、ホームページ、育児雑誌などのあらゆる媒体を活用して、積極的にお客さま相談室の告知を推進。商品パッケージについては、順次、改訂を進め、ほとんどの商品にフリーダイヤル番号を表示している。

0305-freedial

なじみ深い商品の数々。パッケージにお客さま相談室のフリーダイヤル番号が印字されている

用件別フリーダイヤル番号で対応の効率化と満足度向上を実現

 受付窓口には、電話をメインにeメールと郵便を活用している。お客さま相談室開設当初、電話回線には一般加入回線を利用していたが、1992年よりNTTコミュニケーションズのフリーダイヤルサービスに切り替えた。これは、お客さまにぜひ声を寄せていただきたいという同社の意思の表れである。フリーダイヤルには、 相談内容に応じて①育児相談、②牛乳などの日配品、 ③育児用食品、④その他の商品という具合に、4つの番号が設けられている。
 受付時間帯は、平日の9時から17時30分までを通常受付とし、17時30分から19時までと土曜日の9時から日曜日の17時30分までを緊急受付時間帯として異なるフリーダイヤル番号で受け付けている。また、平日と日曜日の緊急受付終了後から翌朝の通常受付開始までは留守番電話で受け付け、翌日にコールバックするかたちで対応している。
 対応に当たるのは栄養士の資格を持つスタッフ。約20名がオペレータとして勤務しており、このうちの約半数が社員、残りが派遣スタッフとなっている。
 オペレータは2つにグループ分けされており、コールが着信した時点で、お客さまがダイヤルしたフリーダイヤル番号に基づき、適切なグループに振り分けられる仕組みになっている。実際に電話に出てからでないと用件が分からないのがインバウンド業務の特徴のひとつであるが、同社のように用件別に電話番号を設定すれば、事前にある程度の絞り込みが可能となる。これにより、保留や転送などの無駄を極力省き、顧客満足度と業務効率の双方を高めることに成功した。
 コールセンターシステムには、東芝のお客さま相談システムとCTハーモニーをカスタマイズして使用している。ここで特筆すべきは、CTハーモニーの一機能を利用して音声データと文字データをリンクさせている点である。例えば、前日の相談内容を確認したい場合、まず文字データを呼び出してから音声再生ボタンをクリックするだけで実際の会話を聞くことができる。従来はテープで保管していたため、再生する際、聞きたい部分の頭出しに時間を要したが、これにより頭出しの作業が不要となり、時間と手間の省力化を実現した。
 また、eメールによる受け付けは、この3月よりスタート。eメールではニュアンスが把握しにくいことと、肉声でのコミュニケーションに努めたいという考えに基づき、eメールで受け付けた問い合わせにも電話で回答するというかたちで対応している。

0305-a1

モチベーション・アップの第一歩はスタッフをファンにすること

 前述の通り、応対スタッフには同社社員だけでなく派遣社員も起用していることから、お客さま相談室では組織としての一体感作りに気を配っているという。新人を採用した場合は、まず派遣社員に同社のファンになってもらうことからはじめる。こうすることでモチベーションを高め、お客さま相談室全体のレベルアップを図ることが狙いだ。
 また、モチベーションを高めるためには教育も不可欠。同社では、モニタリングの利点を有効に活かした研修を行っている。新人には、ベテラン社員のオペレーションをヒアリングさせるほか、新人のオペレーションをベテランがモニタリングして改善点を指摘し、いい点はさらに伸ばしていくよう指導する。
 このほか、比較的コール数が少ない木曜日に、会話術、牛乳・乳製品や5,000種類以上の商品に関する知識を習得する勉強会を開催。この勉強会は、毎週木曜日に行うことから「木曜勉強会」と名付けられている。

年間7万5,000件のコールに対応

 お客さま相談室には、年間7万5,000件もの相談や問い合わせ等が寄せられる。このうち、苦情が1万8,000件、問い合わせ・意見・要望が5万7,000件。近年、相次いで発覚した食品関連の不祥事やBSE(牛海綿状脳症)をきっかけに増加傾向にあるという。
 多く寄せられる用件は、①製品の特長に関する問い合わせ、②品質保持期限や成分に関する問い合わせ、③キャンペーンに関する問い合わせ、④取扱店の照会、⑤サンプル請求。特に、品質保持期限についてはこれまでも情報発信に努めてきたものの、まだ理解されていないお客さまも多いため、より一層の情報発信に努めていきたいとしている。
 平均通話時間は約5分。ただし育児相談の場合はこれより長くなる傾向にあり、30分、1時間に及ぶケースもある。また、1日のうちで電話が多く寄せられる時間帯は、受け付けを開始した9時から10時までと13時から14時までとなっている。

お客さまの声の活用方法

 お客さまから寄せられた問い合わせや相談、意見、要望、苦情などは、いつどこで何を買ったかといった情報等と併せてすべてデータベースに入力。同社ではこれを「ハートライン」と名付け、ネットワークを通じて社員であれば誰でも閲覧できる環境を整えている。社員は、キーワードで必要な情報を検索したり、目的に応じて加工することができる。
 ハートラインの大きな特長は、危機管理機能を備えていること。特に食品では万一、商品の欠陥による事故が発生した場合、早期発見と被害を最小限に留めることが重要である。そのため、同じ商品、同じロットに2件以上の苦情が寄せられると自動的に警報を発する仕組みがとられている。さらに内容が酷似している場合には、工場長など関係者全員にeメールを送信して知らせる。
 お客さまの声の活用は危機管理にとどまらず、商品作りにも役立てられている。毎月欠かさず、営業、生産、品質、資材、企画、研究、広報、お客さま対応部門などが集まり「お客さまの声を活かす会」という委員会を開催。お客さまの声を分析・検討し、改善が必要なものについては迅速な対応を行っている。具体的な例として、粉末クリーム「クリープ」の容器のデザイン変更が挙げられる。 以前のデザインではビンが深く、残量が少なくなるとスプーンが届かなかったため、口が広く浅めのデザインに変更した。お客さま相談室では、顧客志向を遂行し満足度を高めるためには、守りの体制ばかりでなく、お客さまに役立つものを積極的に開発し、提供していくことも重要であると考えているのである。
 また、いつもはお客さまからの電話を待っているお客さま相談室であるが、時にはお客さま相談室からお客さまへ積極的に働きかけていくこともある。苦情をいただいたお客さまを中心に300~400名をランダムに選定し、満足度調査を実施しているのだ。これは相談室の対応の良し悪しなどについて評価していただくというもの。設問は約10問。満足度をさらに高めるために、不満足な点を明らかにすることに主眼をおいた調査である。この結果も、お客さま相談室の業務改善などに役立てられていることは言うまでもない。

0305-a2

消費者志向優良企業としての新たな責任

 ハートラインにより収集したお客さまの声を全社員で共有し、品質管理や商品の開発・改善に役立てていることや、支店での地域密着型のコミュニケーション活動、そして徹底した品質へのこだわりなどが評価され、同社は2002年、経済産業大臣より消費者志向優良企業として表彰された。
 食品に関する不祥事が相次ぎ、食品や食品メーカーに対する不信感が募り、企業そのものの質が厳しく問われている中での受賞は、同社にとって大変意義のある、名誉なことである。しかし、同社では同時に受賞したことの責任の重さを感じているという。今回の受賞を機に、もう一度気持ちを引き締め、お客さまとの関係を見直して信頼関係の構築に努めることで新たな企業文化を創造しようと、大野晃社長は“安心”や“安全”などを盛り込んだ「お客さまとの12の約束」を明らかにした。これを継続的に守っていくために、グループ企業を含む全社員がこの約束を記したカードを携帯している。
 こうした企業文化を創造するに至った背景には、1955年に起こった森永ヒ素ミルク事件がある。購入した原料にヒ素が混入していたことが原因で起こったもので、被害者とは同社が恒久救済を約束することで和解。(財)ひかり協会が設立され、現在も救済活動が続けられている。過去の事件を風化させず、全社員が姿勢を正して品質第一主義と顧客志向の徹底に努めてきたことが、今日の企業文化を形成してきたのである。
 お客さまとの12の約束は、苦い経験を糧に育んできた企業文化をさらにステップアップさせ、お客さまとの信頼を築くための新たな一歩と言えよう。

パンフレット1

お客さまへの情報発信も大切な業務のひとつ。パンフレットにもお客さま相談室を告知している

ロイヤルカスタマーへのサービスを検討

 同社では、スーパーなどでの店売りのほかに、牛乳販売店を通じてお客さま宅へ牛乳を届ける宅配サービスも行っている。また、新生児用ドライミルクは一度これと決めたらそれ以降、銘柄を変えることは少ない商品であり、一定期間お付き合いが継続する。このように同社には商品を継続的に購入してくださるロイヤルカスタマーが多数存在する。そこで同社では、エンゼル110番などで企業色を出さずに、商品購入の有無にかかわらず相談に応じる社会貢献の必要性を重んじる一方で、このように長期にわたって同社の商品を愛用してくださるお客さまと、積極的にコミュニケーションを図っていくことに重要性を感じているという。
 お客さまとのコミュニケーションの場として、お客さまの声を収集し企業活動に活かすと同時に、それをお客さまに有益なかたちでフィードバックしていくという重要な役割を担うお客さま相談室。ますます進む高齢化への配慮、社内外への情報発信力の強化、スタートしたばかりのeメール対応など課題は多い。今後は課題解決に努めると同時に、“お客さま相談室=苦情処理係”のイメージを払拭し、相談室をいつでも気楽にアクセスしていただけるコミュニケーションの場にしていきたいとしている。

0305-a3

お客さま相談室内の風景。一体感作りの一環として、あえてパーティションでは仕切っていない


月刊『アイ・エム・プレス』2003年5月号の記事