(株)川崎フロンターレでは、スポーツによる地域社会への貢献というクラブの理念の達成と、スポーツ興行の主催者としての安定した集客の実現という2つの観点から、地域密着型経営を推進。積極的なホームタウン活動の展開などにより、市民クラブとしての地位を確立している。
企業チームから市民クラブへ
日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)ディビジョン1(J1)のサッカーチーム「川崎フロンターレ」を運営する(株)川崎フロンターレでは、スポーツによる地域社会への貢献というクラブの理念の達成と、スポーツ興行の主催者としての安定した集客の実現という2つの観点から、ホームスタジアムである川崎市営等々力陸上競技場が所在する川崎市をホームタウンとした地域密着型経営を推進している。
同社が設立されたのは1996年11月。当初の会社名は富士通川崎スポーツマネジメント(株)であり、富士通(株)の100%出資であったことから企業チームという色彩が強かったが、2000年に現社名へ変更。さらに川崎市や富士通以外の地元企業から幅広く出資を求め、“市民クラブ”への脱却を図った。
翌2001年、同じく川崎市に本拠を置いていたJリーグ・サッカーチーム「ヴェルディ川崎」(現:東京ヴェルディ)が東京都にホームタウンを移転し、川崎フロンターレが市内で唯一のJリーグ・サッカーチームとなったことなどから、同社と川崎市の連携が強まり、同年、市の外郭団体として市長を会長とする「川崎フロンターレ後援会」が発足。2002年には念願であった川崎市からの出資を実現した。2011年4月現在では、川崎市、地元企業など36社・団体からの出資を得ており、名実ともに川崎市を代表する市民クラブとしての地位を確立している。
“わが街のサッカーチーム”として積極的なホームタウン活動を実施
同社の地域密着型経営への取り組みの内容は非常に多彩だ。
まず、“本業”とも言えるサッカー、スポーツの分野では、川崎市教育委員会と協力し、コーチを市内小学校のセカンドティーチャーとして派遣。担任の先生に代わって体育の授業を受け持つほか、2002年度から始まった総合学習講座では、実技に加えて世界のサッカー事情やスポーツの必要性、効果的な栄養摂取の方法などの講義も実施。また、学校や地域イベントの要請により、サッカークリニックや巡回サッカー教室を開催し、年間約1万5,000名の児童、生徒を指導している。さらに、男性だけではなく、女性にもスポーツを楽しんでもらえる環境作りをするため、2003年度から「レディースサッカークリニック」を開催。加えて、ミニバスケットボールなどサッカー以外のスポーツ普及にも取り組み、全般的なスポーツの振興を目指し、日々活動を続けている。
一方、サッカー、スポーツ以外の分野での取り組みも盛んだ。例えば、2009年には川崎フロンターレの選手が登場する小学6年生用のオリジナル算数ドリルを作成し、市内の小学校への配布を開始。当初は1校のみの配布であったが、2011年からは川崎市の事業として予算化され、市内の全小学校を対象に配布が行われており、このドリルを題材とした小学生と選手の交流授業「算数ドリル・ゲストティーチャー」も展開されている。
そのほか、地元の祭りをはじめとする市内の各種イベントへの選手やコーチの参加が日常的に行われたり、選手が、例えば市の「防火・防災キャンペーン」ポスターなど、公共性が高いポスターのモデルを無償で務めたりするなど、地域社会との交流活動は枚挙に暇がないほどだ。ちなみに、同社では選手との契約においても「ホームタウン活動に無償で協力する」旨の条項を設けている。他チームからの移籍選手などはその徹底ぶりに驚くが、これらの取り組みがあまりにも日常的であることから、多くの選手が比較的早い段階で“当たり前”のこととして受け入れ、これらの活動を楽しんでいるとのことである。
なお、川崎市は全国第8位の142万人以上という人口を誇る首都圏でも有数の大都市であるが、「公害」「公営ギャンブル」「風俗産業」など、ネガティブなイメージも少なくない。その中で市としても爽やかなイメージを持つ「スポーツ」を通じた地域のイメージアップを積極的に行っていきたいという意向を有しており、川崎フロンターレは、その“核”として位置付けられている。
ファミリー層の開拓などを通じて順調に集客を拡大
同社の地域密着型経営は、当然のことながら、安定した集客を実現するための活動といった側面もある。その中で同社が積極的に取り組んでいるのが、ユニット(同伴者)数の拡大を図るためのファミリー層の開拓だ。これは、ユニット数が大きいほどリピート率が高くなるといった傾向に基づくものであり、川崎市の協力なども得て、さまざまな施策が展開されている。
例えば、川崎市では近年、新規に高層マンションが建設されるなどして転入者が増加しているが、これらの層を対象に、市の経費負担により川崎フロンターレのホームゲームのチケットを無料進呈する「ウエルカムキャンペーン」を実施。また、朝日新聞の販売店の協力を得て、同社の新聞拡販員が定期購読開始時のプレゼントとしてチケットを提供するといった試みも行っている。さらに、市内の小学校では月1回『川崎フロンターレこどもサッカーニュース』を配布。その中で市内の特定の区の在住者を対象とした親子観戦招待キャンペーンの告知を行うなど、新規入場者の開拓を図っている。
また近年では、広大な面積を持ち、7つの区により構成されている川崎市の中で、よりきめ細かい施策を展開するという観点から、区単位での活動も活発化している。例えば、練習グラウンドがある麻生区では、2009年8月に区独自のクラブのサポート組織として「川崎フロンターレ麻生アシストクラブ」が発足。以後、同クラブとの連携により、「区民限定観戦ツアー」や練習グラウンドでの「パブリックビューイング」、区の祭りへの選手・コーチの参加などさまざまな施策が展開されており、同様の取り組みがほかの区にも広がりつつある。
これらの取り組みにより、川崎フロンターレでは2002年シーズンから2009年シーズンまで、8年連続で平均入場者数を順調に拡大。2010年シーズンでも台風の直撃により通常と比べて1万人近く入場者数が少ないというゲームがありながら、前年をわずかに300人弱下回る平均入場者数1万8,562人という集客を実現している。ただし、等々力陸上競技場の収容人員は2万3,000人であることから、今後もさらに取り組みを強化していく意向だ。
その中で最大の課題となっているのが、等々力陸上競技場の改築である。同競技場は約半世紀の歴史を経て老朽化が進んでおり、同社が目指すファミリー層での観戦の拡大を目指す上で必要不可欠な安全性・快適性といった面で若干の問題を抱えている状況となっている。競技場は市の運営であり、同社が直接関与することはできないものの、市への働きかけなどにより、安全で快適な観戦ができるハード面での環境づくりを進めていきたい考えである。
川崎市内の小学生に毎月配布される『川崎フロンターレこどもサッカーニュース』。配布地域によって裏面に掲載する情報を差し替えている