宿泊客のデータは 「ゲストヒストリー」 に蓄積 利用するほど心地よいサービスを実現

フォーシーズンズホテル椿山荘 東京

国内外でトップレベルのホテルとして注目されているフォーシーズンズホテル椿山荘 東京。優良顧客獲得のカギとなる、細かく記録された宿泊客のゲストヒストリーと、顧客の要望を見逃さないスタッフの育成に加え、顧客の節目利用を促すアプローチ、利用者の会員制度作りなど、地道で細やかな心遣いを紹介する。

きめ細かいサービスで顧客の要望に対応

 フォーシーズンズホテル椿山荘 東京は、アジアで初めてのフォーシーズンズホテルチェーンとして1992年に開業し、今年1月に開業15周年を迎えた。同ホテルは開業以来、国内外で質の高いサービスを提供するラグジュアリーホテルとして常に注目されてきた。主なサービス内容は宿泊、婚礼、バンケット(会議、パーティなど)だ。
 宿泊については、同ホテルに一度でも宿泊した顧客のデータをすべて「ゲストヒストリー」としてコンピュータ管理している。
 「ゲストヒストリーは80万件蓄積されています。お客様が何回ご宿泊されたか、どのような施設やサービスをご利用されたか、レストランはどこを使われたかといったある意味で基本的な情報から、枕の硬さの好みなど、かなり細かいデータまでを記録しています。もちろん、一度しかご宿泊されていないお客様もいらっしゃいますが、全部データを残して次のご利用に備えています」と、総支配人の持永政人氏は言う。
 同ホテルのサービスはとにかくきめ細かい。全スタッフが顧客のさまざまな要望に対し、可能な限り応えようという気持ちを持っているからだ。接客係も、ハウスキーピングスタッフも、顧客との対応で気付いた項目は、「クイックアクションメモ」としてすべて記録。また、前述したように一度でも宿泊すれば、すべての顧客情報はゲストヒストリーに記録され、そのデータは2回目以降に宿泊した際のサービスに活かされる。泊まれば泊まるほど、さらに快適に過ごせるように工夫されているのである。
 宿泊回数が多い顧客へは、アメニティとしての贈り物も、サプライズで用意している。最初にプレゼントを受け取るのは2回目の宿泊。100回目で名前入りのバスローブがもらえるという。現在、10回以上宿泊しているゲストは約3,000名に上る。
 ところで、同ホテルでは宿泊や食事での利用に際して、顧客に会員組織(四季アドバンテージ)への入会を勧めている。会員には、アーリーチェックイン、レイトチェックアウト、ウェルカムドリンクサービス等々の特典が提供される。入会費、年会費は無料。
 会員には同ホテルのイベント案内など、プレミアム感のある情報を提供。一般には公表しないお得情報も、タイムリーに発信して利用を促していく。

客室の数を抑えることでラグジュアリーホテルのクオリティを維持

 同ホテルは、中規模なラグジュアリーホテルとして比類ないパーソナル・サービスを提供するため、客室数を抑える方針を採っている。このため同ホテルでは、従来283部屋あった客室を、259部屋に減らし、宿泊客、婚礼客に対して、さらにきめ細かなサービスができるようにしている。
 「婚礼のお客様にかかわるお部屋に転用しました。プライベート感ある挙式・披露宴を演出するため、新郎新婦だけのブライズルームとして、花嫁の美容・着付けなど披露宴の準備をさせていただいています。このほかに、列席者用付帯施設も充実させました」(持永氏)
 同ホテルでの婚礼の顧客は、毎年700件以上。婚礼客も宿泊客同様に「潜在的リターンゲスト」ととらえている。まずは心に残る挙式・披露宴を体験してもらう。そして、挙式をあげた顧客は「アニバーサリークラブ」という会員組織に登録。会員にさまざまなプロモーション施策を展開している。例えば、結婚1周年には、結婚記念日から3カ月間有効の優待カードを送る。
 お食い初め、七五三、入学、成人式……人生にはさまざまな節目がある。会員には結婚記念日カードを送り、こうした節目のたびに利用してもらうのである。
 さらに、ただ宿泊してもらうだけでなく、目的をもって訪れてもらうイベントも用意。「庭園を眺めながらゆっくりリゾート気分で過ごしていただく」「SPA施設でゆったりリフレッシュ」など、明確なメッセージ性をもった企画内容が好評を得ている。
 このようなイベント的な企画だけではなく、同ホテルでは必要であれば、さまざまな新しいサービスを提供していく。例えば、ある顧客が疲れていて風邪気味でチェックインしたことがあった。その様子に気付いたスタッフがハーブティーに蜂蜜をそえて、体温計とともにお部屋に届けたところ、大変喜ばれたという。その後、このサービスは同ホテルのスタンダードとして新たに加えられた。
 また何人かのグループで宿泊やレストラン、SPAなどを利用する場合、幹事役を担う顧客はいろいろな窓口と交渉しなければならず、その負担は少なくない。そのような状況をなくすため、ホテル側で一元的にグループ客の窓口となる「コンファレンス・サービス・マネージャー」という担当役を配置することにしたのも、同ホテルが最初だった。このような担当窓口システムは宴会の多いほかのホテルにも採用されつつある。

椿山荘

宿泊客だけではなく、婚礼やパーティーで訪れた顧客に対しても、同ホテルでは「 GUEST COMMENTCARD」でアンケートをとり、それをサービスやイベント企画に活かしている

慇懃無礼にならないフレンドリーなおもてなしを心掛ける

 「慇懃無礼なサービスではくつろげない、と私どもは考えています。ゆったりしていただくために、『いらっしゃいませ』と挨拶するのではなく、『こんにちは』と笑顔で声をかける。どなたにも身近に感じていただけるような、フレンドリーなおもてなしを心掛けています」(持永氏)
 とはいえ、利用するたびに満足してくれなければ、同ホテルの「本当のファン」にはなってもらえない。スタッフには、ただフレンドリーなだけでなく、常に顧客の細かい要望を見逃さない能力が求められている。
 「スタッフに、『押しつけではない、おせっかいをしろ』と言っています。お客様がどうして欲しいか、先を読んでサービスすることが大切です」(持永氏)
 例えば、顧客からフロントへ「明朝7時にタクシーを呼んでください」と電話があったとする。そのような場合、「それでは、6時にモーニングコールをおかけいたしましょうか?」と聞くことができるかどうか。一歩踏み込んだ「さりげないおせっかい」を、顧客に喜んでもらえれば、ファン(優良顧客)になってもらえる。その一歩をどこで踏み出すかが難しい。
 そこで、質の高いサービスを行ったスタッフを、互選で表彰する制度を設けている(エンプロイー・オブ・ザ・マンス)。また、スタッフパーティーで同僚同士で楽しむ機会を設けるなど、スタッフのモチベーションを高めるためのプログラムも忘れていない。
 同ホテルの経営理念には「People、Product、Profit」という3つのPが挙げられている。なぜ「People(人)」を最初にしているのか。
 「ホテルは人が商品。人がいなければできない仕事だからです」と持永氏は言う。
 では同ホテルにとって優良顧客とは?
 「私どもの魅力をわかっていただき、たくさんご利用くださり、楽しんでいただける方が優良顧客です。当ホテルのコンセプトは『アーバンオアシス』。シティホテルではなくリゾートホテルの気分で、ゆっくりとお客様にくつろいでいただければと思います」(持永氏)。
 同ホテルは宿泊や婚礼、パーティーの場としてではなく、従業員のサービスやインテリアも含め、その空間で過ごすこと自体が顧客の楽しみとなるような存在と言えるだろう。


月刊『アイ・エム・プレス』2007年10月号の記事