たったひとりの顧客の声にも耳を傾け挑戦し続ける精神がお客様の心をつかむ

ツォップ

千葉県松戸市にある「パン焼き小屋 ツォップ」。決して立地に恵まれているとは言えない場所にありながら、1日の来客数は600人。月の売り上げは1,300万円という繁盛店だ。店内は常時お客様でごった返すほどの大盛況。常に焼き立てのパンを提供するなど、 お客様にとって何が最適かを考えているパン屋である。

400を超えるアイテムの中から常時250種類以上のパンが並ぶ

 JR北小金駅から新京成バスにて約10分、「表門」を下車すると、そこは小金原団地が一帯に広がる住宅地。さらに歩くこと約2分。失礼ながら商店街というには少し寂れた街の一画に、「パン焼き小屋 ツォップ」があった。周囲を見る限り、こんなところに繁盛店があるとは思えない。しかしその不安は一瞬にして吹き飛んだ。木造の建物の扉を開けると、店内はパンを載せるトレーを抱えたお客様で満員。そして香ばしい焼き立てのパンの匂いが鼻腔をつく。
 創業40年。店長の伊原靖友氏は2代目になる。3年ほど神奈川県のある有名パン屋で修業を積んだ後、先代の父親が営む同店に戻ってきた。10年間、父親と一緒に励んだ後、2000年11月、経営を引き継ぐのを機会に店舗をリニューアルし、現在に至っている。
 靖友氏が父親と一緒に始めた当初は、固いパンと言えばフランスパンぐらいで、ドイツパンは世間にまったく知られておらず、ほとんど売れなかった。それでも毎週決まった曜日にドイツパンを1~2個買って行くひとりのお客様のために、約20個焼き上げては売れ残ったドイツパンを捨てるという毎日を続けていた。たまに売れると「よかったね」と靖友氏は夫人と話していたと言う。
 商売としては採算が取れないとしても、それを楽しみに買いに来るお客様がいる限り、ドイツパンを焼き続けなければならないと考えたのだ。
 また、靖友氏はお客様からの相談を受けては新しいパン作りに励んだ。「玄米が入っているパンが食べたい」「○○というパンがあるんだけど」などと言われれば、たとえひとりのお客様しかそのパンを買わなくとも要望に応じた。その結果、現在ではパンのアイテム数は400種類以上、常時250種類のパンを店頭に並べている。「お客様の要望に応えて作ったものですから、どれも外すことのできない商品。アイテム数は増える一方です」と夫人のりえ氏は嬉しい悲鳴を上げる。特に人気のパンは1個60円のあんパンと140円のカレーパンだ。どちらも限定で1,500個と400個作っているが、ほとんど売り切れるという。

リニューアルを機に焼き立てパンを前面に

 リニューアルするに当たって、同社はさまざまな面で独自性を打ち出した。例えば、リニューアル前は、あまり目立たないガラス張りの佇まいだったため、「美味しい」という評判を聞き付けてやって来たある大手の小売業に低く見られたことがある。「うちでお宅のパンを売りたいが、名前を出すのは控えさせてほしい」と言われ、悔しい思いをした。そこで現在のような木の温もりを感じさせる店に作り変えたのだ。
 また、若いスタッフの採用によって、活気のある店作りを図った。さらに接客にも力を入れ、笑いの絶えない店、お客様の声が聞こえる店を目指した。現在のスタッフ数は33名。スタッフの服装は高級感と清潔感のあるものにしている。
 リニューアルオープン時には、近所にチラシを配布した。チラシでは、「ドイツパンにも力を入れています」「健康パンもやっています」など、同社の特徴を5項目ほど掲載し、強調した。その結果、オープン当日には、そのチラシを握りしめたお年寄りや家族連れのお客様が続々と訪れたのだ。「チラシを覗いてみると、ドイツパンにボールペンで印をつけている人がいたり、健康パンに線を引いている人がいたりして、本当に嬉しく思いました」と、りえ夫人は振り返る。
 もうひとつ、同店がチャレンジしたことは、焼き立てのパンを出す、ということだ。パン屋なんだから焼き立てのパンを出すのが当たり前じゃないかと思われがちだが、考えてほしい。必ず焼き立てのパンにめぐり合えるパン屋は稀である。途切れることなく焼き立てのパンを並べるのは、それほど難しいことなのである。
 同店ではまず、昼時に照準を合わせて焼き立てパンを出した。しかし午後2時を過ぎると客足が減ってくるため、せっかくの焼き立てパンも、この時間帯には必ずと言っていいほど捨てなければならないロスが発生していた。
 そこで、午後2時以降も客足が途絶えないようにと考えたのが、「カレーパン」を販売することだった。カレーパンは1回に8個しか作ることができないが、約3分ででき上がる。お客様が来なければ捨てるのを覚悟で始めたが、これが功を奏して、「この店はいつ来ても焼き立てのパンがある」という評判が広がった。現在では、夕方の4~5時まで客足が途切れることがない。

食パン1斤でも自宅まで配達する

 ツォップの客層は家族を持つ既婚者が多く、客単価も1,000円代。1日平均600人が来店し、月の売り上げは1,300万円に上る。
 同店が繁盛店になった要因は、パン自体の美味しさに加え、先に述べたように店長の靖友氏が接客に力を入れたことにある。車に乗ってパンを買いに来たお客様に対しては、パンが焼き上がるまで車内で待っていただき、スタッフが車までパンを届けたり、お年寄りには椅子を用意、赤ちゃん連れのお客様には、買い物の間、スタッフが赤ちゃんを預かって子守りをしたりと、徹底した顧客志向だ。
 また、例えば身体が不自由なお客様には、食パン1斤でも自宅まで配達するといったサービスも行っている。
 ただ最近の心配事は、混雑時の対応が疎かになりがちで、不満の声が少なからず聞こえているということ。「トラブルやクレームが生じたときは、全スタッフで会議を開き、何が原因だったのかを確認し合うように心掛けています。スタッフが多くなってきていますから、今後は教育や勉強会を行うなどして接客のあり方を徹底していかないといけませんね」と、りえ夫人は気を引き締める。
 昨年、2階にカフェをオープンし、お客様の声を聞く場として活用している。またここで、パンの食べ方の提案も行っていく意向だ。
 たとえ立地に恵まれていなくても繁盛店となれることを、同社は見事に証明している。多くの顧客に支持されているのは、パンの魅力を伝える地道な努力、お客様の声を反映させる顧客の立場に立ったサービスの提供にあると言えるのではないだろうか。

PICT0013 PICT0006_#5502

木の温もりのある店構え(写真左)/石臼を使って粉を引いている(写真右)


月刊『アイ・エム・プレス』2004年8月号の記事