競合他社との差別化に悩む、全国のガソリンスタンドのオーナーたち。彼らの営業活動を携帯メールの配信でサポートし、来店客の囲い込みと油外商品の売り上げ拡大に貢献。同社のファンを醸成すると同時に、タイヤの販売実績にもつなげている。
販売チャネルを自社ファンにすることが他社との差別化のキーポイント
「TOYO TIRES(トーヨータイヤ)」のブランド名で知られる東洋ゴム工業(株)。自動車タイヤをはじめ、加工品、自動車部品などを製造販売する国内有数の自動車関連用品メーカーだ。
同社の主力商品である自動車タイヤは、カーショップ、タイヤ専門店、修理工場、自動車ディーラー、サービスステーション(ガソリンスタンド、通称:SS)が主な販売チャネル。エンドユーザーであるドライバーは、このいずれかのチャネルで自動車タイヤを購入する。
例えば、修理工場や自動車ディーラーなどは、車検や新車購入などの目的がないと、顧客が自ら出向くことは少ない。同社製品とエンドユーザーの接点を拡大するためには、ドライバーが日常的に利用するSSが重要な役割を担う。全国で約4万店あると言われるSSを、どれだけ多く自社ネットワークに囲い込めるか、また、ガソリンの価格競争の激化で収益率が低下傾向にあるSSをどう活性化させるかが、同社にとって販売実績に直結する火急のテーマなのだ。「SSのタイヤ販売構成比は、全体の約20%と大きなウエイトを占めています。SSのモチベーションアップは、売上拡大のための重要課題なのです」(タイヤ販促企画部 吉比正一郎氏)。
自動車タイヤは、外観(見た目)や価格で差別化を図ることが難しい商品。あらかじめメーカーや銘柄を決めてタイヤを購入するドライバーは、ほとんどいない。SSでのタイヤ販売を拡大するには、まずSSに、トーヨータイヤのファンになってもらえるかどうかが大きなカギを握る。そこで同社では、SSに対する魅力的なサービスの提供に取り組んできた。具体的には、SSが来店したお客様の車のタイヤの状態を、デジタル2ゲージ(同社オリジナルの専用測定器具)とタイヤチェックカードを使って点検した結果を、タイヤ診断書により告知するといったことだ。これは、SSヘの信頼を高めると同時に、同社のタイヤのブランドやクオリティの高さを知らしめる絶好のチャンスになる。
同社は2002年4月に、SSにおけるタイヤ販売プログラム「タイヤビッグマート」の一環として、「EMSクーポンサービス」をスタートした。これは、来店されたお客様に(株)エイブル(eメール・マーケティング会社)宛てに空メールを送ってもらい、登録者に携帯メールを使って、各SS名でタイヤ、ガソリン、バッテリーなどの割引クーポンを送信。再来店の促進と、油外収益の拡大を図る施策だ。クーポンメールの配信費用は、CRMの一環として同社が全額負担、配信代行業務をエイブルに外注している。
「EMSクーポンサービス」は、SSとお客様との関係を強化すると同時に、同社とSSの関係強化にも役立っている。まさに一石二鳥の効果を発揮しているわけだ。「われわれにとっては、SSこそが大切なお客様です。SSとの関係を強化し、競合他社との差別化を図る切り札として、EMSクーポンサービスを位置付けています」(吉比氏)。
販売チャネルを飛び越えてエンドユーザーに商品価値を訴えるのではなく、あくまでも同社のお客様である販売チャネルを支援し、満足度を高めることに力を注ぐ。それが結果として、エンドユーザーの満足につながるという考え方を貫いている。
月2回、クーポンメールを配信 狙いはドライバーのSS来店促進
「EMSクーポンサービス」は、SSとの年間契約のスタイルで実施されている。クーポンメールの配信は、第1・第3金曜日。原則として、一度に2カ月間、4回分の配信内容を既存のコンテンツの中からSSが選択し、これに沿ってエイブルが配信作業を行う。事前に申し込んだ情報内容を変更したいといった要望にも、可能な限り柔軟に対応している。お客様にタイムリーな情報を届けられるよう、近い将来には配信の10日前に内容を確認する体制に移行する方向で検討している。
「EMSクーポンサービスは、それ自体で利益を生み出すわけではありませんし、これによって売り上げが急増するわけでもありません。しかし、SSとの関係作りにおいては、非常に重要な施策であると認識しておりますし、SSの固定客が増えれば、最終的に弊社のタイヤの売り上げ拡大にもつながると確信しています」(吉比氏)。
システムをできるだけ簡略化して、SSの負担を軽減していることも、このサービスを活用しやすいものにしている。基本的には、専用の申込用紙を使い、SSが配信したいコンテンツを丸で囲んで、FAXでエイブル宛てに送るだけ。コンテンツの目玉はクーポンのため、エイブルの原稿作成・入力の負担も少なくて済むという。
「SS法人様単体でお客様にeメールを配信しようとすると、多大な手間とコストがかかりますが、弊社が複数のSS法人様へのeメール配信を集約して行っていますので、運営が可能になっているのです」(吉比氏)。
このサービスが誕生した背景には、携帯電話の普及がある。同社では競合他社に先駆けて、以前から消費者向けに「動楽メール」というPC用のメールマガジンを数十万部発行している。これをSS向けに応用しようというのが「EMSクーポンサービス」を企画した発端だった。しかし現実には、SSのオーナーの中にはパソコンを敬遠する人も多い。また、販促の必要性は重々承知していても、限られた人員で、新たに煩雑な業務に対応することはできないという声も少なくない。そこで、より手軽な携帯電話を利用することを決定。加えて原稿作成を簡略化し、配信業務をエイブルに委託することで、SS側ではパソコンにまったく触れなくても、「EMSクーポンサービス」を活用できるのだ。
「EMSクーポンサービス」は、まさにSSのニーズの核心を突くサービスだったのである。
多くのドライバー、エンドユーザーにとって、SSはガソリンや灯油を購入するところ。ドライブの途中にごく短時間、立ち寄って、「給油するだけ」という利用形態が一般的だ。そういったドライバーにクーポンメールを送ることによって、改めてガソリン以外の取扱商品をお知らせすることには大いに意味がある。より頻繁な来店、より親密で多様な情報交換のきっかけ作りができ、“通りすがりの関係”からの脱却が図れる。幅広い情報を提供することで、SSとお客様との関係性に幅が生まれるのだ。
同社にとって、EMSクーポンサービスを導入した最大の狙いは、SSでのタイヤ販売につながるベクトルを確立すること。SSという販売チャネルの強化にほかならない。
現在、EMSクーポンサービスを採用しているSSは、全国に約100店舗。当面は、この導入拡大が課題である。
サービス内容も充実させていく。EMSクーポンサービスを活用したキャンペーンの展開や、クーポンの回収状況や利用者データの分析結果に基づくSSへの提案営業なども検討中だ。
「SSはもはや、ガソリンを売っているだけでは生き残れません。タイヤの販売は、SSにとっても拡充する意義のあるビジネスだと思います。『このSSはタイヤにも気を配ってくれるから、相談してみよう』『馴染みのSSで、ガソリンを入れるついでにタイヤも買おう』というように、お客様にタイヤを買いたいと思わせる流れをもっと作っていきたいと思います」(吉比氏)。