まずは見込客の嗜好を把握。その世界観の中で新ブランドを伝えることで目覚ましい成果を上げた日産自動車。計4回のきめ細かなDM送付が、購入者に占める新規顧客の割合を35%にまで押し上げた。
ユーザーの変化に対応した新型高級セダン「ティアナ」
今年の2月3日に販売を開始した日産自動車(以下、日産)の新型高級セダン「ティアナ」が快調に販売台数を伸ばしている。5月末時点での販売累計は約1万9,000台。そして、2~4月の3カ月間は、2L~3Lタイプのセダンの市場シェアにおいて、トヨタの「マークⅡ」を抜く快挙を成し遂げた。「5月は100台ほどの差で巻き返されたが、このクラスで3カ月連続でトヨタを抜いたのは初めてのこと」と、マーケティング本部 チーフマーケティングマネージャーの貴田晃氏は顔をほころばせる。
快調の理由は何なのか。それは、日産としては初の試みとなったプロモーション手法、特にユニークなDM作戦にある。詳細に入る前に、まずはティアナのコンセプトを説明しよう。ティアナ開発の背景には、高級セダンの売れ行きが年々落ちてきた状況がある。この点について、貴田氏は次のように説明する。「従来の“高級感”は、家に例えると、派手なシャンデリアと本革張りのソファというような豪華さを追求したものだった。しかし、ユーザーの嗜好は変化し、現在求められている“高級感”は、寛ぎやスローライフをサポートしてくれるもの。にもかかわらず、我々メーカーはそれに応えるものを提供してこなかった」。
そこで、セダンの新型車を開発するに当たり、同社ではまず中心購買層である40~50代のライフスタイルや志向を調査した。その結果、ユーザーのニーズは車が欲しいという“モノ”志向から、車を使って旅行や釣りを楽しむといった“コト”志向に移ってきていることが分かった。そこで同社では、「高級セダンをインテリアで選ぶ時代がやってきた」と銘打ち、「モダンリビング」というブランドコンセプトを打ち出した。そして、豪華さよりも家庭のリビングルームにいるような居心地の良さ、快適さを訴求するプロモーションを展開していった。
それでは、「日産初のプロモーション」(貴田氏)となった新規顧客獲得法を紹介しよう。
プロモーション開始時期を前倒し
まずプロモーションの開始時期だが、通常は発売のせいぜい2~3カ月前からのところを、ティアナでは半年近く前から開始した。新ブランドだったため、発売までの間に新聞や雑誌広告、テレビCMなどで少しでも認知度を高めておきたいと考えたのだ。広告ではティアナ本体の全容は明らかにせず、フロントグリルや運転席など一部だけを露出して、消費者の興味をそそるという方法をとった。さらに、2002年10月23日の2002年度中間決算報告の場では、社長のカルロス・ゴーン氏が自ら、2月に新型車を発売することを公表して広告効果を狙った。これも極めて異例のことだという。
DMやカタログの内容にも検討を重ねた。車のカタログというと、細かい字で性能を詳しく説明するものが多い。しかし同社では、人生を楽しみたいと考える層にアピールするために、趣味の世界をイメージさせる写真を使用。また、「ティアナ」の主要ターゲットが中高年層であることから、文字を大きく、文章量を少なくして読みやすくした。余白をたっぷりとり、センスあふれる雑誌風に仕上げている。
他社のセダンユーザーに最初に送ったはがきDM。「日産ライフスタイル・キャンペーン」と題し、見込客のライフ志向を探った
キメ細かなDM作戦
見込客へのアプローチにはDMを多用。特に他社ユーザーには、計4回、DMを送付した。セダンユーザーは日産なら日産、トヨタならトヨタと同一企業の車に乗り換えることが多く、違うメーカーを選ぶユーザーは少ない。この障壁を越えて、他社ユーザーの目を「ティアナ」に向けさせなければならない。
そこでまず最初のDMは、ゴーン社長の発表よりさらにひと足早い9月に、約100万人に送付した。このDMの目的は、見込客の趣味嗜好を探ること。具体的には、40代・50代の代表的な趣味である、「ゴルフ」「フィッシング」「ガーデニング」「カメラ」をテーマにしたプレゼントを用意し、好きなテーマをひとつ選んで応募すると、各50名に関連グッズが当たるというものだ。応募者は約7万人。7%のレスポンス率である。続く第2回目はこの応募者7万人に対し、それぞれの趣味嗜好の世界観に合わせてティアナをアピールする、4パターンのDMを作成。さらに3回目は、車のアピールとともに試乗を勧めた。最後は発売直前、試乗した方に対して同車ブランドを余すことなく表現したコンセプト・ブック型のDMを送付した。
ちなみに既存顧客に対しては、約80万人に3回DMを送付した。1回目は2002年11月上旬で、新型車のコンセプトやイメージを伝える内容であったが、この時は顧客の志向に合わせて2種類のDMを作成した。従来のセダンオーナー向けには、落ち着いた感じのシルバーカラーのモデルを表紙に使い、中面では室内の広さや快適さをアピールして、既存車から違和感なく乗り換えができることを強調した。新しいタイプのセダンを求めていると見られる顧客向けには、ブルーのモデルを表紙に採用。中面ではインテリアのモダンさを強調した。2回目は年末・年始に家でゆっくり見てもらうため、12月下旬に、3回目は発売直後に購買を促すDMを送付した。
より“人”に近づいたマーケティングが課題
最初に見込客の持つ世界観をキャッチし、それに合わせてDMを送付する戦略は大きな成果をもたらした。他社への乗り換えはスピーディーにはいかない。発売当初の2月、3月の段階では購買者のうちほとんどが既存顧客だった。ところが4月、5月になると、購買者の約35%を新規顧客が占めるようになってきた。
貴田氏は、「発売から4カ月。現在のところはまずまずの数字と言える」と同社が初めて試みた細かなDM作戦の成果を評価する。しかし、「さまざまな機会をとらえて、“モノ”ではなく“コト”を強調するなど、顧客志向のマーケティングを展開してきたが、振り返ってみるとまだまだ。マーケティングの基本は人とのコミュニケーション。今後はコミュニティを支援するようなかたちで、見込客に対してダイレクトに語りかけていきたい。それをどう実現していくかが大きな課題」と語る。コミュニティ支援の試みはすでに6月に入ってから、高島屋とのタイアップ・キャンペーンの中で始まっている。店舗内にティアナを展示。同車のコンセプトやイメージに合った服などをコーディネートして車の周辺にディスプレーし、トータルな生活提案を行っている。
ティアナにおける試行錯誤は、日産全体の新たなマーケティング手法の確立につながっていきそうだ。